この夏改めて考える、ジョン・スメドレーの魅力

はじめに

5月も末となり、走り梅雨の合間に差す陽光の暖かさが、早くも夏を予感させます。盛夏に向けて支度を整えるには、うってつけの時期です。

ウェルドレッサーを志す日本人を毎年悩ませるのが、夏の暑さです。湿度の低いヨーロッパであれば、真夏でもリネンジャケットであれば着られるかもしれません。しかし蒸し暑いこの国で同様の装いを試みるのは、いくら不感無覚が紳士の美徳といえど、さすがに無謀というものです。食事やパーティーに赴く際には、それでもドレスアップせざるをえませんが、何も予定がない休日くらいは、涼しく軽快な服装をしたいところです。その際、リネンのドレスシャツやカプリシャツも悪くありませんが、人と会う予定がなければ、よりカジュアルなサマーニットを選ぶと、一層くつろげることでしょう。ただし紳士たるもの、打ち解けたニットを着るとしても、決して気品を失ってはなりません。そのような向きでも着られるニットといえば、何よりもまずジョン・スメドレーが挙げられましょう。

この有名なニットブランドを取り上げるにあたり、30ゲージだのシーアイランドコットンだのといった周知の事実を述べたてるつもりは更々ありません。むしろ本稿では、誰もが知るスメドレーのニットウェアを改めて見つめなおし、評論家や職人の話にも耳を傾けつつ、その魅力に迫りたいと思います。

1. 柔らかく、艶やかで、繊細な生地

John Smedley “Noah” Coffee Bean

スメドレーのニットが呈する豊かな光沢には、見るたびに感心させられます。その輝きはしばしばシルクに喩えられますが、決して派手ではありません。良質な素材に由来する自然な輝きは、嫌味がなく、あくまで上品です。編み糸は、サマーニットにしては比較的甘撚りです。そのため生地は薄手ながらふっくらとしており、見た目にも柔和な印象を与えます。とりわけポロシャツに関しては、まさにこの撚り具合のために、強撚糸が使われるスポーティーなポロシャツとは異なる雰囲気を醸し出しているように思われます。アイスコットンで有名なザノーネのように、強撚糸を用いた方が確かに涼しげにはなりますが、スポーツ嫌いの書斎人に似合うのはスメドレーの方でしょう。肌ざわりはもっちりとしており、一度着ればやみつきになるに違いありません。着ていて暑くないのかと訝しむ向きもあるかもしれませんが、生地が薄く、かつ体にまとわりつかないため、案外快適です。

ただし、柔らかさは繊細さと紙一重です。汗をかく夏場に着る以上水洗いしたいものですが、家庭での洗濯方法には迷うところです。洗濯表示にしたがえば手洗いすべきですが、その後タオルドライするのは面倒ですし、洗濯機で脱水するのであれば、はじめから洗濯機で洗うのと大差ないように思われます。洗濯機で洗うとしても、ネットに入れればそれだけでもかなりダメージが抑えられます。手洗いが面倒で着るのが億劫になるくらいであれば、いっそのこと洗濯機で洗うのも悪くないでしょう。

2. リブが作り出すシルエット

セーターはもちろん、ポロシャツにさえ袖口と裾にリブを施すのがスメドレーの特徴です。しかし近年の潮流を見るに、どうやら少なからぬメーカーが、ポロシャツのリブ編みは不要と捉えているようです。実際クルチアーニやザノーネといった大手ニットメーカーが作るポロシャツは、まるで布帛製であるかのように、袖や裾のリブが省略されています。リブの省略は、確かにある意味でデザインの洗練なのかもしれません。しかし、それにより失われるものもあるのではないでしょうか。

Smedley's sleeve (front)

袖口のリブは、袖の生地をキュッと引き締め、相対的にその上の生地にゆとりをもたらします。ふくらんだ袖は、まるでパフ・スリーブのようにふんわりと肩を覆い、実にエレガントです。もっとも写真を見ても分かるように、スメドレーの製品は人体に合わせ立体的に編立・縫製されているため、肩のふくらみはごくわずかであり、決してフェミニンなシルエットにはなりません。

Smedley's ribbed hem

裾のリブは、着丈が長いスメドレーのニットにおいて、極めて重要な役割を担っているように思われます。同ブランドの一部の製品は、着丈が非常に長くとられています。定番の”Isis”の着丈が2020年春夏のSサイズで63.5cmであるのに対し、写真の”Noah”は66cmです。

long length of John Smedley "Noah"

このような着丈の著しい違いは、それぞれが想定している体型の差異ではなく、むしろデザインの差異として捉えられるように思われます。ちょうど写真の”Noah”より着丈が3-4cm短い”Ancona”というスキッパーポロがあるので、これを引き合いに説明しましょう。”Noah”を着た場合、着丈は明らかに余り、リブの上に溜まった余分な生地は、襞をなしてリブに覆い被さります。対して”Ancona”の場合、余る着丈が少ないため、リブが隠れることはありません。余った生地でリブが隠れるべきか、それともリブが見えるべきか――どちらを美しいと感じるかにより、”Noah”を選ぶか”Ancona”を選ぶかが決まるのでしょう。筆者としては、”Noah”を推したいところです。スメドレーのニットに限っていえば、余った生地は決してだらしない印象を与えません。30ゲージの薄くしなやかな生地が作り出すドレープは、野暮ったい印象を与えるどころか、むしろリラックスした大人の余裕を感じさせます。またプリーツ入りのパンツと合わせる場合、”Ancona”ではいささか上半身が貧相に見えてしまいますが、”Noah”であれば、余った生地が適度なボリューム感を生み出すため、そのようなボトムスとも見事に調和します。

ニットにおける袖口や裾のリブは、単なる装飾ではなく、独特のシルエットを作り出す機能を担っています。ポロシャツからリブを省くと、程度の差こそあれラコステやフレッドペリーのようなテニスウェアのシルエットに近づいてしまい、スポーティーな印象が強まってしまいます。リブを備えたスメドレーのポロシャツであれば、書斎人が着ても違和感はありません。

3. 「テーラード・ニットウェア」

先にも触れたように、スメドレーの製品は人体に沿って作られています。イギリスのウェブマガジン『パーマネント・スタイル』にて、サイモン・クロンプトン氏はこのニットウェアを仕立服に喩えています。

Smedley rightly calls itself ‘tailored’ knitwear. It is fully fashioned, rather than being made of pieces that are cut and sewn together, which creates a much smoother and more ergonomic fit. You can see that in the shoulder seam of Smedley knits: its backward-sloping angle can only be achieved on fully fashioned knitwear, and it vastly improves the fit. Most tailoring, particularly that which prioritises comfort (such as Anderson & Sheppard) has a similar seam.

スメドレーが自らを「テーラード」ニットウェアと呼ぶのは、的を得ています。このニットウェアは、生地が裁断され縫い合わされてできているというよりは、完全に体に沿って作られています。それにより、よりスムーズかつより人間工学的なフィット感を実現しているのです。スメドレーのニットの肩に走る縫い目を見れば、このことは一目瞭然でしょう。背中側に傾く縫い目の角度は、完全に体に沿って作られたニットウェアにしかみられないものです。これによりフィット感は大幅に良くなります。ジャケットの仕立てにも多くの場合、とりわけ(アンダーソン&シェパードのように)着心地を優先している場合、同じような縫い目がみられるものです。

スメドレーの肩をアンダーソン&シェパードのスロープド・ショルダーと結びつけるとは、実に慧眼です。実際クロンプトン氏が述べているとおり、スメドレーのニットウェアにおいて、肩の縫い目は大きく後方に流れています。さらに付け加えれば、袖付けは、前面から見ると通常のセットイン・スリーブであるのに対し、背面を見ると、まるでラグラン・スリーブのように、肩から脇にかけてシームが連続しています。シャツのような見た目を維持しつつ、そこに可動性の高いラグラン袖の構造を融合することにより、端正さと着心地を両立しているのでしょう。有象無象のニットウェアと異なり、スメドレーの場合、着ていて袖の付け根に違和感を感じたり肩の生地が不格好に弛んだりすることが全くありませんが、それはこのような立体的な設計のおかげなのです。

昨今はホールガーメントがあたかも優れた製法であるかのように宣伝されていますが、スメドレーのようにリンキング1)により縫製されたニットウェアの方が、シルエットが美しいうえ、動きやすく快適です。もっとも、30ゲージの細かいニットをつなぎ合わせるのは、職人にとっては大変な負担でしょう。現代では機械が導入されているとはいえ、細かい編地をひと目ずつ拾い針に射していくだけでも、相当に神経を使うに違いありません。そのためか、近年リンキング職人は減少の一途をたどっています。ホールガーメント技術が重宝されるようになってきたのは、リンキングをせずにニット製品が作れるからであり、決して美しさや着心地を追求した結果ではありません。もし今後リンキングがなされたニットウェアが失われていくとすれば、非常に残念なことです。スメドレーの工場でこの作業を担当するニコラ・グレットン氏は、以下の動画で自らの仕事を語っています。

1) ニット生地同士を、目と目をつなぐように縫い合わせること。カットソーに用いられるソーイングと異なり、ニットの伸縮性を損なうことなく生地を縫合できる。

技術を受け継ぐことの大切さを、彼女はあくまで一職人の立場から述べていますが、リンキングの技法が継承されることは、我々購入者にとっても重要です。スメドレーに支払う代金は、単なる商品の対価であるのみならず、技術を存続させるための投資でもあるのです。

おわりに

ドレススタイル愛好者が、ジャケットを脱ぐ季節に着る服として、ジョン・スメドレーのニットウェアは最良の選択肢のひとつです。確かにニットは本来カジュアルな服かもしれません。ましてやポロシャツなどは、れっきとしたスポーツウェアです。しかし、繊細優美な生地が用いられ、サヴィル・ロウの仕立服のごとく美しいシルエットを描くスメドレーの製品であれば、書斎派の紳士にさえ自然に馴染んでくれることでしょう。

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