飲む石鹸と消えるインク Bowmore Darkest & Glen Grant

料理

リモートワークを大義名分にして外出をしない生活を送っているのですが、やはり刺激が少ないものです。他人と向かい合って会話をするというのが人間としていかに大切か実感させられます。先週は久しぶりに馴染みのバーに足を伸ばしたので印象的だったウイスキーの感想について書いてみます。
その前にひとつ、昨夜は『人名の世界地図』(21世紀研究会編、文春新書、2001年)という本を読んでいたのですが序盤から衝撃的な事実を知ってしまいました。英語圏で見かけるピーター Peterという名前、ピーター・パン Peter Panもそうですがこれは新約聖書のPetoros ペトロに由来するようです。本書から一部抜粋して紹介してみます。

たとえば、ピーター Peterという英語名は、新約聖書のペトロ Pertosに由来する名前だ。ペトロは、イエス・キリストの使徒のなかでも傑出した立場にあるとされている。イエスが捕らえられたとき、彼は「イエスなど知らない」と言って三度裏切ったが、復活したイエスが最初にあらわれたのは、そのペトロの前であった。その後は苦難に耐えながら布教活動を続け、ローマで殉教した。そもそもシモンという名前だった彼がペトロという名前を与えられるとき、イエスは彼に、「汝の名はペトロ(岩)なり、その岩の上にわが教会を建てよう」と言ったという。そのため、殉教したペトロ(岩)の上に建てられた教会をサン・ピエトロ(聖ペトロ)教会という。ペトロという名がすでにこの教会の礎石となって死ぬことを予言する名前だったのだ。
引用元:21世紀研究会編『人名の世界地図』、文藝春秋、文春新書、2001年、14頁。

恥ずかしいことに初めてサン・ピエトロ大聖堂の名前の由来について知りました。大聖堂の名前について漠然としたイメージしかなく、イタリア語でSan、フランス語でSaintとつくときは聖人のことを差すという程度の認識でした。ペトロが岩を意味することも驚いたのですが、更に衝撃的だったのが人名です。キリスト教ではペトロが長寿をもたらす物、天国の扉の番人として信仰されているそうですが、ドイツ名ではペーター Peter 、フランスではピエール Pierre 、イタリアではピエトロ Pietro、スペインではペドロ Pedro、ロシアではピョートル Pyotrというそうです。

ロマンス諸語を勉強している人であれば当たり前のことかもしれませんが、これらの名前が聖人ペトロにルーツがあるというのは本当に衝撃的でした。ピエール・ルグラ(仏酒)も、ピエトロ・ベレッタ(伊武器)もペドロ・ヒメネス(西酒)も、全て同じだったとは……。特に甘口シェリーのペドロ・ヒメネスは、変な名前だな?と思いながら、そういうものだと認識していたのですが、実はPetorosから来ているものなのだと知り、言語を齧ってみると面白いということを三十路になってから知り、関心してしまいました。ちなみにシェリーも、ヘレス・ケレス・シェリー(Jerez-Xerez-Sherry)という原産地呼称制度で呼ばれていますが、実はヘレスもケレスもシェリーも同一の場所を指しているのです。ヒメネスはスペイン系の名字のようです。
今までイタリア旅行を楽しむためにイタリア語を少しかじり、歴史的建造物に興味があるのでラテン語の基礎のきを初めている段階ですが、包括的に勉強してみると言葉が国境を超えて繋がっているので楽しいです。

これだけでなく本書には、英国などは名字によって出身地や職業が分かるなど日本人に馴染みのない面白い話が盛りだくさんです。隣にゴールドバーグ Goldbergという名前の人が引っ越してくれば、「ドイツ系ユダヤ人かな?」と推測できる話など、さながらシャーロック・ホームズにでもなった気分です。ちなみに、それが何故かというのは本書を手に取って読んでみてください。

本題のウイスキーですが、久々に個性的なボトルを飲む経験ができました。私は酒は一本飲まないと真実は分からないと、出来る限りボトルで空けるように心がけていますが、高価だったり入手できないボトル、あるいは一本飲みたくないボトルはバーで飲むことにしています。

例えば飲む石鹸、これはウイスキーマニアであればピンとくるでしょうボウモア Bowmore蒸留所です。サントリーが資本比率を増やして子会社化した1994年以降は劇的に品質が安定しましたが、それ以前に仕込まれた樽、特に80~90年代前半に販売されたウイスキーは香水 パヒュームを感じる言われています。コンデンサー(冷却装置)の問題や、泥炭の原因、他にも仕込みに用いる酵母菌を増やしてもろみにする段階が原因である説もあります。現存していない今となっては完全に解明するのは無理かもしれませんが、飲みながらそういった議論をするのも一興です。

このボウモア ダーケストのオールドボトル(ラベルがカモメ柄)は推定2006年のボトリングで、熟成年数は15~16年のシェリー樽を中心にされていると言われています。1990年前後にサントリー資本になる前に仕込んだウイスキーという訳です。
実際に飲んだときのメモは次のように残されていました。

「茄子と梅の柴漬け、ほこり、古い家のカビ、薫製のソーセージ、ディオールのジャドールの90代。」
「加水でサポーネ、無添加の純石鹸」

完全に石鹸です。昔の小学校にあった手を洗う液体石鹸の原液のようなニュアンスです。
バーに行った香水マニアの同行者によると、これはディオールのジャドール(j’adore)それも90年代の物に似ているらしいです。ゲランのシャリマーやミツコも確かに時代によって香りが異なります。同一のラベルでもボウモアと同じように調合が違うので香りも異なるのです。

ただし、このボウモアが美味しいかと聞かれたら「数年に一度飲みたくなる」としか答えることができません。妻に隠れて固形石鹸を舐める趣味でもなければ、一本飲み切るのは難しいボトルといえそうです……。

お次はロナック グレングラントGlen Grant 1969 AGED38年です。これもまた珍しい長期熟成のグレングラントです。
ロナックLONACHって見ないボトラーズだなと思って調べてみると、どうやらダンカンテイラーという超有名ボトラーズの別ブランドらしく、そのロナックの60年代を一時期かなり安い値段でリリースしていたそうです。
樽のアルコール度数が40度切ってしまったものを別の樽とバテッドして良い具合に仕上げてあるのですが、その方法がダンカンテイラーのメインブランドとして売れなかった理由だそうです。イギリスの法律でウイスキーは40度を切っていると出荷できないようになっています。とはいえ世の中に流通しているウイスキーのほとんどは様々な樽を混ぜ合わせているので品質には問題ありません。

さて感想を。

梅酢、マッキーのインクが乾燥するときのアルコール。あれ?途中でインク消えた。紅茶アッサムのようなタンニン、苦味出る。後からクランベリー?、急に油っぽい、オイリーな口当たりになる。加水するとワラビ餅のような甘さ。

こちらも怪文書のようなメモですね。ボトルから注ぐと梅を酢で漬け込んだときのようなニュアンスを感じ取れます。その後にペンのインク、それも油性マジックのようなマッキー臭、そして十五分程度でマッキーが急に消えてしまい、紅茶のような苦味が出てきます。とにかく秩序の無いウイスキーで、シンナーでも吸っているんじゃないのか?ってくらい乱暴なニオイが入り混じっています。
一本空ける勇気はないですが、ボウモアと比べると飲みやすく古きよき60年代を楽しめるという希少なウイスキーです。

というわけで今夜もまたウイスキーを片手に読書を続けるのでした。おわり。


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