カロリーナおばさんの手縫いシャツ
1925年、まだイタリアが近代的な産業国家となったばかりの頃に、イタリア南部の街ナポリに一つのアトリエが生まれた。それがフィナモレです。
カロリーナおばさんが限られたお客さんのためだけに、チクチクと縫って作っていたハンドメイドシャツがフィナモレの原型です。
イタリアの多くの素晴らしいシャツ工房がそうであるように、息子達に引き継がれて世界に誇るカミーチェリアとなったフィナモレは、今ではルイジボレリと双璧をなし、世界中のセレクトショップで目の肥えたクラシコファン達の有力な選択肢となっていますね。
フィナモレのシャツはボレリやサルバトーレピッコロのシャツとも違う魅力を持っています。それは例えばヴィンテージ感であり、独特のカッタウェイ、そして洗練と温かさの狭間をゆく高度な手縫いでもあります。
例えばこのボタンホール。サルバトーレピッコロのボタンホールに比べれば少し端正ですが、ボレリのボタンホールに比べれば味わいがある。
キートンのスーツに合わせるシャツがボレリなら、ラベラサルトリアナポレターナにはサルバトーレピッコロを。アントニオパニコにアンナマトッツォを、そしてアットリーニにフィナモレを合わせてみるのが面白いかもしれません。
ちょうどアットリーニのように、フィナモレはナポリのシャツ文化を最も艶やかでエレガントに表現するシャツブランドなんですね。
フィナモレの魅力
それではもう少し、フィナモレのシャツを詳しく見ていきましょう。まずは改めてボタンホールです。
しっかりと丁寧に縫いながらも密度は控えめのこのボタンホールは、いかにも手縫いらしさが生かされながらも、エレガントさを失わない絶妙な美しさを持っています。
ついでに生地を見てみましょう。さらりとしたコットンは、ナポリ人の好きな薄手で上質な綿です。フィナモレはカジュアルなヴィンテージ感のある生地でチェック柄のものなどが人気ですが、個人的にはこの感じのフィナモレこそ着たくなります。
なんとなくミントのような印象がある、絶妙な色合いですね。
フィナモレのシャツならではの素晴らしい着心地を生み出す、襟付けと袖付け。アームホールの仕上げはもちろん手縫い風などではなく、手縫いです。同じくナポリのシャツでもアレッサンドロゲラルディなんかは手縫い風と言われていますね。
ナポリのシャツにしてはギャザーの寄せ方などは上品ですが、この辺りは好みによるところですね。
例えば同じくナポリのシャツブランドで、現存するナポリ最古のシャツブランドとも言われているルチアーノロンバルディのシャツは、レディースシャツのようなギャザーが寄せられ、エレガントなふくらみを持った袖付けです。
ハンドメイドシャツが好きな人にとっては、フィナモレの袖付けは多少物足りなく感じるかもしれません。しかし洗練されたエレガントさという点では、やはりフィナモレのバランスが良い。
どんなスーツにも合い、しかしナポリ仕立てのスーツに最もよく合う。それがフィナモレのシャツの魅力です。
そしてその「ナポリらしさ」を支えているのがフィナモレのシャツの、手縫い仕事です。
いわば機械が作るよりも繊細な心遣いと気配りのこもったフィナモレのシャツは、カロリーナおばさんのシャツの時代から変わらない温かさと、高い技術力と品質管理からくる一流シャツの洗練された印象を持ち合わせています。
しかし世界のトレンドをリードするシャツ
少し前から男達の着ているシャツの形が変わった。
大人になれる本読者の皆さんの中では、それに気づいている人も少なくないはずです。そう、一昔前から男達の着ているシャツはデザインが変わったんです。
皆さんの知っていたこんなシャツ。
これは見覚えがあるでしょう。標準的な襟の形に前立てと胸ポケット。いかにもワイシャツといった感じの雰囲気です。
しかし最近は上のようなシャツの代わりに、カジュアルでもドレスシャツでもこんな形のシャツが出てきました。
襟が後ろに下がっていくような形をした、独特なシャツ。
今では百貨店やセレクトショップのオリジナル、スーツ量販店など多くのブランドがこんなシャツを作っています。
実はこの形のシャツを世界的なトレンドにし、日本で売られるシャツを変えてしまったブランドが、フィナモレなんです。
そういう意味ではフィナモレは相当な存在感と存在意義を持つイタリアのブランドです。ちょうどジャケットで言うところのボリオリがアンコンの一大ブームを作り出したのと同じニュアンスですね。
しかし凄いところは、先ほど書いたようにフィナモレがアトリエで作る手縫いシャツのように手間の掛かったハンドメイドシャツであるところです。ボリオリは生産ラインを持ったファクトリーで作っていますが、各所がハンドメイドのフィナモレはそこまで生産効率を良くすることはできない。
流通量は決して多いといえないのに、イタリアから始まり世界中でここまでシャツのスタイルを引っ張ってしまったフィナモレは魔力とも言えます。
確かにボレリのシャツは素晴らしいし、バルバのシャツもコストパフォーマンスに優れている。しかし、世界をリードしたのはフィナモレだったんです。
日本人こそ着るべきナポリのシャツ
いかがでしたか?
今回はナポリの名カミチェリアであるフィナモレを紹介してみました。
手縫いのクオリティや生地感など、どれをとっても素晴らしいフィナモレは、新宿伊勢丹などを始め意外と様々な場所で少量ずつ扱いがあるシャツブランドなので、是非チェックしてみてください。
そして注目すべきはナポリシャツです。
イタリア南部、地中海の都市ナポリはヨーロッパにしては暑いです。
そこに住むナポリ人は暑い気候でもエレガンテを失わないことを追求して、年中冷涼な気候の土地で生まれたイングランドのスーツを改良してナポリ仕立てと呼ばれる一流の仕立てを作り上げてしまった人々です。
なのでナポリのシャツもまた、暑いところで着ていてもストレスにならない柔らかい襟袖や着心地を持っています。彼らの春夏向けの生地コレクションは軽やかで、暑い気候に映える鮮やかな色合いです。
だから何となく、ナポリのシャツは日本に似合うし日本で着心地が良い。
今まで試したことがない人は、是非試してみてくださいね。