静岡市は誰が殺した?!人口流出、衰退の原因とは

時は2013年
静岡市「よし、市の増収を狙って合併するぞ!」
清水市「お、おう!(マジで…)」

ピカーン!!

新静岡市(葵区・駿河区・清水区)「やったぜ!!」

人口が減り続ける静岡市

誰も現実を直視していない静岡市は上記図のように人口が減り続けているのに、無理に政令指定都市を目指して合併しました。
政令指定都市の条件に”人口が80万以上で将来的に人口100万が期待できるような都市”とあるにも関わらず、合併後は人口が減り続ける一方です。
魅力的な都市が形成できずに、行政サービスや自治も低下の一方。地主や古い商習慣によってビジネスは一部の企業だけで、メガバンクさえも支店を縮小しています。

都市として最も大切な教育機関、特に大学・専門学校等が弱く、静岡市で生まれ育った若者の大半が東京、名古屋に流出しているのです。地元に残るのは学力の弱い高卒で働く人ばかりで、県下で最も頭の良いとされる静岡大学の就職先は、静岡銀行やスルガ銀行、静岡鉄道、トーカイ、スズキ、鈴与、ジャトコなどです。
これでは人口が減り続けてしまうのは仕方ありません。

何しろ県内に新幹線駅が6駅あるにも関わらず県庁所在地にさえ”のぞみ号”が停車しないのです、驚く事に”ひかり号”でも静岡駅に停車せずに浜松駅だけ停まる車両もあるほどです。
JR東海にしても利用者数が見込めずに蔑ろにされている静岡市。
静岡市の失策や、衰退の原因について考えてみます。

大失敗に終わった東静岡駅開発

中心地の静岡駅から3キロ先にある”東静岡駅”ですが、まとまった土地を確保できる貴重なエリアで”東静岡周辺地区「文化力の拠点」形成検討事業”の対象にもなっている場所です。グランシップを始めとして広く美しく整備されたタイルの歩道など、横浜のみなとみらいのような都市設計ができています。グランシップのイベントにも対応できるように東静岡駅は広く設計されて数千人単位での電車利用も可能なほどです。

しかし残念な事に景観保護を努めなかったせいで駅前は「洋服屋チェーン店」と「巨大な薬局」それに気味の悪い「巨大なパチンコ屋」が建っていてカフェの一つもありません。区分調整・市街化区域の指定がうまく機能していない結果です。
道はお洒落、でも店は無いし景観は酷い、という行政の失態が顕になっています。さらに近年の再開発で、元々沼地の上に乱立されるタワーマンションが更に景観を損ねています。とにかく静岡市民に「東静岡駅をどう思いますか?」と聞けばきっと「残念」という言葉他ならないはずです。

呉服町のチェーン店加速

80~90年代、静岡市にコンビニ(ローソン)が出来る事を頑なに反対して、その活動に関わった疋野眼鏡さんや商店街。コンビニ以外にも、過去に大型ショッピングセンターの出店拒否でイトーヨーカドーの建設計画が大幅に縮小されたのは有名です。
静岡市は非常に閉鎖的でコンビニやショッピングセンターまで出店拒否をし続けたのです。商工所の協議会や組合は、”既存の商店を保護するため”と大義名分を掲げていましたが、結局買い物をするのはその”地元の人達”です。努力を怠った結果と言えます。

閉鎖的なのはそれだけでなく、呉服町通りなどは店舗の賃貸が100〜150万円と東京都の一等地並の価格で、坪数も少なく築50年以上なのに非常に強気です。
更には敷金を10ヶ月納めるなど”貸す気がない”という態度を取り続けています、これによって結局は静岡市で新しくお店を持ちたいという人は出店ができず、資金力のある大手チェーン店が呉服町通りに乱立することに至ったのです。

90年代は個人店ばかりだった呉服町は、今ではコンビニ、大手ドラッグストア、焼き鳥など居酒屋チェーン店、ゲームセンターが犇めき合って目も当てられない状況です。協議会や組合は結局、自分の保身だけを考えて、”本当に静岡市を発展させたい”とは微塵も思っていなかったのです!そうでなければ未だに商店街に外資を拒否して静岡市の個人店の出店を応援するはずです。

静岡伊勢丹の前にある”辻の札クロス”

やはり最高に滑稽なのが静岡伊勢丹の前にある”辻の札クロス”でしょう。
立派な建物、なんだと思います??静岡県で最大の商店街ですよ!

正解は、高齢者住宅「グランステージ シャングリラ」でした!!
老人ホームみたいなものでしょうか?最初に何千万円も支払って、月々20~30万円で食事も出てくるそうです…。まさか百貨店の前が高齢者住宅になるとは思ってもみなかったでしょう。もう静岡は限界なのです。お金は老人だけが持っています。

一階のショーウィンドウに並ぶお店は、「カバンの池田屋」、「すみやグッディ」、「ザ・スーツカンパニー」、「デジタル補聴器のサガワ」です。

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ESTNATION(エストネーション)どころか、シップスもトゥモローランドも来ないんですよ!!せっかく大型施設が出来たのに、一階は量販店スーツ店と、見慣れた顔ぶれです…。最高に滑稽な呉服町開発でした。

七間町は誰が殺した?

90~00年まで風情のあった”シネマストリート”の七間町は今では3分の1以上がシャッターの”シャッター街”にチェンジしました。
昔は映画館が連なっていて、4~5件並ぶ映画館で”どの映画を見ようか?”とデートや家族で賑わっていた頃を覚えています。

時代の流れと言ったらそこまでですが、七間町を殺したのは”シネマ・コンプレックス”、しいては新静岡セノバ(静岡鉄道)と言えます。

 静岡市の中心商店街は旧東海道に沿って展開し、今川氏、徳川氏以来、城下町として数百年にわたり栄えてきました。その中で七間町は明治以降、芝居小屋から映画へと市民に娯楽と文化を提供し続けてきた特徴ある存在です。

 静岡市の中心商店街は商業施設のみでなく、バランスよく様々な施設が配置されされることにより、商業と文化が程よく融合し、回遊性を持つ『文化的繁華街』となっています。静岡市民はこのような中心商店街を支持し、応援し、いつまでも『繁華街』として発展していくことを心より願っています。

 さて今回の新静岡駅再開発計画は交通アクセスの利点を最大限に生かした一点集中型の開発計画であり、静岡が長年にわたり育んできた街の歴史的特性を無視して中心商店街の賑わいを衰退させるという、独善的な開発計画であり、市街地全体の活性化と各地区の役割についての哲学が感じられないことが誠に残念です。

引用:http://7town.jp/modules/contents/index.php?content_id=18

このような嘆願書があっても、新静岡セノバには大型の最新映画館を作り、七間町には映画館が僅か1件残るだけとなりました。それももう虫の息です。
静岡市はカンヌ市と姉妹都市提携があり例年、「カンヌ映画祭」と同時期に「シズオカ×カンヌウィーク」というお祭りが催されます。商店街も賑わいとても良いイベントなのですが、肝心の七間町には映画館が無く、残るは再開発で立った「高層マンション」だけです。

商店街が浅間通りも鷹匠通りも死んでしまい。呉服町通りも先ほどの通りチェーン店だらけです。
鷹匠通りは新静岡駅から徒歩1分の商店街なのにシャッター通りの有様です。セノバだけが甘い蜜を吸い上げ、”他はしらないよ”という事でしょうか。
更にはSuicaやPASMOなどの規格を無視した”ルルカ”というICカードで電車やバス、スーパーマーケットなど包括しています。これらは市外では使えないガラパゴス規格です。商店街や商工会も自らの保身しか考えていないと言いましたが、セノバもまた七間町を殺した戦犯と言っても過言ではありません。

静岡東急スクエアというゾンビ

伝馬町にある”静岡伝馬町プラザビル”ですが、これは元々ライブアピタ静岡が運営する”生活創庫静岡店”という総合専門店が入っていました。
2000年には採算悪化によって生活倉庫が撤退、「FIVE-J」というお洒落なファッションビルに生まれ変わりました。この頃はかなり全盛期でBabyなど都内からの出店もあり盛り上がりを見せていました。

2007年には株式会社東急モールズデベロップメントが借り受けて「SHIZUOKA 109」をオープン、まるで渋谷109のようにお洒落な若者向けのファッションビルになりました。

しかし、これもまた採算の低下からか撤退して、ついには細々と”静岡東急スクエア”をオープン。
これが驚く程に出店内容がすごく、セカンドストリートのような中古服、ハニーズやマックハウスのような低価格帯の店、なんと”ファッションセンターしまむらま”で入っています。ファッションビルに”しまむら”とはかなり斬新です!
100円均一のダイソー、サイゼリヤ、ゲオなど、静岡市で一等地のファッションビルとは思えない限界集落です。

これでは地方にあるジャスコと同じ店です。
お隣のマルイもひどく、ネットで宣伝されている怪しい健康グッズを売る店など質の低下が凄まじいです。

静岡もここまで来たか…と思いました。

死人が生き返って彷徨うことを”ゾンビ”と言いますが、死んだビルに大手チェーン店を鮨詰めにした静岡東急スクエアは、ゾンビとしか言いようがありません。

今後、静岡市はどうなるのか

選挙では一票の重み、と言いますが筆者も去年に生まれて28年間育った静岡市から住民票を東京に移しました。東京が優れているなど全く思いませんが、静岡に対する抗議の意味と、税金を静岡市に収めたくないので移しました。
他にも静岡市を出る若者は減らないでしょう、この一人一人の一票がジワジワと静岡市を蝕んでいくはずです。

若い人に挑戦させない風潮や閉鎖的な商習慣はまだまだ続くはずです。具体的に組織名はあげられませんが、とある不動産会社や、とある組織が静岡市で踏ん反り返っているのを暫し耳にします。

静岡市を散々悪く言いましたが、一方で良くしていこうとと努力をしている人も多く居ます。呉服町や鷹匠、紺屋町、両替町で奮闘する小さな店やコミュニティ、安倍川より川向うで一生懸命にスタートアップをしようとする人など様々です。
脱出した私には他力本願ですが、静岡に残っている人には悪しき習慣や風習に負けずに頑張って欲しいです。

 

※この記事は29歳の筆者が個人で調べたこと、聞いた事を書き起こしています。
内容に間違いがある場合、指摘頂ければ修正いたします。

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