「手漉きの伝統を今に伝える、アマトルーダAmatrudaのレターペーパー」の記事はいかがでしたでしょうか。
こんな情勢だからこそ、家でお酒を片手にアマルフィへの思いを馳せるというのも一興かと思い、写真と共にアマルフィを巡る旅を紹介してみます。
南イタリアにあるアマルフィ、この小さな町は人口わずか5100人。観光地として有名で多くの住民がホテルやレストランなどに従事しています。アマルフィは先日紹介したように実は手漉き紙が有名で、細々ですがアマトルーダAmatrudaという生産者が今でも続けています。他にも地形特有の傾斜を利用したレモンの生産や、それを利用したリモンチェッロ(レモンの蒸留酒)なども有名です。
さて、海岸と表現したのは実はアマルフィしか町が無いのではなく、海岸周辺にはCosta d’Amalfi=コスタ・ダマルフィといわれる13のコムーネ(自治体)があるからです。その旅の途中で常に見えるティレニア海の景色もあわせて写真でお送りしていきます。
旅行の始まりはナポリ、左に切れて見えるのがヴェスヴィオ山。紀元79年の大噴火でポンペイが灰に沈んだのは有名ですが、現在でも活火山で煙が上がることもあります。共和政ローマ期の剣闘士である、かのスパルタクスが仲間と共に立て籠もったと言われています。しばしばVedi Napoli, e poi muori.(=ナポリを見て死ね)と言われることがありますが、滞在中に運悪く噴火すれば”ナポリで死ぬ”ことになりかねません。ナポリを含む南イタリアの人は貧しい暮らしをしている人も多いですが、生き生きと人生を楽しんでいる人ばかりと言われるのは、この活火山の元に生きて、いつ噴火するか分からないからこそ人生を大切にしている、と本で読んだことがあります。
話が逸れてしまいましたが、何故スタートがナポリなのでしょうか。それはローマから新幹線であるフレッチャロッサやイタロでわずか1時間程度で来れるためです。もちろんハブ空港を経由してナポリ・カポディキーノ国際空港に到着しても良いのですが、よほど南イタリア慣れしていない限り”いきなりナポリ”はおすすめしません。
今でこそカモッラなどのマフィア抗争は少ないですが、いつ何が飛んでくるか分からないですし、美しい都ローマでゆっくり滞在した後に、急ぎ足でナポリを通過してアマルフィ海外を目指すというのが良いでしょう。
また、ツアーではなく個人旅行を強くお勧めします。旅行会社は「世界一美しい海岸・景勝地」などと銘打って、イスタンブール経由のナポリ、そこから提携するアマルフィのホテルに連絡バスで連れて行くようですが、これでは本来のアマルフィ海岸の美しさと楽しさの一部しか体験できません。ややリスクを伴ってでもレンタカーを借りて、自分でハンドルを握って海岸をドライブするべきでしょう。
とはいえナポリからレンタカーで運転していくのは無謀すぎます。とにかく車のマナーが酷く、クラクションや罵詈雑言はもちろんのこと、平然とバンパーをぶつけてきたり擦り抜ける車もいるくらいです。イタリア国内で5回ほどレンタカーで運転したことがありますが、そんな私でも絶対にナポリでの運転は御免蒙りたいものです。
すると必然的にナポリからソレントに電車で向かうことになります。チルクムヴェスヴィアーナ鉄道(ベスビオ周遊鉄道)を利用してナポリ・ガリバルディ駅からソレント駅に向かいます。時間はゆっくり鈍行列車で1時間以上。先ほどまで快適な新幹線の一等車に乗っていた人には市場に売られるドナドナ子牛の気分になることでしょう。
駅のホームは殺伐と、いつナイフが飛び出てきてもおかしくない雰囲気で、列車はオンボロでスプレーで落書きがされています。それでも美しいアマルフィ海岸を夢見つつ、カバンやスーツケースを抱きかかえて我慢すると、段々とソレントが見えてきます。一日単位で時間に余裕があればポンペイ遺跡を見て歴史を感じるのも良いですが、日程が1~2日伸びてしまうので今回は電車内から眺めるだけに留めます。
ソレントでは駅の近くでレンタカーを借りて、アマルフィ海岸を目指します。ナポリと異なりソレントの方が怖さは少なく、逆に田舎っぽさを感じます。小さなバルやトラットリアが少しある程度で、なんでこんな田舎に来てしまったんだと後悔しますが、同時にワクワクしてくるはずです。もし借りたレンタカーがMT(マニュアル)だった場合、道路の傾斜に駐車するときは必ずサイドブレーキ+1速に入れてエンジンを切らないと、バルから戻ったときに車が海の底なんてこともありえますので、ちゃんと操作方法を思い出しましょう。
渋滞を回避するためには早朝に出るのがおすすめ。ハイシーズン中は国内外からの観光客で非常に込み合います。道は迂回できないアマルフィ海岸道路(SS163)を進みますが、対面1車線も多く混雑すると待つしかない状態になります。
一方で空いている早朝や深夜などの時間帯は現地に住んでいる人や通勤の車が多く、信じられないほどのスピードで峠道を進むこともあります。運転に自信が無ければ途中で後ろの車に道を譲った方がよいです。
アマルフィ海岸には小さなコムーネ(基礎自治体)があり、コンカ・デイ・マリーニ、ミノーリ、マイオーリなど車だと10~20分おきに点々と村を形成しています。ツアーがつまらないと先ほど説明したのは、この小さな村を巡るのも楽しさの一つであるからです。もちろん全てを一つずつ巡るのは難しいですが、ドライブしながら景色の良いところで駐車して写真を撮ったり、運転の休憩がてらバルやリストランテなど小さな村に立ち寄る、さっきの町をもう一度見に行く、なんていうのがアマルフィ海岸の旅の真髄といえます。ですので慌ただしくツアープランで、あちこち見て回るのは勿体ないといえます。
アマルフィの旅はローマのコロッセウム、パンテオン、トレビの泉を見るような観光とは異なります。アマルフィ大聖堂など見どころはありますが、そういった建造物や施設を目的に行くのではなく、その海岸沿いを巡る、巡礼のようなものだと思います。トスカーナの「ヴィア・フランチジェナ」やスペインの「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」といった巡礼はなかなか難しいですが、イタリアの魅力を知るという意味で車を運転して巡る旅というのは、それらと比べたら気楽に体験できるものです。
アマルフィを巡って思うことは、どこに居ても常に海と一緒ということです。
海岸線は海抜から高さがある場所を走るのですが、下にも港など拠点があり、上には住居が伸びています。
確証はないのですが写真の畑はレモンでしょうか。断崖絶壁を切り崩すようにして畑や家を立てているのが分かります。右側には教会の鐘塔のような建物が見えます。よくよく目を凝らすと左の崖の上にも古い遺跡が残っていたりと、歴史を感じされます。今でこそ小さなコムーネが点在するアマルフィ海岸ですが、10世紀ころから他国との貿易で栄え、ビザンツ帝国やイスラーム諸国の商人たちが訪れた海洋都市なのです。ヴェネツィアもそうですが中世のイタリアは港の近くの都市が栄え、早くから交易をしてイスラム、アラビア文化など宗教、文化、技術などがもたらされたと言われています。中世イタリアの錬金術師が発明したという蒸留酒「アクア・ヴィータ(生命の水)」も、紀元前十世紀頃のエジプトからイスラム、そして中世にイタリアへ海路で伝わったと言われています。
この一枚の写真。絵画について詳しくはないのですが、まるで絵を描くときの造形手法となる要素を兼ね備えているような風景にも感じます。ファインダー越しに港を捉えたとき、左手には山腹と断崖、右奥には静止しているモヤがかかった山。手間と奥では明暗が異なります。そして下には船とともに静かに揺れる水面が写りこみ、手前には生い茂った木々が少し写り遠近を感じさせます。このような景色が数多く存在して、それが時間によって刻々と変化していくので、写真や絵画が好きな人には最高の旅行先といえます。
下の漁に出ている船ですが、港からごく近くの沿岸漁業なのでイワシを獲っているのでしょうか。南イタリアの特産品にコラトゥーラという魚醤のようなものがあり、パスタなどで使われます。コラトゥーラはアマルフィより先、サレルノの近くにある村チェターラが特産品として特に有名です。アマルフィは完全に観光地となってしまい、ハンバーガーを提供するような個人店まで存在するのです。そうなると本当のアマルフィ海岸の味を知りたければ、少し離れた隣町で食事を取るのが賢明でしょう。
アマルフィ海岸は一日中美しいですが、特に朝焼けと夕焼けの前後は本当にため息が出るほどに美しいです。観光地でありながら時間の流れがゆっくりで、落ち着くことができます。もし時間が許されるならソレントからサレルノまで宿を転々と4~5日ほど時間を掛けて滞在したいものです。滞在中のホテルで知り合った旅行客はアマルフィが気に入りすぎて3ヶ月も住み着いているそうです。
イタリア旅行の面白いところは、同じ場所でも半日、二日、一ヶ月と滞在する時間によって全然違う景色だということです。これは日本でも同じかもしれませんが、半日では目で見るだけ、数日居ると雰囲気が掴めます。一ヶ月滞在すると宿や店、レストラン、現地の人などと顔見知りになり向こうから声を掛けられたりします。
私が長期滞在したのはローマだけですが、それでも現地の人から声を掛けられたり、二ヶ月ぶりのローマ訪問で「やあ!最近みかけなかったね?どこに行っていたの?」とイタリア語で言われた時はぐっときたものです。「日本に帰っていたんだよ!」と言ったら、そうか!と反応されました。
一回目のイタリア旅行であれば、色々な場所を転々としてみて、慣れてきたら好きな場所を見つけてゆき、長期滞在するということで、その場所の魅力を再確認できるかもしれません。
さて、アルファロメオでアマルフィ中心地に無事到着。日中は混雑して駐車場も停められないこともあるので、写真を撮るなら早朝がおすすめ。まだバルや店舗が空いていないので街自体も空いています。このアマルフィというのは非常に有名な観光地でありながら小さい町なので驚くはずです。
朝でも何件かのバルが空いていますので、立ち寄って温まっていくのも良いでしょう。ただし観光地なので他の小さな町とは違って、料金は高めになっています。ナポリはもちろんのこと南イタリアは全般的にエスプレッソが濃くて香りが強く美味しいです。
エスプレッソの豆はKINBOが有名ですが、イタリアは南に下っていくとアラビカ種よりロブスタ種の混合率が高くなっていくようで、それは単にロブスタ種が安いからかもしれませんが、私が思うにはナポリやその近郊のエスプレッソこそが至高です。兎角アマルフィ海岸を旅するときにもエスプレッソを飲み歩くというのも楽しいかもしれません。
休憩ができたらアマルフィ大聖堂を見にいきましょう。といってもバルの真隣にあるので、歩くことはありません。
小さな町なので駐車場からでも数分で到着できてしまいます。
初めて見ると感情を言葉にできないはずです。古代ローマの建造物や近世の教会とも違う雰囲気、まず目に入るのはコルドバの大モスクのようなゼブラのアーチでしょう。これはご存知のようにスペイン・メスキータ(モスク)で特徴的な様式で、ロマネスク時代にイスラム建築から導入されたものです。馬蹄形アーチまでいかないものの、コリント式オーダーの上部にアーチがつながっています。ローマに長期滞在したあとに訪れた場合は、もしかしたら見慣れていなくて気持ちが悪いと思ってしまうかもしれません。逆にイスラム圏から来たら、雰囲気に親近感を持つかもしれません。
大聖堂の上部。この模様はナポリの美術家であるドメニコ・モレリが描いたそうです。モザイク画について少し調べてみたのですが様式や詳細は分かりませんでした。中央の囲っている模様には何処と無く見覚えがあります。下の写真は「リンディスファーンの福音書」というケルト装飾写本の序頁ですが、ロマネスク様式とケルトが混じったような装飾が特徴的です。装飾写本の組紐模様とは異なるのですが、どことなく似た雰囲気も感じられます。(もし、この様式の明確な名前をご存知の方がいらっしゃったらこっそり教えて下さい…)
何れにせよアマルフィ大聖堂を見てシンプルに「イタリアに来たな〜」という実感は乏しく、むしろオリエンタルの雰囲気を感じさせ、東ローマ帝国ないしは十字軍遠征やコンスタンティノープルさえ感じさせる建築物だと思いました。
実際には何度も改修され、元々は聖アンデレの捧げられた大聖堂であり9世紀頃建設されたものをロマネスク建築、バロック建築、 イスラーム建築、ロココ建築、ゴシック建築、ビザンチン建築と修繕したと言われています。
驚くことに入口の大きな青銅も1066年コンスタンチノープルで鋳造されたそうで、正教である登塔者シメオンのサインがなされています。ラテン語が読めないのでなんと書いてあるかは分かりませんが重々しい雰囲気があります。
忘れていましたが建物の左手には鐘楼がありますが、こちらもイスラムの文化を強く受けていることがわかります。
大聖堂についてはこの程度でご勘弁を。ふと焦点をずらすと先ほどの写真の中央に塔の廃墟が映っています。小さいながら、もともと独立国家であったので様々な場所に見張り台のような跡地があり、きっとこの場所も中世には兵士が二十四時間体制で敵の襲来を見張っていたのでしょう。海沿いは特に土地が限られているので、廃墟の上に改修を重ねたあとが目立ち、それもまたアマルフィの歴史の重みを感じさせます。
さて、車に戻って旅を続けます。駐車場の近くでこんな絵を見つけたのですが、シチリアで有名なマヨルカ焼きのタイルが並べてあります。場所は地中海、中央には三叉を持ったネプトゥーヌス(ポセイドン?)が三叉の矛を持って、左には人魚のセイレーン。ギリシャ神話の登場人物に守られて、コンスタンティノープルに航海を進める図(?)
左下にマルタ騎士団の紋章がありますが、イスラーム勢力との抗争のなかで勢力を拡大させたアマルフィの歴史を描いているのかもしれません。
中世イタリアの地中海交易について解説しているサイトを見つけたので、興味があれば読んでみて下さい。「2・4・4 中世イタリア、地中海交易の掉尾を飾る」「春まだ浅い南イタリア・アマルフィ海岸を行く」
事前に予習をしておけば、海を眺めるときに見える景色も違うかもしれません。
小難しい話は別の機会にして、旅を続けてみます。今度はアマルフィから車で10分ほどのミノーリにきました。このあたりはラベッロなどホテルも点在して、アマルフィよりもミノーリの方がレストランやショッピングは楽しいかもしれません。
写真のように小さな商店街もあり、どこを見てみようか迷うはずです。
途中にはフルーツ屋さんを見かけたら、現地の果物にチャレンジしてみましょう。日本に持ち帰ることはできませんが、ホテルで夜食にしたり、ドライブ中に食べてみたり、現地の雰囲気を楽しめます。商店街の奥は住宅街になっているのが、アマルフィ海岸周辺の町に多い形式です。ところどころにキリストの像や絵などを見かけることもあります。
ちなみに写真の商店街もですが、海岸線沿いではない細かい路地はZTL(一般車両進入禁止エリア)の規制対象になっていることが多く、赤い丸の看板を見かけたら安易に車で入らないようにしましょう。時間によって車の侵入を規制していたり、現地の人や車椅子など対象者しか入れないということもあります。
冬場に旅行したので空いていたのですが、夏のヴァカンツァ(休暇)の時期はきっと信じられないほど混雑することでしょう。混雑する時期は駐車場の余裕もなく困ると思うので、ホテルに車を止めたり工夫する必要が出てきそうです。
昼に近づいてきたので、海沿いのSAL DE RISOで休憩します。テラスから海を眺めながら食事やデザートを食べられるので贅沢です。外で食事をするのは一般的で、冬でも暖をとりながら寒くとも外でカフェをします。
店内では素敵なお兄さんがお菓子やケーキと共にエスプレッソを入れてくれます。
右奥にはトルコ風のティーポットがあり、幾何学模様が不思議な空間です。
少々記事が長くなってしまったので残りは駆け足で…。
下の写真は別のレストランですが、窓の無い面の壁にはアマルフィ海岸の沖合から見た風景を一周描いています。
作者は不明ですが、窓から海が見えるにも関わらず室内一面に描くというのは単に観光地というよりは、アマルフィ海岸の人たちが本当に海を愛しているからと思えてなりません。
このリストランテの反対側は、窓になっていて海が見えます。暖かい日は外で食事をとることもできます。
下の写真は個人的にとても気に入っている一枚です。柔らかい日差しがクロスを照らし、グラスにAzzurro空の色が反射します。イタリアのAzzurroアズッロは青色と日本語訳されることが多いですが。本来の意味は空色で用いられ、海の深い濃い青はBluブルーと表現します。その色は日本で見る空の色と異なり、柔らかく薄いけれどペンキのような彩度の高さある不思議な色味です。
下の写真はアマルフィとマイオーリの中間にあるミノーリという町のサンタ トロフィメナ教会。Saint. Trofimena Basilica
ミノーリの守護聖人である聖トロフィメナを祀っています。先ほどまでの大聖堂と異なり新古典主義建築で、色合いや雰囲気も全く違うのです。時計台を兼ねた鐘楼も構造をしていますが、トロフィメナ教会の上部にも6-5-4-3-2-1-12-11-10-9-8-7-6という反時計回りの不思議な円盤があります。
5月9日追記:検索しても円盤についての記述が出ずに気になってしまい、推測してみたのですが、太陽の光に対応して影が出るタイプの時計ではないかということです。そのため12時が一番下にきて、日が出る6時〜6時までに対応しているのではないかということです。真意は不明ですが……。
再び海岸に戻ると夕方になっていました。時間によって刻々と色合いが変化するので、海や空を眺めるのが好きな人にはアマルフィ海岸は最適です。ミラノやフィレンツェ、ローマと比べれば何もない辺鄙なところですが、崖の上から眺める海と空は格別に美しく、それでいてアジアとつながる不思議な場所です。数日間滞在したのですが、朝焼けと夕焼けが楽しみになります。
夕焼けが沈んでもしばらく暗くなりません、濃い青に包まれながら町並みの光が海岸線沿いに浮かび上がります。風が静かな日には写真のように光が線になって見えることも。
イタリアは日本とは違い、夜に出かける文化はほとんど存在しません。ローマなど一部の都市では夜まで書店が営業しているところもありますが、本当にその程度しかなく、あとはリストランテが深夜11時程度まで営業して、家族や友人と食事をしながらワイワイ楽しむしかないのです。日本にあるような夜遅くまで営業する複合商業施設やクラブ、カラオケなどは存在せず、カクテルやウイスキーを楽しむようなオーセンティックバーさえ無いのです。以前にイギリス旅行の記事で情報量が少なくて疲れた日本人に良いと書きましたが、まさにアマルフィも同じで、町に数件あるリストランテで家族と食事をとり、食後酒を片手にゆっくりお喋りを楽しみ、あとは海岸線を散歩しながら海を眺めて帰路につくのが休日の日常です。
旅行の体験記などを読んでいると「効率良く回るアマルフィ」という記事を目にしますが、確かに様々な都市を転々と効率よく体験したいという気持ちも理解できます。ですがアマルフィに限って言えば、目立った観光施設も少なく、かといってレストランやショッピングが充実している訳でもありません。
そこには昔から変わらない生活があり、文化があり、アマルフィ海岸に点在する町でそれぞれ、穏やかな時間が流れているに過ぎないのです。日本に生きる私達は昼夜時間に追われ、効率という名のもとで慌ただしい生活を送っていますが、もしアマルフィを訪れる機会があれば、効率という考えは置き去り、穏やかな海岸の時間に身を任せてみて下さい。(はっしー)