ガラス工芸家と聞いて、誰を思い浮かべますか?
やはりラリックを抜きにしてガラス工芸の歴史、ないしは香水の歴史は始まらないかもしれません。
ルネ・ラリックは今から157年前、1860年にフランスのシャンパーニュ地方で生まれました。まさにイタリアで統一戦争が起きている時代です。
宝石商を営む親戚のもとでデザイナーをしたのが原点で、宝石の華美なデザインが得意で、アール・ヌーヴォーに見られるような植物の有機的な曲線や動物をモチーフにしたものなどが多かったようです。ところが1900年に入ると、過度に装飾されていたラリックのデザインは懐古的に見られ人気に陰りが出てきます。
書籍によっては、宝飾品デザインからの方向転換と華やかに書かれている事もありますが、実際のところ人気に陰りが出てきてガラスに転換したと言われています。
そして1913年にガラスの工場を買い取って、彼のガラス工芸家としての人生がスタートしました。それまでは香水瓶に装飾というのは無く、量り売りさえされていたような時代でしたが、近代香水の父とも呼ばれるフランソワ・コティとの出会いによって、香水とガラスの芸術が融合することになります。
1910年に発売された、コティのアンブルアンティークの精密さによって、ラリックにも多くの注文が入るようになりました。
コティがラリックに対して独占契約を迫ったため、しばらくして関係は解消してしまいました。その後も、ロジェガレや、ドルセーなどの香水瓶を手がけ、1000種類近くの香水瓶をデザイン。晩年には教会のステンドグラスや、豪華客船のダイニングルーム、また日本でも東京白金台の朝香宮邸のガラス玄関扉などを製作しました。
今でもラリックはクリスタルのブランドとして百貨店などに並んでいます。
クレール・フォンティーヌ
Flacon CLAIREFONTAINE 1931 h11.8cm
写真の香水瓶は、鈴蘭をモチーフとしたものですが、下の瓶は薔薇がモチーフとなった「Lalique Perfume Bottle Martine(マルチーヌ)」に差し替えられています。
とても繊細で、サチネ(フロスト加工)が施されて、一部がつや消しになっています。例えば鈴蘭だと花がつや消しで、つなぐ部分は透明など凝った作りになっています。プレス成形ですので、バリはありますが逆に時代を感じさせる仕上がりです。エミール・ガレと異なり、プレスや型抜きの作品が多かったと言われます。
現代では香水は瓶に入って売っていますが、お気に入りの香水を自分だけの香水瓶に入れて使うのは本当に贅沢と言えます。
また香水のルーツ、原点であるラリックやバカラの瓶を使えば歴史を感じることができるかもしれません。