Yeossal(ヨーセル)――10万円以下で買える最高峰の靴

一人暮らしの教科書

Yeossal(ヨーセル)の靴というのは、まだ日本では全然知られていない。しかしこのシンガポールの洋服屋がてがけるMTO(made to order)の靴はもっと注目を浴びてしかるべきだ。

ひと昔前までは高級靴といえばイギリスかイタリアで製造されるものだった。しかし最近はその勢力図は塗り替えられつつある。すでにビスポークの世界ではYohei Fukudaをはじめとして日本の新しい職人たちが最高峰の靴の作り手として評価されて来ているし、スペインのカルミナやNorman Vilalta、東欧のヴァーシュ、サンクリスピンなどの靴がノーザンプトンの靴に劣っているという人などいないだろう。移動手段が容易になったことで、イギリスやイタリアに修行に行く日本人の若い職人が増えたように、昔のようにその地域に長い伝統があることが必ずしもアドヴァンテージではなくなったとも言える。また、職人の世界は若くから修行しないといけないというイメージがあるが、Norman Vilaltaのように30を過ぎてから靴職人の道を進む決心をし、イタリアで修行したという例もある。このことは職人になるために、うんざりするほど長い下積み生活を経なければならないというのは正しくなく、世界のより多くの人に優れた靴職人になるチャンスが開かれているということを示している。才能と情熱がある職人がいつどこから現れてもおかしくないのだ。

つまり今ではどこで作られているかは品質と直結しない。品質と関わるのは靴づくりに情熱を捧げているブランドかどうか、それだけだ。

Yeossalの靴は職人の名前を冠しているわけではなく、洋服屋のオリジナルの靴である。どこで作られているかは明かにされておらず、アジアのどこかにある小さな家族経営の工房であるとだけサイトには書かれている。ショップオリジナルというのは一般的に言って、値段が安くなる代わりに他のブランドに比べて一段劣るような印象があるものの、この店はそうした考えを吹き飛ばしてくれる。サイトを覗けば分かるように、この紳士用品店はひと昔まえの町のテーラーのように、商品の大半は注文服である。しかしビスポークではなくMTOで、全世界どこからでも商品を注文し、受け取ることが出来るという、ネット時代の注文服店の好個の見本である。

このYeossalの靴を去年購入していた。モデルはOrchard。革はホーウィン社のハッチグレイン(ロシアンカーフのレプリカ)のローズウッド色。ダブルモンクだが、よく見かける二つのストラップが横から見て八の字のになっているのではなく、平行に近い。その分少しスマートなデザインに感じる。通常ニ、三か月待つということだったが、運がよかったのか、去年の11月に注文し、12月の末には届いていた。到着してからすでに半年以上経ち、履き皺もつき、足にも馴染んだところで、全体の感想を書いてみたい。

足にも馴染んだと書いたが、それをいえばこの靴の履きならしにかかった時間は非常に少ない。初めて履いた日から驚くほど快適で、ソールが曲がるときの固い感触がまったくなかった。それにはハンド(ソーン)ウェルテッドであるということも関係しているだろう。グッドイヤーウェルテッドの原型であり、マシンではなく手でウェルトを縫い付けるこの製法は返りが良く、履き始めから履き心地が柔らかいと言われている。もっとも、木型が足に合っているということも大きいだろう。

ラストはSG65、DR70、 GQ06、YC3、 BN7、YSQ 、YRBの七種類から選べる。それぞれの詳細は公式サイトを確認してもらうとして、私が選んだのはSG65、爪先の形がソフトスクエアのラストだ。チゼルに似ているが、それよりほんの少し丸いようだ。

説明によると、一部の人にとっては少し幅が狭いかもしれないということだったが、筆者の足は少し細めで甲も高くないため、窮屈さはまったく感じない。いつも履いているサイズ(UK9)を選び、ちょうどよいサイズであった。足の前方には余裕があり、履き始めから足の指も自由に動く。かといってゆるいのではない。モンクなので、ローファーと同じように踵抜けの問題は少しあるが、気にならない程度だ。踵は大きいとは言えず、筆者の踵が少し標準より小さめであるということも影響しているだろう。

個人的には足が痛くなるほどきつい靴を履きならすというのは理解できない趣味だ。昔J.M.ウェストンのローファーに憧れて、パリに行った時に日本で買うよりはるかに安かったこともあり、買ったことがあるが、足に合わなくて人にあげてしまった。入念に試着したにもかかわらず、足の前方はいつまでもきつく、小指が当たり、踵は抜けるという最悪のフィッティングだった。人生は短い。合わない靴を未来の「最高のフィッティング」というものを信じて、履き続けてよいものだろうか。

このYeossalの靴ははじめから快適なフィッテイング。履きおろしの時から靴擦れはまったくない。ハンドウェルテッドはグッドイヤーのものよりコルクの沈み込みが少ないと言われ、これ以上緩くなる可能性も少なさそうである。ベルトはあと一段階きつくできる余地もあるので、緩くなる心配もしていない。

結局たまたま木型が足に合ったというだけのことかもしれない。しかしこれほど足に合って快適な靴をこれまで履いたことがない。ソールが少し薄く感じ、地面の感触が如実に足裏に伝わり、長時間歩くと足が疲れてくる感覚はあるが、これはしかし革靴である以上、ダブルソールであったとしても足が疲れるのは同じことだと思う。

足に合うというのは重要な要素だが、革靴を履くというのには美的な観点が欠かせない。快適さが欲しいだけならスニーカーを履けばよい。革靴はどこまで行っても、ニューバランスのようなクッションの効いた履き心地にはならない。

美しさというのならこのYeossalの靴は、ビスポークの靴にも負けない美しい形状をしていると思う。これに大きく寄与している要素としてフィドルバックとベヴェルドウェストが挙げられる。これらの意匠はひと昔前まではそれこそビスポークの靴くらいにしか見られなかった。最近こうしたデザインはよりエレガントな靴を追い求める流行の中で、手ごろな価格の靴にも採用され始めて来ている。中でも信じられないほど低価格で実現しているのが、TLB MallorcaのArtista CollectionとこのYeossalのHandwelted MTOのラインである。

このレビューを書くにあたって、メールでYeossalにフィドルバックとベヴェルドウェストを採用した理由について尋ねてみた。

ブランドを立ち上げる時に、重視したことの一つは大量生産されている高級靴では珍しいデザインの要素を取り入れることだった。フィドルバックとベヴェルドウェストは通常、大規模な靴のメーカーではごくわずかな会社しか取り入れていなくて(価格も高めの)、ビスポークですら基本の料金には含まれず、別に料金を上乗せしなければならないという状態だ。手作業の割合、時間、技術などの要素がそこには絡んでいる。細くて幅が狭いフィドルバックやベヴェルドウェストは(私にとっては)正真正銘の手作業の印だ(私たちはウェストとアウトソールについてはブラインドスティッチの技術を用いている)。というのは(私の知る限り)機械ではこれはできないからだ。スリムなウェストは入念に検討されたラストと相まって、全体の見た目のエレガントさのみならず、よりぴったりとした履き心地、履いている人に「足に吸い付くような」感触を与える。

Yeossalの代表Jackson Yeoはこう私の質問に答えてくれた。

革靴など、仕事に使うもので、TPOのためだけに履いているという人にとってはこうしたこだわりは何も訴えかけてこないだろう。そういう人は、履き心地がウェストを絞ることで向上するなら、試す価値はあるかもしれないとせいぜい思うくらいだろう。確かに絞られたウェストは土踏まずの部分によりフィットする感触はあるが、それが実際に歩行の快適さに映鏡するかどうかは疑わしい。あくまでも履いてみた時の感触がより「包まれるような」、気持ちのよいものになるというだけだ。

それではどうしてこうしたディティールを取り入れた靴を選ぶか。それはどうせならこだわったものを使いたいという人間の性によるものとしかいいようがない。ある人は「モノ」に対し、どうしようもなく耽溺する。美というのはそういうものだ。興味がない人にとってはお金の無駄、変人のこだわりに過ぎない。

もとよりこの記事は誰かを説得しようと思って書かれてはいない。ただ素晴らしい靴を買い、履いている喜びを誰かと分かち合いたかっただけだ。

できるなら世界中のありとあらゆる美しい靴を買い集めたい。しかし実際問題、予算が足りない。Yeossalはその点、現在MTOで65,000円ほどでこのこだわりが詰め込まれた靴を買うことが出来る。一度Yeossalのサイトを覗いてほしい。現在実に33のモデルが注文可能だ。そしてそれぞれ革からラスト、スペードソールか否か、ヒールの形状、爪先にスチールをつけるかどうかなどまで、細かく自分の好みに沿って注文できる。

注文するとすれば、美しいラストに合ったシューツリーも一緒に買うことをおすすめする。私が買った際は、無料でついていたのだが、今は今年(2019年)の7月(もう終わりそうである)いっぱいで無料でなくなり、118SGD(シンガポールドル、約9000円)を取るとサイトには書かれている。

10万円以下の靴だが、イギリスで作っていればガジアーノ&ガーリングなどと並ぶ価格帯になるような手作業と質の靴なのではないかと思う。しかし私はガジアーノの靴を持っていないのでそう言い切ることもできない。読者の中には私なぞよりはるかに靴マニアであらゆる高級靴を履いてきたような人がいるのではないかと思うが、そういう人こそ、このシンガポールの小さな洋品店の靴をぜひ試してほしい。

最後に自分が今気になっているモデルをいくつか挙げてみる。


Mindenというモデル。特徴のある紐の形状のローファーである。画像は公式サイトより


こちらはレイジーマンのLabradorというモデル。画像は公式サイトより。


Shrewsburyというモデル。画像は公式サイトより。


美しい半カラス仕上げのフィドルバック。モデル名はDuke。画像は公式サイトより。

公式サイトの画像も美しいものが多いがインスタグラムにもすばらしい靴の写真が揃っている。ぜひ覗いてみて欲しい。

*ちなみにYeossalはどう読むのかという素朴な疑問があるかと思うが、代表であるYeo氏によると、自身の名前を組み合わせて作った名前で、別に正解はないとのこと。ただ自身は「yo-sel」という風に読んでいるとのことだったので、本記事では「ヨーセル」とカタカナ表記をした。

Yeossal Handwelted MTO

Yeossal

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