伝統とモダニズム――グムンドGmundのレターペーパー

はじめに

ドイツ南部、オーストリアにほど近いアルプスの山間に位置し、豊かな水を湛える氷河湖、テーゲルン湖――そこからさらにマングファル川に沿い1キロほど北上したところに、一軒の製紙工場があります。ドイツを代表するペーパーファクトリー、グムンドGmundです。

GMUND

エルメス、ルイ・ヴィトン、スワロフスキー、ポルシェ、BMW――美に関して妥協を許さない数々のブランドがグムンドの紙をカタログやパッケージに使ってきたことが、このメーカーの高い技術とセンスを裏付けています。またとりわけ有名なのが、アカデミー賞授賞式での採用です。ほんの数年前まで使われていたあの金色の封筒も、実はグムンドの製品なのです。

Gmund Gold

グムンドは、他にも発色の良い種々のカラーペーパーや、蜂の巣のようなエンボスが特徴的なGmund Bee!、リアルな木目調のGmund Woodなど、見る者に鮮烈な印象を与える紙製品を展開しています。しかし、これらの新奇なデザインは、確かにある種の魅力を有する一方で、上質な大人の日常には必ずしもふさわしいものではありません。金色の封筒は、なるほどアカデミー賞授賞式のような華やかな場面には映えるでしょう。木目調の封筒も、例えば環境保護を訴える場面で使えば有効かもしれません。(実際グムンドの製品はFSC認証を受けています。メルケル首相、いかがでしょうか?)けれどもこれらのモダンな製品は、アンティーク家具に囲まれた、古書の香りが漂う書斎には、どうしてもなじみません。ではグムンドの製品は、伝統を重んじる『リナシメント』読者諸氏には無用の長物なのでしょうか――否、懐が深いこのブランドは、我々を満足させる古風で上質な紙製品も販売しています。ただ、そのような商品を大々的には宣伝していないだけです。そこで本稿では、皆様にふさわしいグムンドのレターペーパーを、3種類に絞りお教えしましょう。

1. Gmund Cotton

Gmund Cotton

コットンを100%使用したレターペーパーです。1844年にフリードリヒ・ケラーが砕木パルプを発明するまで、ヨーロッパでは綿や麻が主な製紙材料として用いられていました。もっとも、かつて材料とされていた繊維は多くの場合ボロきれでしたが、グムンドが使用しているのは――皆様がお召しになっているシャツには及ばないものの――上質なコットンです。コットンペーパー特有のチリチリとした書き心地が微かに感じられると同時に、ペン先を優しく受け止める柔らかさが、便箋のわずかな厚みからでも十分に感じられます。インクの乗りも良好です。一般には決して高く評価されておらず、またグムンドもさほど売り込みをかけているわけではありませんが、隠れた名品と呼ぶに値するものです。

封筒にポインテッドフラップが採用されているのも美点のひとつです。スクエアフラップよりエレガントなうえ、封蝋をした際に見栄えがします。

2. Gmund Bio Cycle – Wheat / Stroh

Gmund Bio Cycle – Wheat / Stroh

Gmund Bio Cycle – Wheat / Stroh

藁が漉き込まれたレイドペーパーです。Gmund Bio Cycleという、環境サイクルを考慮した商品群のひとつとして販売されています。藁を混ぜ込むことにより環境負荷がどれだけ軽減されるのか、筆者には分かりません。しかしこの紙の美しさは誰にでも分かることでしょう。パイルペーパーに文字を書き綴るのは、麻混のシャツやジャケットを着るようなものであり、品位を損なうことなしに田舎風rustiqueな親しみやすさを演出することができます。加えて、手漉き紙を思わせるレイドラインが施されている点は、グムンドのセンスを称賛すべきです。この紙で手紙を書いていると、まるで自分が近世ヨーロッパの田舎にいるかのように錯覚します。なおA4便箋に関して、通常水平であるはずのレイドラインの向きが垂直になっているのは、ご愛嬌といったところでしょうか。

3. Echt Bütten

Echt Bütten

銀座伊東屋でこれを初めて見たときには、不意を突かれた思いがしました。基本的にグムンドの製品は機械で漉かれていますが、この紙は、どう見ても手漉き紙なのです。売り場の商品説明には”Echt Bütten”(「本物の手漉き紙」の意)と書かれていましたが、少なくとも経済的合理性から考えれば、機械生産を主とするメーカーがわざわざ職人を雇って手漉き紙を生産しているはずがありません。きっとこれは、高度な技術により実現した手漉き「風」の紙なのだろう――そう思いつつも後日調べてみたところ、この紙は本当に「本物の手漉き紙」でした。以下に引用するのは、ドイツの国営放送ドイチェ・ヴェレDeutsche Welleがグムンドを取材した映像です。3:55から、この紙の生産風景が見られます。

要するにグムンドは、手漉き文化を守るために、採算を度外視して手漉き紙を生産・販売しているのです。革新的な紙を生み続ける一方で、文化の伝統を保存していこうとする同社の姿勢には、敬服するばかりです。

手漉き紙の特徴のひとつとして、端に残る「耳」が挙げられます。漉いた際に自然にできる、毛羽立った紙端のことです。カードや便箋の場合、四方のうち三方はカッターで切断されていますが、下辺のみ耳が残っています。

カード下端にみられる「耳」

同じく封筒も、耳がついているのは一箇所だけですが、洒落たことに、グムンドはその一箇所をフラップの先端に使っています。

封筒フラップ部の「耳」

もちろん本格的な手漉き紙には、四方に耳がつき、紙質もより柔らかいものがあります。しかしそれでも、現代的な機械漉き紙と並んでこのような商品が売られていることには好感が持てます。この手漉き紙こそ、伝統を重んじるグムンドの裏の顔を象徴する一枚といえましょう。

おわりに

グムンドは斬新な紙質やモダンなデザインで有名ですが、それらは同社の一面に過ぎません。見る人が見れば、むしろ上等なコットンペーパーや、ノスタルジックな藁混のレイドペーパー、あるいは本物の手漉き紙に惹かれることでしょう。意欲的な物づくりを支える伝統の基盤が、これらの保守的なラインナップに表れているのです。

今回紹介したグムンドの製品は、すべて銀座伊東屋で手に入ります。陳列場所がエスカレーターを結ぶ動線上にあり、落ち着いて選べないのが玉に瑕ですが、ばら売りの商品を自分で手に取って選ぶことができる素敵な場所ですので、ぜひ足をお運びください。

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