皆様いかがお過ごしでしょうか、ライター高橋です。2020年も残すところわずかとなりましたが、皆様はこの1年どのようにお過ごしでしたでしょうか。私は感染症流行の影響をもろに受け、ほとんど演奏活動をせずに過ごしておりました。人前で演奏する機会もないということで何となく楽器に触る気が起きず、しばらく音楽から少し距離を置いていました。自分を見つめ直すなどと調子に乗っていたらそのツケが回ってきており、現在血眼になりながら作品を勉強している毎日です。そんなところで今回は、私が新しい曲を譜読みする時にどのような手順を踏んでいるかをお伝えしたいと思います。
今回取り扱う作品はスクリャービンのポエム Op.32にいたします。5分程度で演奏できる比較的短い作品となっていますので、ピアノを嗜んでいる方がいらっしゃいましたらぜひ弾いてみて頂けると幸いです。
今回もいつも通り、IMSLPにアップロードされている著作権切れの楽譜を使用しますが、皆様がもし実際にこの作品を弾く際には楽譜を購入いただけますと幸いです。楽譜は作曲家が命を削って生み出したものであり、さらにそれを研究し、管理し、皆様に良さを伝えられるよう努力している方々がたくさんいます。楽譜はそういった努力の結晶とも言えるものになります。一度買えば一生共にすることができますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
さて、まず新しい作品に出会った際に私は楽譜全体をざっと眺めます。細かいところを詰めることも大切ですが、より大きな視点から作品がどのような構造を持っていて、どこが一番重要なのかを確認すると良いと思います。さて、まずは概要から見ていきましょう。この作品は2曲から成る作品で、1曲目が4ページ、2曲目が3ページほどで書かれています。1曲目は比較的音の数が少なくAndante cantabileという指示が書かれており、2曲目は音数が多くAllegro Con eleganza Con fiduciaと書かれています。このことから緩-急の異なる属性の作品2つを並べてコントラストを表現していることがわかります。
まずは1曲目、Andante cantabileから詳しく見ていきましょう。全体の大まかな構成はA-B-A’-B’となっています。まず調号ですが、♯が6つあることからFis-durかdis-mollで書かれていることがわかります。調べればわかることでもありますが、曲の様子から自然に解釈するとFis-durで書かれているとわかります。8分の9拍子で、曲頭からアウフタクトで書かれています。
それではもう少し踏み込んだ部分を見て見ましょう。まず大まかにフレーズの区分けをしていきます。まず小さなフレーズから見ていきましょう。冒頭から5小節目の2拍目までが1つのフレーズになります。次に10小節目の2拍目まで、その次が1ページ目の最後までとなっています。ここまでの1ページを大きな1つのセクションとして捉え、そのまま解決せずに2ページ目から始まるInaferandoのセクションに移っていきます。
このセクションは全体を通して基本的に3つの声部に分かれているので、それぞれ別人の様に歌わせることが大切です。最も重要なのは赤でマークをつけているソプラノになります。おそらく冒頭のフレーズの場合だと弾き分けが難しいのは左手の2声のパートでしょう。こういった多声を美しく弾き分けることこそがある意味ピアノ音楽において最も困難な問題かもしれません。実際、個人的には派手な技巧がふんだんに含まれたリストよりも、バッハの平均律の4声を読む方がある意味難しいような気がします。
1ページ目後半は5連符の扱いに気をつけましょう。con affettoの小節、Ais Gis Dis Ais H という5連符があります。こういった連符は焦らず綺麗に歌い切ることが大切です。そして見落としてはいけないのが、オレンジで囲った次の拍です。一見ソプラノは単純に見えますが、アルトにて5連符が現れています。これは前の拍のソプラノに対する返答の様な意味合いを持つので、こちらも美しく聴こえる様に歌いましょう。
さて、inaferandoのセクションです。拍子が4分の3に変わっているので注意しましょう。こちらも前のぺージ同様に3声に分かれています。赤のソプラノ、青のアルト、黄色のバスといったところです。まずページの頭から5小節に渡ってゼクエンツとなっています。1小節毎に和声の色を変えつつ6小節目にはバスの動きが少し巨大化し、最終的に向かっているのはページ頭から7小節目の属調であるCis-durのⅠの和音になります。この32-1において重要な箇所の一つと言えるでしょう。1ページ目まで遡ってみても、いくつかの解決と言える箇所はありますが、ここまでわかりやすい解決は見つかりません。このシーンにおいては特にオレンジで囲った音に注目しましょう。ただただⅠの和音を連続していてもくどいだけですが、これらの非和声音が加わることにより、音楽の内容に深みが出ます。基本的に西洋音楽においてはハーモニーというのは非常に重要視されています。それは美しいハーモニーであることはもちろん、ハーモニーの変化の過程の美しさも重要です。こういった非和声音を細かく見つけて、どう扱うか、どういう表情を描くかといったことを常に楽しむと演奏に血が流れ、生きているかの様な力強さを持ちます。
3、4ページ目は前半が一部変化しつつも繰り返しになっています。基本的な事項は先ほどと特に変わりませんが、3ページ目のオレンジで囲んだ部分に注目してください。先ほども提示された5連符のモチーフが、ソプラノとアルト同時に現れます。この5連符からのFisへのフレーズは作品において最も重要な山場だと言えるでしょう。ここは特に聴かせどころになりますので、しっかり歌い上げることが大切です。次の4ページ目は解決がCis-durではなくこの作品の主調であるFis-durになります。あとは終わりに向かってゆったりと歌っていけば綺麗に聴かせることができると思います。
さて、次は32-2になります。先程も書きました通り、こちらは1とは対照的に非常に力強い印象を与える作品になります 。先程までのやたら多い調号と違い、こちらは調号2つになっています。拍子も4分の4と非常に単純なものとなっており、1に比べて比較的読みやすくなっているかと思います。特徴的なのは全体を通して曲を支配している3連符のリズムです。重厚な和音で刻まれていますので、指示通り自信たっぷりに聴こえる様に威厳のある音色で弾きたいところです。しかし、本当に気をつけないといけないのは、このリズムに音楽の全てを支配されないことです。赤で囲ったバスとメロディがバランスよく聴こえるようにコントロールすることが大切です。逆に、それさえ気をつけていれば意外とこの作品は1に比べると比較的表現の構築がしやすいかと思います。やはり重要なのはハーモニーです。とくにバスの動きを重点的に気をつけておくと、和声の変化を素早く読み取ることができるでしょう。
山場と言えるのは2ページ目最後のppから始まる一連のフレーズでしょう。少しずつcrescしながら真実味の和声に変化していきます。よくある失敗なのですが、赤の太いカッコで囲んだ部分でffになり、あたかも頂点にたどり着いて終わったかの様に演奏してしまうことがあるのですが、本当に解決するのは赤い丸で囲んだD-durのⅠの和音になりますので、もちろんずっと強く弾けばいいというわけではないですが、解決まで丁寧に気を引っ張ることが大切です。
今回は指示記号の解釈に関しては触れないでおこうと思います。なんとなくこんな雰囲気で弾く人が多いなど、セオリーはもちろんありますが、個人的にはセオリーは一切無視して、自分自身の直感で指示の言葉に向き合った方がいい音楽ができるかと思います。でなければそれはあなたの解釈ではなく、誰かが勝手に考え出した音楽論をなぞっているだけになってしまうからです。あなた自身が向き合って楽しんで音楽をすると、自ずとあなた自身の個性的な演奏が生まれます。
さて、あとは練習あるのみです。何事も鍛錬はある程度必要になります。頑張りましょう。
おわりに
いかがでしたでしょうか?譜読み論などと言いつつほとんど参考にならないかもしれませんが、もし何か皆様が音楽をする際の参考になれば幸いです。もう少しこういった点が聞きたいなど何かご要望がございましたら、お気軽にコメント等いただければ可能な範囲でお答えさせていただきます。