イギリスのスマイソンSmythson、アメリカのクレインCrane & Co.――欧米各国には、それぞれ国を代表するソーシャル・ステショナリー・ブランドがあります。フランスの場合、そのようなブランドとしてG.ラロG. Laloが挙げられましょう。女王陛下が愛用するスマイソンや、ホワイトハウスで用いられるクレインほどラグジュアリーではありませんが、このブランドが作るレターツールは素朴な魅力に溢れています。
G.ラロの創業は1920年。マルセル・プルースト『失われた時を求めて』の第3篇第1巻が刊行され、ポール・ヴァレリー「海辺の墓地」が雑誌に発表された年――要するに、19世紀から受け継がれた良き趣味が、戦乱を乗り越え、最後の花を咲かせていたころです。そのような時代を反映してか、ラロの製品は、20世紀の工業技術で作られているにもかかわらず、どこか前世紀的なエレガンスを感じさせます。
以下、日本でも販売されている同ブランドの4種類のレターセット、および国内では入手手段が限られている2種類のレターペーパーをご紹介します。
1. ヴェルジェ・ド・フランスVergé de France
ヴェルジェ・ド・フランスは、G.ラロを代表するレターペーパーです。レイドペーパーlaid paper(フランス語でパピエ・ヴェルジェpapier vergé)と呼ばれる紙であり、表面に浅い畝が走っているのが特徴です。
これは、手漉き紙に残る簀(す)の目の跡を再現したものであり、現代では、透かしを入れるのと同様の機器(ダンディ・ロールdandy roll)を用いて畝を施しています。工業化以前の紙の特徴をあえて再現するのは、一種の懐古趣味に他なりません。この簀の目を見ただけで近代以前の手漉き紙を思い出す人が、機械漉きが当たり前となった現代にどれだけいるかは疑問ですが、失われた過去を愛する方にこの紙で手紙を書けば、喜ばれること請け合いです。
なお、ブランドの看板商品だけあり、このレターセットはカラーバリエーションが豊富です。万年筆やつけペン、ガラスペンなどでカラフルなインクを用いる方には、インクに合う便箋を選べる利点もあります。また封筒が二重になっており、内側にアクセントカラーが配されているため、開封時、受け取った相手に驚いてもらえるかもしれません。
2. べラムコットンVélin pur coton
コットンを50%使用して作られたレターペーパーです。一般にコットン100%の紙に筆を走らせると、チリチリとした独特の筆記感を覚えます。この感触は決して悪いものではありませんが、それが万年筆本来のなめらかな筆記感を損なうのも確かです。パルプを含むこのベラムコットンであれば、コットンのふっくらとした厚みとパルプならではのなめらかさを同時に楽しむことができます。色はやや黄味がかっており、紙の質感とともに穏やかな印象を与えます。黒やブルーブラックのインクはもちろん、エルバンHerbinのヴィオレパンセViolette penséeなど紫系のインクも似合うでしょう。
3. ベラムフランスVélin de France
G.ラロの商品のなかでも最も白い紙を使ったレターセットです。見た目はいささか味気ないかもしれませんが、質感はやはり一級品です。書いていると、筆先を包み込むような心地よい感覚を味わえます。シンプルな白色紙なのでフォーマルな場面でも使えますし、あるいはカラーインクを際立たせたい場合にもうってつけです。
4. トワル・アンペリアルToile impériale
ブロードクロスのような独特の紙が使われています。いかにも特別な手紙といった風格のため、日常の文通では使えませんが、ビジネスであれば大切な上客に宛てて、プライベートであれば祝事の際に選ぶと良いでしょう。前述のベラムフランスほど眩しくない白色のため、フォーマルでありながら親しみやすい印象を与えます。赤いシーリングワックスがよく似合うので、ぜひ封蝋を施して送りましょう。
5. パイルペーパーPaille naturelle
フランス語名を忠実にカタカナ化すれば「パイユ・ナチュレル」。藁を含む、味わい深いレターペーパーです。散りばめられた藁が田舎風rustiqueな印象を与えますが、紙自体の品質は他の製品同様に高く、昔使った藁半紙とは全くの別物です。なお、この商品は次のエクラドール同様、日本では単品で販売されていません。手に入れるには、フランスの紙製品屋papeterieで買うか、個人輸入するか、あるいはセット商品であるアンティークコフレを購入しましょう。
6. エクラドールÉclats d’or
金箔が散りばめられた、豪華なレターペーパーです。落ち着いた色合いで控えめに輝く金箔なので、嫌な印象を与えません。おめでたい手紙にお使いください。この商品も、前述のパイルペーパー同様、国内では単品販売されていません。やはりアンティークコフレに封入されています。
おわりに
電子メールが完全に普及し、ペーパーレス化さえ唱えられている今日にあって、手紙を書くことは、もはやそれ自体時代錯誤な行為であるといえるかもしれません。しかし、だからこそ、手紙を書く機会には徹底的にアナクロニスムを追求してみたくなります。その際、ヨーロッパの歴史を紡いできた手漉き紙の伝統に思いを馳せ、現代のはじめになおも手漉きを模した紙を販売していた創業者ジョルジュ・ラロ氏を称えつつG.ラロの便箋に文章を綴るのは、なかなか粋な選択ではないでしょうか。