評論家になるには

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評論家という仕事は小説家や、芸術家に比べるとかなりマイナーな職業ですよね。そのためインターネット上には「どうやって評論家になれば良いのか」「どうしたら評論家になれるのか」という情報が非常に少ないのが現状です。

今回はそういうわけで、評論家としてのレベルを上げる方法や、プロの評論家として食べていくにはどうしたらいいのかなどを解説します。

まずは評論の腕を磨く

評論家という仕事に憧れていたり、それを自称していながらもそれに相応する文章が書けていない人というのは非常に多いです。

例えば自称自動車評論家が自動車についてを書く時、こんな文章が長く続くことが多いです。

「私がその車の評論を頼まれたとき、私はロンドンにいて、その車に乗ったのはロンドンから帰った数日後だった。日本の運転は……」

そういった文章はその自動車に関係がなく、読んでいる人も興味が全くないばかりでなく、評論家の自分を大きく見せたいという必死さまで見えてしまいます。

私は仕事でロンドンに行くような人間で、それも慣れているのだ!とぜひとも皆に知ってもらいたいわけです。こういう文章を書いていては中々評判の良い評論家にはなれません。

もちろん有名な評論家が「私が最初に買った車はジャガーEタイプだった」と語る分には何の問題もないでしょう。しかし無名なうちは、例えば車であれば「その車のどこがどう凄いか」「何と比べてどうなのか」などを評論し、無駄な身の上話はしないようにすべきです。

また、いろいろなことを知っていることも評論家になるための条件です。

例えば高級イタリア車の内装を見て「まさにラグジュアリーの一言」と表現してしまっては、評論家としてはやっていけません。語彙と知識が不足しています。

一般の人は高級車がラグジュアリーであることは知っています。逆にラグジュアリーというのが具体的にどういうものかは知りません。

ですから評論家としてはより詳しく、「ダッシュボードには美しい鱗状の杢目を持ったマホガニーが使用されるが、これは同じく木材の芸術であるアコースティックギターで言えば、50万円以上の手工品にのみ許される一級の素材である」と語りたいところ。

それで初めて読者は「なるほどそんなに高級なのか」と分かるわけです。

このように、自称評論家の人はまず自分の文章が本当に「プロになれるレベルのものなのか」を再確認する必要があります。

評論家はあるものを批判していてはいけない

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また評論家の役割についても再確認しておく必要があるでしょう。

評論家が有名になる=評論家としての役割をしっかりと果たしているということになるからですね。その評論家の役割とは決して「あるものを批判すること」ではありません。

「人が作ったものを批判し、それで自分が上になった気になる」というのは人間的に欠落のある、一部のSNSユーザーだけに許される言動です。

評論家はそうではなく、新しい切り口を創造する仕事、すなわち一般大衆を「へえ〜」と関心させ納得させる仕事なのです。

新しい切り口とはどういうものか。

例えばドストエフスキーの『罪と罰』の解説本を書いている、ロシア文学研究家であった故江川卓氏は、常に新しい切り口を提案した人物でした。

例えば『罪と罰』の冒頭部分にこういった文章があります。

「彼は貧乏に押しひしがれていた。だが近頃ではこの窮迫した状態ですらいっこう苦にならなくなった。自分のその日その日の仕事もすっかりやめてしまい、どだいその気がなかった」

この部分は一般的に「彼は貧しいにも関わらず、アルバイトをやめた」という意味の文章とされていました。

しかし江川氏は普通ロシア語から日本語に「その日その日の仕事」と訳されることが通例になっていた「ナスーシチヌイ」という単語に注目し、そこに聖書に出てくる言葉やロシアの学生隠語との関連性を見いだしました。

そして今まで単に「アルバイトをやめてしまった」と理解されていた文章に、「毎日のお祈り、つまり無意識の信仰心をも捨ててしまった」という裏の意味が隠されているだろうということを彼の著書で示しています。

彼の著書 謎解き『罪と罰』はこういった作中にこめられたコンテクストやからくりをひも解く本。

これを読むことによって、これまで普通の人が何通り読んだところで気づかなかった伏線、聖書、神話、フォークロア関わり、物語に込められたバックグラウンドがどんどん理解できるようになる。

そしてそのまま読んでも単純なサスペンスとして面白い『罪と罰』をより深く、巨大な文学作品として読めるようになるのです。

これこそ「新しい切り口の創造」だと言えるでしょう。

もちろん彼はロシア文学の研究家であり、日々の研究や圧倒的な量の背景知識があったからこそ、新しい切り口を読者に提供することができたわけですが、評論家もまたそうあるべきなのです。

例えばひとつの映画があったとき、誰もが分かる欠点や分かりにくさを指摘する批判だけの評論家は求められていません。

逆に一般の人には理解できない、背景知識あってこそ理解できるその映画の良さや、巧妙に隠された伏線などを解説でき、「そういう見方があるのか!」と関心させる評論家は歓迎されます。

ですから評論家になるには常に研究し、様々な知識を身につけておきましょう。そして他の誰も気づかなかったことに気づき、誰もが関心する切り口を提供できるようになることです。

実際に評論家デビューするには??

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そういうわけで評論家としての腕も上がり、実際にデビューしたい!

となってときにどうすれば良いか。残念ながら自分のブログにひたすら評論を書いたところでデビューできる可能性は低いでしょう。

昔は偶然書いた評論が編集者などの目につき、雑誌などに自分の評論を載せてもらうことでデビューしていましたが、今はこれが中々難しいのが現状です。

そこで残された道が、ネット上のメディアを有効活用することです。

例えばオールアバウトなどのようなウェブマガジンに記事として評論を載せてもらい、それがだんだん評判になって、それが出版されればプロとしての道が開かれるでしょう。

これが現在の評論家デビューへの道として最も有力です。

ただしそのウェブマガジンのPVには注意すべきです。月間10万ページビューしかないウェブマガジンに記事を載せたところで、自分の評論へのアクセスは月1000件に満たないでしょう。

ですから掲載するウェブマガジンは最低100万ページビュー以上のものにすべきです。

またもうひとつ重要なのは、自分の作品(評論文)ひとつに執着せず、大量に文章を書くことです。評論家としてデビューするというのは、素人が800メートル先の的を308.winのライフルで狙撃するようなものです。

それが一発や数発であれば成功する可能性は低いですが、500発撃てば少なくとも1発は当たるでしょう。

本格的にデビューしたければ、最低2000文字ほどの評論を200件は書いて公開したいところです。

いかがでしたか??

今回は評論家になる方法について解説してみました。

ぜひ参考にしてみてください。

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平成3年生まれ。
2017年春頃より、二代目ライター田中に就任しました。メンズファッションを主に執筆しています。
以前のライターとも仲が良いので、様々なことを聞いて書いています。

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