シャツが伝説になったとき
イタリアには人々を魅了するカミチェリア(シャツ工房)が数多くあります。
そしてそのイタリアの中でも最も個性の強い都市である南部の街ナポリには、他のどこの都市のシャツにも見られないような、独創的な工夫や職人技に満ちたシャツが幾千と転がっています。
そんな仕立ての聖地とも言えるようなナポリで、他の数多くのカミチェリアを差し置いて伝説になった仕立て屋がある。
それがAnna Matuozzo アンナ・マトッツォです。
世界一の仕立て屋で、ナポリ仕立てのゴッドファーザーとも言われるAntonio Panico アントニオパニコやナポリ仕立てを最も艶やかに体現するサルトリアブランドであるAttolini アットリーニなどがこぞってシャツを外注したこのカミチェリアのアンナマトッツォという名前は、何のこともない。アンナマトッツォという一人の女性職人の名前なんですね。
ナポリ仕立ての原点とも言えるサルトリア、ロンドンハウスで活躍したアンナマトッツォは、9歳の頃からシャツ職人として働き始めた女性。
天才的な感性と神業のような職人技で仕立てるアントニオパニコのスーツと、女性的なエレガンスを持った繊細で美しいアンナマトッツォのシャツは、ナポリの老舗ロンドンハウスの存在を一気に世の中に知らしめたと言います。
そしてアンナマトッツォは独立し、自身の名前を冠したシャツブランドとなりました。そのときアンナマトッツォのシャツは自分の名前をブランド名として手に入れ、ナポリで最も美しいシャツとして神話になったのです。
男性に寄り添う、気品高きシャツ
シャツはそもそもイタリア語にすると、カミーチャと呼ばれます。カミーチャは実は女性名詞です。
ナポリのシャツで上質なものは、ある意味どんどんフェミニンな印象を強くしていきます。丁寧に各所に寄せられたギャザー、ふんわりとした袖付け。シルエットの随所にふくらみや波(ドレープ感)を含んでいることこそが、良いナポリシャツの条件とも言えますね。
そんなことも意識しながらアンナマトッツォのシャツを見てみると、その美しさにうっとりと見とれてしまいます。上品かつ優雅に、まるで多くの女性が憧れるウェディングドレスのような美しさで波打つ袖の付け根のギャザーは、いわゆる「マニカカミーチャ」仕様によるもの。
肩の可動域を大きくし、着心地を良くします。手縫いの袖付けの縫い目が見えますが、その繊細さと大胆さは言葉には表せないほど。
複雑なギャザーを作り出すために大胆に寄せながらも、それを丁寧かつ繊細に手で縫い合わせているアンナマトッツォの袖付けの仕上げは、ボレリやフィナモレとはまた違った世界観を持っていますね。
この世界観を持っているシャツを作るのは、ナポリ最古のシャツブランドとされているルチアーノロンバルディと、一流のシャツを作るナポリの老舗カミチェリアであるフランチェスコメローラあたりではないでしょうか。
アンナマトッツォやこれらのブランドは「どこが手縫い、どこがミシン縫い」といった会話から逸脱したレベルでシャツを作っている。
例えばミシン縫いの部分でさえ縫い方に甘さを作り着心地を柔らかくしたり、人の動きに合わせて一針単位で縫い方や縫う強さを変えたりしている。またシルエットは平面ではなく三次元で作り上げられている。
これら全てが複雑に作用し合って生まれる効果を、職人たちが想像しながら作り上げるのがこれらのブランドのシャツです。
だからアンナマトッツォのシャツは、体に寄り添うかのようについてくる。そしてその寄り添い方は決していやらしくなく、わざとらしくもなく、あくまで気品高く優雅なんです。
プライドを掛けた完璧な仕事
また、アンナマトッツォらしい技巧の生きたステッチにも注目しましょう。
普通の手縫いシャツとどう違うか?と聞かれても説明はしにくいけど、なんとなく雰囲気が違うアンナマトッツォのシャツの手縫いステッチ。よく見るとステッチ自体に非常に立体感があることが分かります。
例えば同じくナポリのブランドであるマリオムスカリエッロのシャツの手縫いステッチを見てみましょう。
ずいぶんと雰囲気が違いますね。もちろんどちらが良いとか悪いとかという話ではありませんが、アンナマトッツォのシャツのステッチは非常に存在感があり、また伸縮性がある。そのうえ襟の部分まで手縫いにてステッチが入る仕様は他のシャツではほとんど見られない技術で、非常にユニークです。
もちろんアンナマトッツォのシャツを見る上で絶対に忘れてはならないのが、ボタンホールです。
ボタンホールはシャツでもジャケットでも、そのブランドの美意識やコンセプトが最も強く表現される部分です。なので端正で美しく整ったベルベストのスーツは多くがその方向性で一貫しているし、丸くて可愛らしくこんもりと盛られたボタンホールが特徴のラベラサルトリアナポレターナも全体がその雰囲気です。
そしてアンナマトッツォのボタンホールは?上の写真をよく見てみると分かりますが、まさに「職人のプライドが作る完璧な美しさ」です。アンナマトッツォのシャツは「温もり」という言葉だけでは語りきれないし、「精巧」という言葉だけでも語りきれない。
いわば、職人のプライドをかけた完璧な仕事。それがアンナマトッツォのシャツなんですね。
わずか10名にも足らない職人が、フラットの一室で作るようなこのアンナマトッツォのシャツは、そのプライドがあったからこそ、常に人を感動させるようなエネルギーを持って世界中へと送られていく。
するとその職人のプライドを感じ取った人々がまたアンナマトッツォのシャツを求め、どんどん多くの人が「神話を着てみたい」とアンナマトッツォに憧れ、手に入れ、そして広めるようになっていった。とこういうわけなんです。
カルロリーバ「宝石のような生地」
アンナマトッツォのシャツは確かに恐ろしいレベルで縫製の成された、職人技のシャツです。
しかしパッとこのシャツを見てその美しさに目を奪われたのであれば、その目を奪ったのはアンナマトッツォのシャツでもあり、幻のカルロリーバ社の生地であるかもしれません。
カルロリーバはかの有名なマシンメイド最高峰のシャツブランドであるボローニャのFRAY フライが用いることで有名な、幻の生地ブランド。
宝石のように美しい光沢感と透明感のある色合いを持ったカルロリーバのコットンは、産業革命時代の低速織機を改良してゆっくりと織り出していることから美しく、そして希少なんですね。
アンナマトッツォは多くのシャツにカルロリーバの貴重なコレクションを使っており、それもまたアンナマトッツォのシャツが神話的な要素の強いアイテムになっている理由の一つです。
その手触りは非常に薄く伸ばした最上級のカシミアのよう。はらりと手からこぼれ落ちてしまいそうな滑らかさとシルクよりも上品でエレガントな光沢。手に残るつるりとした感覚はちょうど、この世で最も上質なボディクリームをほんの少しだけ手に取ったかのようです。
この生地を着ることができるというだけで価値があるというのに、その仕立ては伝説のカミチェリアであるアンナマトッツォによるもの。シャツというものに対して、これ以上を望むことはもはや出来ないでしょう。
Anna Matuozzo アンナマトッツォ
Anna Matuozzo アンナマトッツォ、イタリアのナポリで9歳からシャツを作り続け、神話となったこの職人が立ち上げたブランド。
イタリア南部の都市ナポリには、奇才が数多く存在します。そして彼らや彼女らは全く、自分が天才であることなど気にかけちゃいません。ただただ目の前にある美しい生地を、自分のプライドを掛けて、持てる全ての力で仕立て続けている。
アンナマトッツォの作るシャツは神話になってしまった。
しかしアンナマトッツォの作るシャツは神話でありながらも、ただのシャツでもある。もしあなたがそれを手に入れさえすれば、神話を肌で触れて体感することができるのです。
現在プロフェソーレ・ランバルディ静岡が、アンナ・マトッツォの正規取扱店です。