みなさまこんにちは、ライター高橋です。今回はロマン派の器楽作品における一つのターニングポイントともいえる”幻想交響曲”を紹介いたします。
ベルリオーズについて
まずは幻想交響曲を作曲した人物について軽く触れておきましょう。ベルリオーズはロマン派初期において活躍したフランス出身の作曲家です。彼以前の古典派の作曲家達が構築してきた管弦楽の規模をさらに拡大したことにより、色彩感豊かな音響効果をオーケストラ作品に反映させました。また、今回紹介する幻想交響曲をはじめとした、ロマン派音楽の最大の特徴の一つでもある『標題音楽』の先駆けとしても知られています。
幻想交響曲について
幻想交響曲はベルリオーズの代表作ですが、創作された時期は意外にも彼が26歳前後の時期であり、作曲家の生涯におけるいわゆる初期の作品とされています。ベルリオーズは当時イギリスからパリに来ていたシェイクスピア劇団の公演にてシェイクスピアの作品に感銘を受けると共に、人気女優であったハリエット・スミッソンに強烈的な恋に落ちてしまいます。しかし、人気女優のスミッソンが当時まだ無名だったベルリオーズに興味を持つ事はなく、彼はその苦しみの中でこの作品を書いています。また、ベルリンにてベートーヴェンの交響曲作品を聴いた際に多大なる影響を受けました。幻想交響曲はベートーヴェンの作品の中でも特に『交響曲第6番 田園』の影響を受けています。田園というタイトルはベートーヴェン自身が付けており、作品のイメージをよりわかりやすくするといったこの試みを幻想交響曲において発展させています。また、幻想交響曲が5楽章構成になっているのは田園が同じように5楽章構成になっているからとも言われています。
この作品の特徴としてはやはり、5つの楽章全てに題がつけられており、全体の構成とそれぞれの楽章について作曲家自身が書き下ろした解説文(プログラム)が存在している事にあるでしょう。古典派以前からも作品に題名をつけるといった行為は少なからず行われて来ましたが、細部にわたってまで解説をするといった試みは革新的であり、その説明文を予め読んでおく若しくは読みながら作品を聴くことにより、作品の世界観への理解度が高まり、共感を呼ぶことが出来ます。
また、この作品はベートーヴェンの作品の完成からそんなに年数が経っていないにもかかわらず、オーケストラの規模が巨大化していることにあるでしょう。軍隊などで用いられていた金管楽器などを取り入れたことは当時物議をおこしました。しかし、後の作曲家が積極的に巨大規模の作品を書いている事から、やはりこの功績は無視できないでしょう。
さらに、最大の特徴としてあげられる技法があります。ベルリオーズは第1楽章にてあるフレーズに対して、『憧れの恋人』という役割を持たせます。彼は、その固定された役割を表すフレーズを曲中の情景に合わせて変容させながら繰り返し登場させるといった技法をこの作品にて試みました。その技法は”イデーフィクス(固定楽想)”と呼ばれていて、その後の作品に多大なる影響をもたらしました。また、この技法は更に発展して行くことになります。イデーフィクスによる効果は一つのモチーフに限られましたが、時代が進むにつれ発展して行き、複数のフレーズに役割を持たせる『ライトモティーフ』として発展を遂げ、ワーグナーやR.シュトラウスにより多用されることになりました。
プログラム
The composer’s intention has been to treat various states in the life of an artist, insofar as they have musical quality. Since this instrumental drama lacks the assistance of words, an advance explanation of its plan is necessary. The following programme, therefore, should be thought of as if it were the spoken text of an opera, serving to introduce the musical movements and to explain their character and expression.
Hector Berlioz Programme “Note” (Berlioz “Symphonie fantastique” Bärenreiter Urtext Edited by Nicholas Temperley) Bärenreiter-Verlag(1971)
各楽章の解説文の前にこのような導入文が用意されています。簡単に説明すると、”恋焦がれる若い芸術家がその恋に打ちひしがれ、アヘン自殺を図った際に奇妙な夢をみる”といった内容になります。また、この一連のストーリーはベルリオーズ本人のスミッソンに対する恋を題材としています。
1.夢、情熱
DAY-DREAMS-PASSIONS
The composer imagines that a young musician, troubled by that spiritual sickness which a famous writer has called le vague des passions, sees for the first time a woman who possesses all the charms of the ideal being he has dreamed of, and falls desperately in love with her. By some strange trick of fancy, the beloved vision never appears to the artist’s mind except in association with a musical idea, in which he perceives the same character – impassioned, yet refined and diffident – that he attributes to the object of his love.
This melodic image and its model pursue him unceasingly like a double idée fixe. That is why the tune at the beginning of the first allegro constantly recurs in every movement of the symphony. The transition from a state of dreamy melancholy, interrupted by several fits of aimless joy, to one of delirious passion, with its impulses of rage and jealousy, its returning moments of tenderness, its tears, and its religious solace, is the subject of the first movement.
Hector Berlioz Programme “First Movement” (Berlioz “Symphonie fantastique” Bärenreiter Urtext Edited by Nicholas Temperley) Bärenreiter-Verlag(1971)
夢、情熱と題された第1楽章は、管楽器による導入の後に弦楽合奏に移り静かで哀愁漂うハーモニーが響きます。しかし、胸に秘めた葛藤がやがて熱を帯びて広がりを見せていくでしょう。そして調性や速度の変化とともに”彼女”を表すフレーズ”イデーフィクス”が現れます。その後曲は大きく前進し、恋焦がれて夢を見る若者の様子を鮮やかに表現していきます。
2.舞踏会
場面は変わり、舞踏会。彼は再び彼女に出会います。優美に奏でられるハープの音色とワルツのリズムに呼応するかのように”彼女”が現れ、とても華やかな雰囲気を持つ楽章になります。
3.野の風景
2楽章までと違い、とても静かな風景に移り変わります。彼は田園地帯で牛飼い達が牛舎に向けて牛を追いやる様子を眺めています。その様子はオーボエとイングリッシュホルンによって対話のように繰り広げられます。再び”彼女”が現れ、彼は大きな不安に飲まれていきます。一旦は平静を取り戻し、田園風景に戻りますが、再び”イデーフィクス”が現れて、彼はいよいよ不安の渦から逃れられなくなっていきます。徐々に不吉の予感があらわれ、曲の終盤ではティンパニーによる遠方での雷鳴が鳴り響き、陰鬱とした雰囲気が忍び寄ります。
4.断頭台への行進
いよいよ恋に絶望した彼はアヘンによる自殺を試みます。しかし、死に至ることはなく彼は幻覚に魘されることになります。幻覚の中で彼は恋焦がれる”彼女”を殺めた犯罪者としてギロチンの待つ断頭台へ連行されます。当時フランスではギロチンによる公開処刑が一般的であり、人道的で正義の側面を持つ処刑法ともされていました。連行される死刑囚、喝采を送る民衆、とても歪な行進曲が流れていきます。やがて断頭台にたどり着き、彼はふと”彼女”を思い浮かべます。しかし束の間、ギロチンの刃が落とされ首が転がり落ちます。民衆の熱は盛り上がり、舞台は次の場面に進んでいきます…
5.サバトの夜の宴
He sees himself at the witches’ sabbath, in the midst of a ghastly crowd of spirits, sorcerers, and monsters of every kind, assembled for his funeral. Strange noises, groans, bursts of laughter, far-off shouts to which other shouts seem to reply. The beloved tune appears once more, but it has lost its character of refinement and diffidence; it has become nothing but a common dance tune, trivial and grotesque; it is she who has come to the sabbath … A roar of joy greets her arrival … She mingles with the devilish orgy … Funeral knell, ludicrous parody of the Dies irae, sabbath dance.; The sabbath dance and the Dies irae in combination.
Hector Berlioz Programme “Fifth Movement” (Berlioz “Symphonie fantastique” Bärenreiter Urtext Edited by Nicholas Temperley) Bärenreiter-Verlag(1971)
グロテスクな様相を帯びた不気味な音色が漂います。彼の幻覚はいよいよ死後の世界へとたどり着きました。狂気の宴に塗れていく中”彼女”が現れます。しかし、これまでの美しさを持つ”彼女”ではなく、それはまるで彼を嘲笑うかの如く狂気に満ちた魔女の姿そのものでした。やがて鐘の音とともに奇妙な静寂に包まれた世界に、グレゴリオ聖歌の”怒りの日 Dies irae”が鳴り響きます。その後急展開とともに狂気の宴は加速していき、グロテスクな華やかさとともにクライマックスを迎えます。
オススメのCD
この作品を聴くに当たってオススメのCDは、カラヤンとベルリンフィルによるものです。
1974年、75年録音の物で、音質も非常によく、それでいてカラヤンの音楽性が豊かに表現されている名盤です。他の作品においてもカラヤンとベルリンフィルの組み合わせは名盤が多いので、気になった方は他の作品なども聴かれて見てはいかがでしょうか?
おわりに
幻想交響曲はいかがでしたでしょうか。ロマン派音楽の先駆的な場面が多数あり、色彩豊かな作品でしたと思います。もしご興味持たれましたら、演奏会に足をお運び頂ければ幸いです。また、今後もオーケストラ作品なども紹介していきますので、もしよろしければ他の記事もご覧いただければ幸いです。