手漉きの伝統を今に伝える、アマトルーダAmatrudaのレターペーパー

これまで本誌では様々なレターペーパーを取り上げてきましたが、そろそろ筆者のとっておきをご紹介しましょう。アマルフィの製紙工房、アマトルーダの手漉き紙です。

Medium business card “Amalfi” model & Medium envelope “Amalfi” model

1. 繁栄と衰退

現代ではすっかり観光都市となってしまったアマルフィは、かつて紙の名産地でした。周知のとおり、ヨーロッパの製紙法はイスラーム世界からもたらされたものです。最初にアラビアの紙を輸入したのはシチリアでしたが、貿易が盛んな海洋都市であったアマルフィには、まもなくこの技術が伝わりました。背後の山々から流れ出す豊かな湧水に恵まれたこの都市は、紙漉きにうってつけの場所であり、早くも13世紀から製紙業が盛んに営まれてきました。その後も、戦争や災害に脅かされつつも、アマルフィの手漉き紙はながらくヨーロッパの人々に愛され続けました。しかし産業革命以降、手漉き紙の需要は次第に低迷し、今となってはこのアマトルーダが、この地に残る唯一の手漉き紙工房となってしまいました。

AMATURDA LA CARTA DI AMALFI

2. 手漉きの味わい、歴史の面影

アマルフィ紙の歴史を背負うこの工房が作るレターペーパーは、伝統的な手漉き紙の真骨頂といえるものです。素材には、木材パルプではなく綿が使用されています。今でこそ紙の素材はパルプが主流ですが、砕木パルプが発明されたのは19世紀になってからのことです。それまでは綿や麻で紙が作られていました。一般に、コットン紙に文字を書く際には、チリチリとした独特の筆記感を覚えます。アマトルーダの紙には、そのような感触はほとんど感じられません。もちろんパルプ紙のようななめらかさはありませんが、コットン紙としては驚くほど柔らかな書き心地です。おそらくは、丁寧な叩解作業と良質な材料の賜物でしょう。繊維はしっとりと潤っており、丈夫でありながら実にしなやかです。

紙の端は切り揃えられておらず、漉かれた状態のまま残されています。和紙であれば「耳」と呼ばれる箇所であり、これが残っていることが手漉きの証です。

封筒では、この耳が蓋の部分に使われています。手漉き紙の封筒にはよくみられる仕様ですが、やはり嬉しいものです。

また表面を見ると、布地のような細かい凹凸があります。これは漉き桁の底に張られたワイヤーの跡です。アマトルーダの紙は、織物のように編まれた簀で漉かれた、いわゆるウーヴ紙wove paperです。中世後期以来ヨーロッパで伝統的に生産されてきたのは、平行に張られたワイヤーの跡が縞目状に残るレイド紙laid paperでしたが、ウーヴ紙にも十分伝統的な価値があります。ウーヴ紙が発明されたのは18世紀半ばのことです。あのモーツァルトもアマルフィの手漉き紙の愛用者でしたが、おそらく彼が用いた紙もこのようなウーヴ紙だったのでしょう。

Classic envelope “Amalfi” model

便箋の下部や封筒の蓋裏などには、透かしが施されています。高級紙を生産する製紙工房は、昔から商品に独自のウォーターマークを入れてきました。アマトルーダの透かしは決して意匠の凝らされたものではありませんが、この素朴さがかえって昔懐かしい雰囲気を醸し出しているように思われます。

封筒にはあらかじめ糊が塗られています。ただしこの糊の接着力は若干弱く、封を閉じるにはいささか心許ありません。これはある意味で欠点なのかもしれませんが、本来封筒がシーリングワックスにより封緘されるものであることを考えれば、納得がいくことでしょう。糊はあくまで補助的なものであり、封筒の蓋が空かないようにするのは封蝋の役目なのです。なおシーリングワックスに関しては、ハードタイプのものを選ぶと良いでしょう。破損の恐れはありますが、それでもやはり手漉き紙には、上質で伝統的なワックスが似合います。

3. 豊富な規格

アマトルーダの商品には奇をてらったものはなく、基本的にはどれも同じ手漉き紙が用いられています。その代わり様々な規格が用意されており、書き手の好みに合ったものが選べます。

A4 “Amalfi” model & DL envelope “Amalfi” model

筆者の場合、A4サイズの便箋とDL封筒(A4三つ折りサイズ)の組み合わせを好んで使用しています。大きな紙に、大きめの文字を太めの万年筆でぬらぬらと書くのは、なかなか心地よいものです。ましてやその紙が極上の手漉き紙となれば、もはや至福といっても過言ではありません。

またA4便箋には、他のサイズとは異なるウォーターマークが施されています。

A4 “Amalfi” model 下部中央の透かし

盾形紋地(英:escutcheon / 仏:écusson)の右上に描かれているマルタ十字は、マルタ騎士団の象徴として知られていますが、元々はアマルフィ公国のシンボルです。左下の八芒星は、おそらくコンパスでしょう。誇らしげに掲げられた王冠が、公国時代のアマルフィの栄華を偲ばせます。

他にもアマトルーダは、定番のA5サイズや小さなメッセージカード、一筆箋のような長細い便箋やポストカードサイズのレターセットなど、様々なラインナップを取り揃えています。各種の用途や嗜好に合ったものが、きっと見つかることでしょう。

4. 藁しべと花びら

先述のとおり、アマトルーダの製品は基本的に同じ紙で作られていますが、例外が2つあります。ひとつは藁が漉き込まれたもの、もうひとつは花びらが漉き込まれたものです。

Postcard invitation “Amatruda” (straw)

Postcard invitation “Amatruda” (flower)

いずれも藁・花の量はかなり抑えられています。藁の方は若干物足りないかもしれませんが、花の方は良い塩梅です。ピンクや黄色、菫色の細く小さな花びらが散りばめられており実に華やかですが、かといって決して目立ちすぎることはなく、あくまで文章の引き立て役に徹しています。アマトルーダのレターペーパーは何も加えずとも美しいものですが、特別な手紙には、こうした意趣に富んだ紙を選ぶのも良いかもしれません。

おわりに

手紙は言葉を伝える手段であるのみならず、それ自体が物質的価値を有する贈り物です。それゆえ便箋や封筒、封蝋の選択には、手紙の内容と同じくらいこだわりたいものです。羽衣のように美しいアマトルーダのレターペーパーであれば、送る人も受け取る人も、文通の楽しみを最高のかたちで享受できることでしょう。

アマトルーダの商品は、アマルフィの土産屋はもちろん、イタリア各地の文具店で取り扱われています。また同社は公式のオンラインショップを運営しており、日本からの注文も可能です。ぜひご購入いただき、その質感をお確かめください。

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