「これは……お…おお!アンリ・ジャイエのクロパラントゥ。」
漫画のようなテイスティングは憧れますね〜
実際には経験を積んだワイン飲みが南フランスの「シャトーヌフ・デュ・パプ(グルナッシュ)」を「ボルドー右岸」と錯覚したり、一度低評価を下した「2013ソシアンド・マレ」を2本目開けたときに中身が別物で美味しくて腰を抜かしたりと、”事前知識”や”情報”が必ず通用するとも限らないのがワインの世界です。
ワインの勉強をするな?
知り合いのある30代女性が、先輩に連れられたフレンチで高級ワインに感動してしまい、そこから「ワインを趣味にしたい!」と収集し始めました。
1000円代のワインから「シャトー・モンペラ」、「ムートン・カデ」「モンテス・アルファ・シャルドネ」などワインショップで人気のものを片っ端から試して、今ではボーナスで「サッシカイア」や「オーパスワン」まで狙っているそうです。
これは良いことだと思います。知的好奇心があり、順番に人気のものを試すというのも間違いではありません。
しかし、いざ”ラベルの無いワイン”に出会ったときに、そのワインを自分の言葉で表現できるでしょうか?
「甘い・甘くない」「飲みやすい・飲みやすくない」といった程度であれば表現できるかもしれませんが、上記の方法だとワインの表現は教科書に依存することになります。
水の飲み比べや塩や茶を勉強する
もし本当に”テイスティングに強い本物のワインマニア”になりたければ、水を黙々と評価することをお勧めします。自宅の水道水、一度やかんで沸騰させた水道水、お風呂の水道水、炭やブリタ・東レで浄水した水、ミネラルウォーターの数々(様々な産地と硬度の水)を飲み比べて、感想を書き残しましょう。
よく訓練すると、「雨だからか、今日の水は塩素が強い」「同じ水道は右の蛇口の方がサビ臭い」「この店の水はうまい/まずい」と黙々と水の判断ができるようになります。
次は様々な種類の塩をテイスティングして、後半はお茶を薄く入れてテイスティングします。
ダージリンでもアッサムでも、武夷岩茶でも鉄観音でも良いのですが、その茶葉の香りから何をイメージできるか、感想を出したあとにメーカーの紹介を確認して答え合わせをします。
これを繰り返すと、水に含まれるミネラルや香気成分などを少しずつ判断できるようになります。
ワインは土壌由来のミネラル感や果実の糖度、選果や圧搾での果実の痛み、果皮や果梗から滲み出るタンニン、アルコールのウォッシュ感など様々な要素で構成されています。
水や塩、茶を真剣に勉強した後はフルーツや花、草、ハーブ、革など様々なマテリアルのニオイを嗅ぎ、口に入れて味を確認して、手で擦ったらどんなニオイがするか試し、時に果皮のまま食べてみたり数日して食べてみたり繰り返すと、その素材の味や特徴が明確にイメージできるようになります。
本物の香りを勉強する
柑橘一つとってもスーパーでカットされて次亜水漬けされているインチキグレープフルーツが本物とはいえません。農家で貰った、もぎたての甘夏を指で割ったときの飛び出る爽やかな香り、爪の隙間に残る渋さと甘い香り、頬張ったときの鼻に抜ける香り、どれも大切な勉強になります。
ワインを飲んでいるときに、それらの香りが一瞬だけ顔をみせたり、姿をみせることがあるのです。
もしあなたが田舎で畑に囲まれた出身であれば恵まれています。土のニオイや木々の香り、四季の移り変わりを色やニオイや味で体験している可能性が高いからです。お婆さんの自家製ぬか漬けを食べていたなら、乳酸発酵の特徴的な香りも捉えることができることでしょう。
しかし、もし都会で生まれ育って四季の草花の香りと、土のニオイが分からないのであればワインの本質を捉えるのは難しくなります。遅いかもしれませんが、田舎を旅して土を踏んで手で掴んでみて、牛糞のニオイや焼畑のニオイ、藁の焼き芋のニオイ、河川のたまった水のニオイを経験したほうが良いです。
「ワインソムリエ向けの香りキット」といった商品が売っていますが、瓶に入った香料では限界があります。
実際に野菜の葉を手でもぐような香りを体験しないと、ワインの香りを分類するのは難しいことでしょう。
もっとも良いのは、そのワインの産地に行く
今はコロナで難しいのですが、やはり最もワインの見識を深めることができるのはフランスなど現地で生まれ育って、現地のぶどう畑で遊んで育つことです。それは一般人には不可能なことです。
ただ、その欠片でも良いから理解したいのであれば、日本にある田舎の土やブドウなどの果物、野菜や草木で天然の香りや味を学び、そこから自分なりの百科事典を脳内に作っていくのが最短です。
こうすることによって、例えばリースリングを嗅いだときに「あ、小学生のときに灯油ストーブに給油しているときのかおりだ」「自転車を整備しているときのスプレーのニオイだ」など具体的な情景が浮き上がってきます。
本で「ペトロール香・石油香すなわち重油の香り」といわれても、石油の香りを体験していないと分からないことでしょう。
ソムリエやワインアドバイザー試験のように産地や品種、ワインの生産者やビンテージを覚えるのも良いことですが、それよりも基本的なテイスティング能力の向上は水や茶といったワインよりも近いところに転がっていますよ、という話でした。