こんばんは、まだらの牛です。一年ぶりくらいに筋トレ(腕立て伏せ)をしたらランニングしても胸筋が痛いくらい筋肉痛になりました。でもおかげで一日で胸囲が一センチ大きくなりました。いや、本当に。多分一時的なものですが。一日で胸囲が一センチずつ増えて行けばミスターオリンピアになるのはたやすいことです。
なんで筋トレをしたかというと、最近買ったシャツがちょっと大きかったかもなあ、と思ってのことでした。EUサイズで41を買ったのですが、39か40にすべきでした。首囲は38くらいなので41は大きすぎたようです。仕事柄ドレスシャツを着る機会は別になく、また最近は安定していますが、体重の増減が比較的激しい時期があったため、自分のサイズがよく分かっていません。お店に行って買えばいいのですが、接客されるのがあまり好きじゃなく、また価格と釣り合った欲しいものがなかったときに何も買わないのが気まずいので、最近はもっぱらネットで買っています。
何を買ったかというと、日本でも話題になっているという100 Handsというブランドの白いオックスフォード生地のシャツです。セールで345ユーロが138ユーロとなっていたため、買ってしまいました。Lutzとかいうオランダのセレクトショップのサイトで買ったのですが、100 Handsはインド生産ですが、オランダのアムステルダムに本社があるブランドですので、オランダ国内での取り扱い店は結構あるようです。
100 Handsの魅力というのは最高品質の生地を使用して、手縫いを駆使して作られているという点にあります。耐久性や着心地という観点から、手縫いが必ずしも優れているというわけではないでしょうが、モノの魅力というのは必ずしも実用性にはありません。どういうわけか人は不揃いなステッチといったものにラグジュアリーを感じるように出来ているのです。
しかし100 Handsの手縫いを不揃いなステッチと呼ぶと怒られるでしょう。凝視してみてもピッチは安定し、極めて細かいのですから。それでいてやはり手縫いの甘さ、糸の余裕というものは残っています。こうした点を観察すると、少々高価なシャツを買ったとしても、自分に十分な言い訳をすることができます。価値あるものを買ったのだと。
しかしどうしてそれが価値あるものでしょうか。答えは様々でしょうが、ひとつは美的観点にあります。例えば、ミシンで縫われた前立ての糸の線は工業的で大量生産という印象を与えます。カチッとしているということからいえば、それはそれでいいのでしょう。機能的には何も悪い所はありません。しかしひとたび裏前立てで、表に縫い目がほとんど見えない手縫いが施されているシャツを手に取り、着てみたら、もはやこれまでの工業的なシャツに魅力を見出すことは難しくなります。
きちっとしたミシンの縫い目は機能的であり、それ自体になんら悪いことはありません。しかしシャツを手に取って見て、細かく縫い目を見てみても、面白くないのです。なんの発見もありません。買ってからじっくりそのシャツと付き合うという喜びがないのです。
その点手縫いのシャツはじっくりと縫い目を見てみるという楽しみがあります。
じっくりと縫い目を見ていると、発見があります。100 Handsのシャツの縫い目を見ていて、気付いたのは、それが表にほとんど縫い糸が見えない縫い方でありながら、自分の知っているまつり縫いとは違う!というものでした。
まつり縫いにもいろいろ種類がありますが、基本的なのことは表に響く部分は生地の糸を一、二本掬うだけなので、表には縫い目がほとんど見えないということです。裏側からは基本の斜めまつり縫いであれば、斜めに走る糸の線が見えます。しかし100 Handsのシャツの前立てや袖付けの部分を見ていると、裏側も縫い目がほとんど見えないのえす。これはどういうことでしょう。
100 Handsのシャツの裏前立て。ボタンホールの縫い糸だけで固定するメーカーも多いが、ここは前立ての端部分も塗っている。表に縫い目が響かないようにしているのがポイント。
これでは私が素人ながら裾上げなどで使ってきたまつり縫いと違うぞと思い、英語で検索をかけて見ました。「ヘム(hem)」「手縫い(hand sewing)」といったキーワードで検索したところ、日本語で「裾上げ」(ヘムとは微妙に違う言葉ですが)「手縫い」といった言葉で検索をして出て来た縫い方とは違うものが出てきました。
ここから先は画像と共に見て行った方がいいでしょう。
自分の知っているまつり縫い(流しまつり縫い)。表からはほとんど縫い目が見えないが裏からはこのように斜めに走った糸が見える。
まずはこちらが私が日本語のネットでの検索から学び、施した流しまつり縫いで処理した裾の画像です。表からは糸がほとんど見えませんが(といっても糸の色が少し生地に対して明るすぎたため、目立っている部分がありますが)、裏から見ると斜めに走った糸の縫い目がはっきりと見えます。日本語で裾上げの手縫いのやり方を検索すると大体このやり方が出てきます。他に「たてまつり縫い」「奥まつり縫い」など出てきますが、英語で検索をかけたやりかたに相当するものは出て来ませんでした。
それでは英語で検索をかけて一番に出てきたのはどういうものでしょうか。それは流しまつり縫いに似ていますが、微妙に異なるものでした。
この動画の前半、slip stitchと呼ばれているやり方の部分です。
何が異なるかというと、裏側の布を縫う時のやり方が異なります。表の布の糸を一二本だけ掬うというのは同じなのですが、裏側の布を縫う時に、一般的なまつり縫い(流しまつり縫い)では布の裏側から表に向かって縫うのに対し、英語の検索で見かけたものは三つ折りにした折り目部分と重なるように針を刺すのです。
上の画像を見てください。一枚目(左側)では表側の生地の糸を一二本だけ掬って(まつり縫いの基本的な点です)、二枚目(右側)では三つ折りにした部分の折り目に沿って針を入れています。上の動画ではこの折り目に沿って結構長く針を入れていますが、100 Handsのシャツやその他の高級手縫いシャツではここもかなり短くしています。
普通の流しまつり縫いでは三つ折り部分を下から上に針を刺していますが、このやり方では折り目に沿って、あるいはむしろ上から下に刺しているように見受けられます。
これが普通の流しまつり縫いです。一枚目(左側)の表の生地を一二本だけ掬うのは同じ要領ですが、二枚目(左側)では三つ折り部分を下から上に向かって針を刺しています。
裏から見た場合(左の画像)、右部分が今回試してみたやり方で、左部分が普通の流しまつり縫いですが、結構見た目が違います。普通のやり方では縫い目がはっきりと見えます。右の画像は表から見た場合で、こちらは差はまったく出ません(生地が斜めになっていて見苦しいですがご容赦ください)。分かりやすいように赤い糸を使っているので、点々とした糸が見えるかと思います。
まつり縫いについては、斜めまつり、たてまつり、おくまつりなどのやり方が日本語でのインターネットでの検索では出てきますが、どれも今回ご紹介した折り目に沿って針を入れるやり方ではありません。コの字まつり(はしごまつり)というのは折り目に沿って入れるやり方ですが、その場合は表地を一、二本だけ掬う代わりに、そちらも折り目に沿って入れているので、今回ご紹介したものとは異なります。なんのこっちゃ分からん、という方も大勢おられると思いますので、まつり縫いの種類がまとめてあるサイトのリンクを貼っておきます。
今回ここでご紹介したようなことは服飾専門学校などへ行っていれば常識なのかもしれませんが、普段裁縫などしない私のような人にとっては新鮮な驚きでした。また日本語で「裾上げ」「手縫い」などで検索して出て来たやり方と英語で同様の検索をかけて出て来たやり方が違うというのは面白い発見でした。上の英語の動画では、玉止めも私たちが学校で習ったような針に糸をぐるぐる回して、針を固定して糸を引っ張るという方式ではないやり方をしていますし、東西で裁縫の常識も結構ことなるのかもしれないと感じました。
なお、100 Handsの実際の縫い方は今回ご紹介したような折り目に沿って刺すという意識でやっているのではなく、表地の糸を掬った後に、折り目を上から刺しているのでしょう。左利きで、左から通常のまつり縫いをしているという可能性もありますが。はたまた三つ折り部分が上に来るようにして縫っている可能性もありますので、実際にどうやっているかは分かりません。しかしひとつ言えることは折り目に刺しているように見えるくらいに、折り目のぎりぎりのところで刺しており、それが非常に繊細で美しい印象を与えるということです。
裁縫の世界というのは素人なので推測に過ぎないのですが、こういったことを詮索するのも高級シャツを買う楽しみのひとつです。