私のように30歳も過ぎてくると有りがちな現象。
「記念日だから彼女と高級ブルゴーニュワインでも飲もう!」
と、突然高級なブルゴーニュワインを買うのはお勧めできません。
祈りを捧げるしかないブルゴーニュワイン
これでも喰らえ!と叫んで、手にした重い棍棒で私たちを、骨にひびが入るほど殴り倒したとしよう。その時私達が受難キリストの苦難を思い、それを喜んで耐えることができたら、修道士レオーネよ、そこにこそ完全な喜びがあるのだ。(アッシジの聖人フランチェスコ)
18世紀に修道僧達がブルゴーニュ公の下で多大な労力と時間を掛けて品質を高め、格付けを行ったブルゴーニュワイン。
二人の記念日に折り目一つない真っ白なテーブルクロスが掛かったフレンチレストランに行ったとしましょう。大枚をはたいて購入した、とっておきのブルゴーニュワインを抜栓してグラスに注がれます。そんなシーンでどうして首を横にふれることでしょうか。
震えるほど感動的な味わいと引き換えに失敗のリスクも
一般的に価格が高いほど味が美味しくなると考えるのが自然です。しかしブルゴーニュに至っては村名クラスから一級畑、特級畑と格付けが上がって行くほど丁寧に作られることがおおく単一の畑で作られたワインは感動を与えてくれますが、同時に失敗する確率も上がってゆきます。
これには理由があります。ぶどうは農作物なのでその年の仕上がりが強く反映されるのと、少数生産の小さなドメーヌだと仕上がりに反映されやすいためです。
優れた畑は総じて区画が狭い傾向にあり、ぶどうの収穫量も少なく味の均一化を図ることも難しいのです。広大なぶどう畑であれば、ブレンドして味を安定させることができます。これはブルゴーニュでは地域名として一番格付けが低いのですが様々な畑や生産者のぶどうを混ぜて安定感のある仕上がりになります。
一方で小さな畑と生産者の場合は、その個性が強く押し出されて、時に芸術的とも言える震え上がるほどの香りと味わいを体現してくれることもあるのです。例えその1本が格別に美味しくて翌日に慌てて同じものを買ったとしても、昨夜の感動は無くただの酸っぱいだけの料理酒にもならない、という事もあるのです。ブルゴーニュワインのマニアはその奇跡的な感動のために日夜修行を続けているのです。
高級ワインは飲み手に多くを求める
古いマセラティと同じように、高級ワイン特にブルゴーニュは飲み手に対して多くを求めます。それに応える事ができる人に対して、時に甘美で艷やかな瞬間を与える(こともある)のです。
手に入れるところから難問
高級ワインはまず丁寧に扱われてること、ワインの場合は飲み手が抜栓するまでに振動や衝撃や温度差が少なければ少ないほどよいのです。最も理想的なコンディションは、ドメーヌ(生産者)の地下のカーブから頂くことです。薄く埃の掛かったワインもあれば、樽から直接テイスティングさせてくれる事もあります。しかし現実的では無いので丁寧な温度管理と振動対策でフランスから輸送されたワインを、自宅で丁寧に保管する所から始まります。
手に入れたワインが傷んでいるかどうかは、開けてみるまで分かりません。
買ったワインをいつ開ける
次に開栓するタイミングです。例えば「2015年のドメーヌ・ド・ラ・ヴージュレーのLe Clos Blanc de Vougeotをいつ開けるべきか…」一般的には一級畑の白ブルゴーニュは3~4年と言われますが、目安であって完璧とは言えません。生産者によっても違いますし、その年のぶどうによっても異なります。シビアに言うとボトル1本ごとにタイミングが異なるのです。こればかりは神のみぞ知るです。
料理とのペアリングは
ワインの地域とペアリング、マリアージュは同じように飲み手に求める難しい試練の一つです。いかに優れたワインであっても食べ物と飲むタイミングを間違えては意味をなしません。「今夜の料理は鳴門海峡の真鯛のポワレでレモンバターソース、そうなるとコルトン・シャルルマーニュ…いやムルソー・ペリエールか、いっそシャンパーニュで通した方がいいのか…」正解が一つでない為に無限に悩む事になります。よほど修行を積んでいる飲み手やソムリエでないと的確にペアリングするのは難しいと言えます。
ワインと料理が決まったら適切なグラスを用意します。男だけの食事会であればリーデルでも良いですし、記念日など大切なシーンであればロブマイヤーでも良いですし、とにかくワインとシチュエーションに合ったグラスを選びます。
常識と温度を疑う
「ブルゴーニュの白ワインは10~13度、赤ワインは16~18度が目安」などワインの専門書やサイトでは足並みを揃えて温度を指示しています。しかしワインの適温は生産者や品種だけでなく一本づつ異なりますし、飲み手の居る部屋の温度や料理の内容、時期、体調によっても最適な温度は異なります。
例えば夜でも熱を帯びた風があるような時期に、テラス席で料理を食べるならきっちり冷やす方が美味しいです。銘柄では具体的にブルゴーニュの赤ワインは、ジュヴレ・シャンベルタンは冷やし気味、ニュイ・サン・ジョルジュ、ボーヌロマネはやや冷え気味。白ワインは特にラドワやアロース・コルトンなんかはシャンパーニュ並に冷やした方が美味しいこともあります。これもまた漠然とした目安でしかありません。
自宅でワインを飲んでいて一番わかりやすいのが、ワインを飲み始めて「なんかもったりしてるな」「香りは良いけどキレがない」と感じた時はグラスに氷片を入れて軽く回して飲んでみます。それで劇的に改善されることがあります。冷えて美味しいことを確認したらボトルを氷水で冷やせば美味しくなるという寸法です。逆にポマールやヴォルネイなど冷やしすぎると死んでしまう事もあります。
しかし一時的なものなので、グラスに入れて手で温めれば復活することも多いです。基本的には温かいよりも冷やし気味のほうが良い結果を得られるはずです。
最も大切なのは”無償の愛”
命の水と言っても過言でない大事な大事なブルゴーニュ。
2〜3万円という大枚を叩いて買ったブルゴーニュワインを抜栓すると、何回に一回かこのような結末を迎えます。
わたしの神よ、わたしの神よ なぜわたしをお見捨てになるのか。
なぜわたしを遠く離れ、救おうとせず、呻(うめ)きも言葉も聞いてくださらないのか。(旧約聖書 詩篇22篇)
ブショネで無いのに劣化していて飲めないケース、酸っぱすぎてバルサミコにもならない、完全に香りが死んでいるケース、香りは最高なのに味が劣化しているケース。人間と同じように死因は様々です。そして人が生き返らないのと同じようにまた、そういったワインはシンクの底に消えてゆくのです。
それでも尚、それを喜んで耐えることができたら、修道士はっしーよ、そこにこそ完全な喜びがあるのだ。
高級ワインは美味しいのか?
これもまたマセラティと同じ事が言えます。自分の命(時間とお金)を捧げるように対峙し続けると時として感動を与えてくれる(事もある)のです。
つまり誕生日だから、記念日だからと言って安直に高級なブルゴーニュワインを開けても、祝福を与えてもらえるとは限らないのです。