マリネッラの歴史はイギリスで始まった?
ではどうしてマリネッラのネクタイはそれほどまでに、著名人やリーダー達に愛されるのでしょうか。
それについてを解説するには、まずマリネッラの歴史から紹介する必要があるでしょう。
まだイタリアのスタイルが確立されておらず、発展期にあった20世紀初頭。初代当主であるエウジェニオ・マリネッラが1914年に開いたのがマリネッラの始まりです。ナポリでも最も美しい地域の一つ、キアイア海岸沿いに、ほんの小さなお店だったといいます。
まもなくマリネッラはシャツ仕立て工房と、ネクタイ仕立ての小さな工房を持ちます。しかしそこに収まらなかったのが、エウジェニオ・マリネッラの事業が成功した理由です。
彼は初めてのロンドンの視察旅行で、英国のエレガンスがどれほどまでに素晴らしく、またイタリアきっての洒落者の街であるナポリで求められているかを知ったのですね。マリネッラはすぐに、英国の様々な製品を扱うセレクトショップなり、そこから爆発的にヒットしました。
時代は空前の英国ブーム。ナポリではロンドンハウスを中心に、サヴィルロウのスーツをナポリの職人達がアレンジするという、ナポリ仕立ての源流は生まれ始めた頃です。
この時代にナポリで唯一英国のものを扱ったマリネッラは、人気になるのが当然だったのですね。
とはいえマリネッラのオリジナル商品で人気だったのは意外にもネクタイではなくシャツでした。しかしその後マリネッラがセッテピエゲのオリジナル製法を実現すると、素晴らしいネクタイがあると評判になります。
それから数十年もの間、残念ながら仕立て服の文化は廃れていき、アメリカに代表される大量生産の時代が訪れると、マリネッラも過渡期を迎えます。
しかしそこで挫折せず、ナポリのネクタイ店を守り続けたマリネッラはついに1994年、今度は一気に世界へと羽ばたくことになります。ナポリで開催されたG7で各国の首脳にマリネッラのネクタイが6本詰まった箱がプレゼントされたのですね。
これほどの宣伝は、後にも先にも考えられないですよね。
このときから、世界はマリネッラをイタリアで最もエレガントなネクタイとして評価するようになったのです。
今も英国を感じられる、マリネッラのシルク
先ほども書いたように、マリネッラは英国からの輸入品を扱ったことで、一躍有名なショップとなりました。
そして今なおマリネッラは英国との関係を維持し続けています。それが、マリネッラの特徴的なシルク、デビット・エバンス社(アダムレイ)のプリントシルクです。
マリネッラのネクタイを初めて見た人は、その色柄がどことなく可愛らしく、クラシカルな色柄なのに驚くでしょう。日本ではレジメンタルやチェック柄のネクタイが人気ですが、イタリアでは断然人気なのがこの、小紋柄。
中でもマリネッラの小紋柄は花がモチーフであったりと、可愛らしい印象ですよね。
ですがその可愛らしい色柄のシルクは全くお遊びな品でもなんでもなく、全く生真面目にイギリスの伝統あるファクトリーで作られる一級品のシルクなのです。
マリネッラのネクタイこのシルクを初めて手にしたとき、私は恥ずかしながら無知でした。さらりとして滑らか、光沢感があるイタリアのシルクに深くなじんでいたこともあり、マリネッラのシルクは「こんなものか」と感じたわけです。
しかし実際にマリネッラのネクタイを締めて一日を過ごし、夕方にそれを解くときにはもうそのシルクの虜です。
ハリのある生地はどんなときも美しいノットとディンブルを維持し、それでいながら軽やかでスカーフのようにふるまう。控えめな光沢のプリントシルクは、晴れた空の下でも決して下品にならず、常にエレガントな輝きを保ちます。
しかもいくら長い時間結んでいても、一日経てばシルクが自分の回復力でシワを伸ばしておいてくれます。
これはイギリスのスーツ生地にも似ています。イタリアのスーツ生地は繊細で光沢もあり、色気があるものが多い。それに比べるとイギリスのスーツ生地は一見すると地味に見えますが、実際に着てみるとその良さが分かるのです。
結果どのようになっているかといえば、富裕層が好む40万〜50万円のラグジュアリーな既製服、例えばキートンやアットリーニではイタリアらしい艶やかで繊細な生地が多く用いられ、本物の洒落者がサルトリア=仕立て屋でスーツやジャケットを仕立てるときには、イギリスの生地を使うことが多い。
素晴らしい仕立て服のポケットを探って、イギリスの名門ホーランド&シェリーの生地タグがついていたことが何度あったことか。
イギリスの生地は目つきが良いため着込んでいくほどに風合いが出る。長く着られるし、それはまるで自分で育てていくようです。
流石に消耗品とさえ言われるネクタイに関しては、育てていくというわけにはいきません。ですがマリネッラのネクタイにはやはり使えば使うほど体になじんでいくような、そんな魅力があります。
そして一度そのシルクに魅了されると、普通のシルクではもう、物足りなく感じるようになってしまうのです。