突然ですがチェーザレ・パヴェーゼはご存知でしょうか。
彼はイタリアの物書きであり、彼は日記をつけていました。
その日記のつけ方は少し特殊で、書いた日記を読み直し、新たに記述を書き加えていたそうです。つまり、自己に関する情報をただ保存するだけでなく、その後の視点から過去の情報に新たな情報を付け加え、再度保存をしていた、と。
今回は、そのひたすら自己増殖を続ける、本来ならば人に見られることがないようなはずの、書くことが自己目的化した日記の書き方でウイスキーのテイスティングを行い、レビューの記述・再読・記述の追加という工程を3度経ることで、ある程度の整合性があるレビューにしてみました。
Whisky Review#1 – Arran Malt
そんなウイスキーレビュー第1段はアラン モルト 4種類の比較です。
3回の条件は
5/24 23:00 20℃ 湿度45% 屋内
5/25 0:00 24℃ 湿度84% 屋内
5/25 16:00 26℃ 湿度58% 屋外
使用グラス:いずれもRIEDEL VERITAS Bourgogne
飲み方:いずれもストレート
といった具合で行いました。
Arran 10 Years Old (新ボトル)
46% 液体は温もりのある、ピンクが少し入ったようなゴールド。
香りは仄かなマーマレードのような柔らかなシトラスのニュアンスを添えた、菩提樹の蜂蜜を思わせるハーバルな蜜の香りとシェリーの香りに、熟れたバナナやサトウキビを思わせる甘い香り。
鼻腔を突き刺すようにアグレッシブな、角の立ったアルコール。撫子や石楠花を彷彿とさせる華やかさもトップには存在する。
味わいは完熟したフィリピン産バナナの香りがトップからラストまで支配的と言える。
口に含んでみると、横長だが薄めの爽やかな塩味を伴い、追熟不足のル・レクチェのような青さを伴った甘味とジョナゴールドのようなフレーヴァー、そして完熟したアンデスメロンを思わせるエステルの香りのなどの片鱗が見えつつも、その全貌は現さないうちに気配が消える。
トップにあったボディ感は瞬く間に散って、コーヒーの出涸らしに似た遊離した焙煎香と僅かなココアパウダーとべっこう飴の香りが後を引き、数少ない余韻を司るフレーヴァーとしてシナモンと若干のカルダモン、クローブ、アニスを思わせるスパイシーなフレーヴァーと爽やかな甘味、そして甘草のフレーヴァーとローストしたピーカンナッツの香りの存在を感じることができる。
バターのような乳脂肪分を思わせるコクはあるものの、単調で深みが物足りない印象が拭い切れない。
旧ボトルよりシェリー感は強めであるように感じられ、キャンプ場で割ったかのような新鮮な檜と森林浴を思わせるグリニッシュなウッディさも存在する。
塩味は馴染みが良いが、撒菱を口に入れたかのような舌に刺さるアルコール感、喉奥で感じる解像度の粗いMP3のような雑味とイガイガが特徴的。ピート感は終始ほとんどない。
The Arran Malt AGED 10 YEARS(旧ボトル)
46% 液体は若干新ボトルより赤みがない気がするようなゴールド
まず香ってみて新ボトルより明らかにリッチなモルト感、鮮明な輪郭のシェリーとピートの香りに気が付く。新ボトルでは感じられなかったトルエンやキシレンなど芳香族炭化水素の匂い、所謂ラッカーシンナーのような香りがある。完熟バナナのような蒸し暑さすら感じるような甘い薫りは感じられない。若干のワカメのような出汁のない海藻の香り。
新ボトルに感じられたフラワリーさはほとんど感じられず、ル・レクチェやアンデスメロン、若干のシトラスとマスカットのフルーティーさが全面に出た形となっているが、ある程度の奥行きと密度のある香りであるため嫌らしさはない。それに加えグリーンキウイフルーツやパインアップルのようなエキゾチックなフルーティーさも感じられる。アルコールが攻撃的なのは新ボトルとほぼ同等か、僅かながら穏やかな程度。
口に含んだファーストインプレッションはその柔らかさ。しかし、乳脂肪分のようなぽってりとしたオイリーさは新ボトルほどではない印象を持った。無糖のアーモンドミルクの様なやさしい甘さとナッツ感、そして口当たりがある。
トップはどちらかと言うとそこまで香りが開いておらず、口の中で徐々に開花するように香り・旨味・塩味が感じられ、それに応じてボディも増大していく。
塩味は新ボトルよりミネラリーな印象で後引くうまさを演出している。石楠花などの躑躅系の花の香りと若干のカサブランカのインスピレーション、レユニオン島産ブルボンバニラビーンズのような芳香がミドルから上品に現れて、すっと消えることで華やかで清純な風に靡く白いヴェールのような余韻を与える。
この一連の香り、ボディ感、コクの変遷はなめらかかつしなやかであり、違和感のない自然なフォルムとなっており、抵抗や継ぎ目を感じさせない。
新ボトルにあったような遊離した焙煎香はほぼ感じられず、菩提樹の蜂蜜のフレーヴァーは存在しつつも、躑躅の花の蜜やアカシアの蜂蜜といったピュアな甘味のニュアンスが鼻腔と舌の根元に長く余韻として残る。
そして、喉や舌の根元からそれらの香りやモルト、シェリー、ピートの香りが回るようにこみ上げて鼻腔を擽るまでが一連の余韻となっている。また、メープルシロップやべっこう飴のような香ばしい香りと甘味もラストに感じられる。
シナモンなどのスパイシーな香りやココアパウダーのような香りも残っているが、新ボトルほど目立つものではなく、クリオロのカカオを彷彿とさせるビター感のあるきりっとしたチョコレート香が裏側に存在する。
ウッディさに関しては新ボトルほど若々しくない様子で、割りたての檜に対して大木のパインの表皮、オーク、シダーウッド、そして微かな伽羅やサンダルウッドなどの香木の様な香りが複雑さを生み出している。
若さゆえにアルコールは十分に角が取れているとは言えないのだが、粒が揃っていて舌の上に均一に転がるので不快さは感じられない。
新ボトルと旧ボトルは同じ10年という土俵ではあるもののキャラクターはかなり違っており、好みは大きく分かれそうだが、旧ボトルの方が遥かに饒舌であるように感じた。新ボトルに比べて旧ボトルの方が女性的な印象を受けた。
The Arran Malt LOCHRANZA RESERVE(ロックランザ・リザーブ)
43% 液体はアラン10よりライトなゴールド、ややグリーンがかったレモンイエロー。
こちらのボトルだけは抜栓直後のテイスティングとなっている。
香りはラッカーシンナーというより乾き始めているペンキそのものの香りに爽やかな青りんごや若干の熟れた赤リンゴやラフランスとそのコンポートを思わせる香り。そしてライムのような強いシトラスの香りとほんのり香る蜂蜜や躑躅の花の蜜、薔薇のようなフローラルな香りも。
口に含むとモルティな甘さより甘草のような強い甘味と軽やかなバニラエッセンスのような柔らかな甘味にエンカウントする。口蓋にまとわりつくような粘度の高い甘さ。アスパルテームやスクラロースを彷彿とさせる甘さの質だ。氷を入れると程好く落ち着きそうな印象を受けたので後で入れてみることにする。舌触りと口当たりは非常になめらかでツルっとしていてクリアな印象を受けた。それとともに上質なモルト感が楽しめる。シェリー感はかなり希薄だが、オークとピートのフレーヴァーは健在。ストロングなアルコール感を感じるがそこまで舌に刺さるようなものは感じない。ダバナやハニーサックルを思わせる軽やかで甘いフレーヴァーも感じられる。ラストには麦芽糖のような甘味、コク、フレーヴァーとシナモンとクローブ、カルダモンのようなスパイシーな清涼感、甘味、フレーヴァーが続く。他のボトルに比べて焙煎香はほとんど感じられないがバターのような乳脂肪分を思わせる香り。フレーヴァー、甘味は確かに存在する。余韻は浅いわけでもないが特段深いような印象もない。鼻腔に抜ける香りもどちらかといえば大人しめの印象でで研磨されているかのような印象を受ける。
氷を入れた途端に突如主張を繰り広げる完熟パインアップルとライムなどのシトラスの香り。真夏の地中海で輪切りにしたシトラスのサングリアを飲んでいるかのような爽やかなシトラスフレーヴァーとシーソルトは、ボトルケースに描かれた鳶のようなデザインにも納得がいく。しかし、全体的にはやはりイギリスの海沿いの曇り空のインスピレーションが強く感じられる。アランに特有のスパイシーなフレーヴァーと甘味も爽やかに駆け抜ける。そしてトップにはキレの良い塩味が現れ、ミドルから続くモルティな甘味を引き立てている。前述したダバナやハニーサックルのような甘味も際立っている。若干ボディの窄まりを感じつつも圧倒的な飲みやすさを体感できる。
The Arran Malt AGED 21 YEARS
46%液体は透き通ったゴールド、新ボトルと旧ボトルの中間ぐらいの色合い。
香りはこれまでのどのアランよりもエステルの果実香と、キシレンとトルエンの有機溶剤の香りの主張が強く、駄菓子屋に置いてあるブラバルーンの香りという表現がしっくりくるのだろうか。それに加えて万年筆のインク。
口に含むとまず圧倒的な円熟味を帯びた果実の芳香、それはアプリコットやラフランスのコンポート、熟したプラム、シロップ漬けの白桃と黄桃、カスタードがふんだんに使われたシナモンとカラメルがアクセントのアップルパイ、枝付きラムレーズン、プルーン、ドライフィグ、ドライデーツ、ローストされたカシューナッツやマカダミアナッツ、ヘーゼルナッツ、そしてピスターシュ。いずれも熱せられた、もしくは乾燥・熟成した果実を思わせる芳香が主体となっており、甘草の香りも感じられる。
そこにマーマレードやホワイトグレープフルーツの蜂蜜掛けを思わせる柔らかな柑橘と早摘みのマイヤーレモンや八朔のような柑橘がほんのり感じられる。僅かにブラックベリーリーフのようなインスピレーションを与える。シュトーレンとマルセイバターサンドのような甘味、酸味、オイリーさ、フレーヴァーと、強くはないものの確かに感じる焼きたてのバタートーストを思わせる小麦の香り。
舌と液体の境界で洗練されたピュアで甘味がはっきりとした輪郭を持って、次第に口全体に広がり、飲み込んだ後ですら甘味が込みあがる。それはモルト由来であることを感じさせる極めて自然な甘味。ボディ感はそこまで大きく感じられるものではなく、ミドルにかけて増幅もそれほど感じられないが、しっかり詰まっていて豊潤、そしてコクも強く感じられる。塩味はそこまで主張はしないもののミネラリーで上質、モルト由来の甘味と熟した果実の香りをしっかりと引き立てている。
舌に触れると温度の上昇に伴って香りが均一に拡散し、自然と鼻腔に抜けていく果実香がキャッチできる。そして舌で確かに感じられていた液体の境界はどこにも見当たらず、口内に馴染んでいく。アルコール感とタンニンは川原の石のように角が取れて、しかも篩にかけられたかのように均一なきめ細やかさ。
ラストにはこれまでのどのアランよりもクローブの主張が強く、シナモンがそれに続く。そしてジンジャーやホワイトペッパー、ナツメグを彷彿とさせるようなスパイシーな香りも存在する。焙煎香も遊離しておらず、果実香や抽出液と調和。また、シェリーの甘味と力強いオーク、そして微かにレザーや腐葉土を感じさせる香りがある。
なめらかでしなやか、粘り強いが重いとは感じさせないその余韻は、バカラのレッドクリスタルの淵を爪で弾いたかのように澄んでいて反響する。まるでヴェルベットのような舌触り、口蓋にまで及ぶ立体的で細やかな収斂が心地よいと感じるはずだ。
これまでのどのアランよりも生命力を奥に潜めているかのような印象を受けた。長期的な熟成のポテンシャルを感じさせる一本。
現時点におけるストレートでの個人的な番付はArran 10 Years 新ボトル≒Arran LOCHRANZA<Arran 10 Years 旧ボトル<Arran 21 Yearsといった具合だろうか。
香りの強さや馥郁さなどはArran 10 Years 新ボトルの方が一枚上手なように感じられたが、普段飲みという観点でArran LOCHRANZAの飲みやすさ・なめらかさは魅力的であるように感じられた。
なお、後日改めて飲み方を変えてみたり、ブレンドをしてみたりして更なる感想を追記する予定です。まるで、とある日記のように。
編集後記
今年20歳を迎えた、とある大学で人工知能を研究する「りんりん」によるレビュー企画です。
彼とは5年来の友人ですが飲み物全般に興味があり、リナシメント編集部より依頼を行ってテイスティングしてもらいました。これからも不定期で面白い記事を発信してもらう予定です。(はっしー)