ナポリ仕立ての未来 〜老舗サルトリアから新世代の職人まで

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こんにちは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。今日は珍しく真面目にお話をしようと思います。

数年前までナポリ仕立ては、風前の灯だなんて言われていました。深刻な後継者不足とビスポークの需要減少で、この稀有な文化は廃れてしまうと思われていたのです。

しかし現在、ナポリ仕立ては他の全てを凌駕するほどの一大トレンドとなってしまったのです。

もちろん個人的にはこのトレンドというものも非常に厄介で、危険な要素を含んでいると思います。しかし少なくとも、このおかげでナポリ仕立ては知名度を増しています。

それでは、数年前までは先行きを危ぶまれていたナポリ仕立ての世界が、今どんな様子になっているのか。

それを今回書いていきましょう。

老舗サルトリアの代替わり

ナポリのサルトリアは星の数ほど存在しますが、その中でも数件は別格かのように語られています。

例えばアントニオ・パニコ、サルトリア・チャルディ、サルトリア・ソリート、サルトリア・ピロッツィなどですね。

実際には彼らが飛び抜けて高い技術を持っており、他のサルトリアは到底技術でかなわないかと言えばそういうわけではありません。

ナポリには、例えば当店で扱っているジャンニ・ピッチリーロのように、日本では知られていない素晴らしい職人がたくさんおり、有名どころに勝るとも劣らない仕立てをしています。

とはいえアントニオ・パニコやサルトリア・チャルディなどの有名サルトリアには、師匠の代から脈々と続いているサルトの血統、そして作り上げてきた歴史がある。だから、人々はこれらのサルトリアに憧れるのですね。

しかしこれらの老舗サルトリアは、ちょうど変革期にあります。

ちょうど約1年前に、サルトリア・チャルディのレナートが亡くなりました。またその他の大御所のサルトリアでも、1代目はかなり高齢となり、代替わりの時期が来ています。

その中でサルトリア・チャルディは二人の息子であるエンツォとロベルトが跡を継ぎました。

また工房にはずっとレナートと共に仕事をしていたパスクアーレもおり、シルエットに多少の変化はあれど、顧客からは変わらぬ信頼を得ています。

サルトリア・ソリートやサルトリア・ピロッツィなども、やはり跡を継ぐ息子がいます。すでに日本のトランクショー などでは、息子だけがフィッティングに来ていることも少なくありません。

それに対しアントニオ・パニコやルイジ・ダルクォーレなどは、後継者となる人がいないと言われています。

アントニオ・パニコのアトリエにて。

もともと彼らの仕立ては短期間で継承できるものではなく、娘や息子たちが仕立て職人ではないために、ブランド化を推し進めているとも言われています。

例えばアントニオ・パニコも、昨年からまた既製服を扱うようになりました。

アントニオ・パニコは伝説的なサルトですから、既製服を売るようになれば爆発的にブランド化していくのではないでしょうか。

数少ない成熟期のサルトと、熱意を持った若手職人たち

顧客のフィッティングを行うジャンニ・ピッチリーロ

さて、先ほども書いたようにナポリでは一時的にビスポークが衰退し、その期間にはサルトリアの後を継ごうという人も少なかったと言われています。

その結果、今40代〜50代の成熟したサルト達の数は比較的少なくなっています。

それこそサルトリア・チャルディのエンツォやロベルト、サルトリア・ソリートのルイージ、また先ほども少し紹介したジャンニ・ピッチリーロなどがこの年代に当たります。

この年代のサルト達は、今の老舗サルトリアの後継ぎであったり、そこで修行をしていたりすることが多いですね。

これらの成熟期のサルト達に比べて圧倒的に多いのが、今20代前半〜30歳くらいの若手サルトたちです。

彼らはキートンのスクールに通ったり、サルトリアで修行をしたりしながら、いつか自分のサルトリアを持つことを夢見て学んでいます。

例えば私が以前特別にトラウザーを仕立ててもらったカルメン。

彼女は現在26歳で、キートンのスクールを卒業してサルトリアで修行をしています。素晴らしい感性を持っており、そのパターンやハンドワークは美しいものです。

もちろん完璧ではありません。

例えばジャンニ・ピッチリーロの仕立てたトラウザーと、まだ修行中のカルメンのトラウザーを比べてみましょう。

こちらがカルメンに仕立ててもらったトラウザー。美しく、各所のバランス感にセンスを感じる。

パッと手に取っただけでは、どちらも綺麗ですし違いはわかりません。しかし履いてみると、さらにはずっと履き込んでみるとその違いがわかります。

ピッチリーロのトラウザーの方が圧倒的に無駄が少なく、それでいてきつくない。ぴったりとフィットするのでズレたりせず、着心地が良いのです。

こちらがジャンニ・ピッチリーロのトラウザー。

カルメンの作ってくれたトラウザーは美しいが、着ていると少しずれてきたり、股下部分があまってしまったりします。またボタンが取れやすかったり、縫い目がほつれやすかったりという、着込んでみないとわからない微妙な違いがあるのです。

私にとってはどちらのトラウザーも素晴らしいものですが、やはりここには確かな経験の差があるのだということを、感じるのです。

ですから今、若手のサルトリアに頼んでも完璧なものが仕上がらない可能性はあります。しかし彼らが服と向き合えば向き合うほど、職人としての経験が増えて、技術が上がっていく。

つまり私たちが彼らに投資すればするほど、ナポリ仕立ては育っていくのです。

そういう意味では、チャルディのエンツォやロベルトもまだ成長途中にいます。今チャルディにオーダーするのは、彼らを応援することでもあります。彼らの父であるレナートが築き上げた信頼が、彼らを応援したい気持ちにさせてくれるのです。

ナポリ仕立ての未来は始まったばかりです。

この一大トレンドがナポリの文化を消費してしまうか、あるいは成長させていくか。

これは私たちのようなショップのオーダーの仕方や、選び手であり、買い手であるお客様がどれだけ敬意と深い思慮を持って彼らと向き合えるかに掛かっています。

ショップが儲けに走ればナポリ仕立てを食い尽くしてしまうことになりますし、買い手がブランドネームやイメージでそういうものを選んでしまえば、それに追い打ちをかけてしまいます。

逆に買い手が本当に職人達の作りたいもの、心のこもったものを選ぶようになれば、ショップもより本物を扱うようになっていく。

ここからは顧客である私たちが、ナポリ仕立ての未来を決めていくのです。

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