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【薬コラム連載】風邪には不要?抗生剤の使用を考える

薬剤師ライター たんぽぽむし 過去の記事はこちら

小児医療に携わって15年。主に薬関係・自然育児について執筆していきます。美味しいもの、きれい&かわいいもの、からだにやさしいもの、そして子供たちの笑顔に触れたとき幸せを感じます。

(※薬はイメージ写真です)

こんにちは。薬剤師ライターのたんぽぽむしです。
先日私は医師会主催の学術講演会に出席してきました。
演題は『外来診療における賢い感染症診療マネージメント:小児科編』

静岡県立こども病院 総合診療科/小児感染症科医長、荘司貴代先生より、最近強く叫ばれている抗生剤の使用についてのお話でした。
今、世界的に抗生剤の効かない細菌が増加していて、このまま何も対策をとらなければ、
「2050年には全世界で感染症による死亡者(1.000万人)がガンによる死亡者(820万人)を上回るだろう」
と推定され、その原因はズバリ抗生剤の不適正な使い方にあると言われています。

日本では2016年4月に「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」が発表され、「2020年までに抗菌薬全体の使用を2013年の3分の2に。セファロスポリン系、フルオロキノロン系、マクロライド系の抗菌薬の飲み薬は半分に削減する」との目標が掲げられ、抗菌薬の使用量調査、感染対策、医療施設・畜水産での抗菌薬適正使用、患者教育、新薬開発、国際協力など複数の戦略がまとめられました。また2017年6月には、厚生労働省から「抗微生物薬適正使用の手引き 第一版」も発表されました。

そこで今回は、荘司先生の講演の内容も踏まえつつ、「抗生剤とはどんなものか?」「何が原因で抗生剤が効かない細菌が増えているのか?」「これから私たちは抗生剤をどのように使うべきか?」

etc.考えてみたいと思います。

では、まず皆さんに質問です。

1.これまでどんなときに抗生剤を使ったか覚えていますか?

2.風邪のときに抗生剤を飲んだら治ったという経験はありますか?

3.薬をもらうとき、抗生剤は途中で止めずに飲みきるよう言われたけれど、症状もよくなってきたし、またいつか使うために途中で止めて取ってある なんてことはありませんか?

1.ですが、風邪のとき、中耳炎のとき、擦り傷や虫刺されが化膿したとき、膀胱炎のとき、抜歯したとき等々、ほとんどの方が治療や予防のために抗生剤を使ったことがあることでしょう。

2.その感覚は全く外れとは言いませんが、大半の風邪はウィルスが原因なので、抗生剤を飲んでも効きません。

自らの免疫力で原因ウィルスをやっつけて症状が改善していたのだけれど、そのときに抗生剤も飲んでいたので、それが効いたと勘違いしたのかもしれません。

ただ、元はウィルスが原因の風邪に後から細菌も感染していた場合(2次感染という)は、その細菌に対して抗生剤が効果をあらわしたり、また、一部の抗生剤(マクロライド系:クラリスロマイシンなど)には気道の炎症を抑える効果があるため、「咳がひどいときに抗生剤を飲んだら良くなった」と感じたのかもしれません。

けれども、もう一度言いますが、風邪の原因の約8割はウィルスであり、ウィルスと細菌は全く別のものであるため、風邪の原因ウィルスに対しては抗生剤は全く効果がありません。

3.抗生剤の飲み薬がドラッグストアで買えないのはなぜでしょう?医師の指示がないと手に入らないのには理由がありますよね。

抗生剤は、割と身近な薬のようにも思われるかもしれませんが、途中で飲むのを止めることや、取っておいて自己判断で飲むことが、いかに危険なことなのか、この記事を読み終わったときにはわかっていただけたらと思います。

では、先ほど「風邪の原因はウィルスであり、細菌ではない」なんていきなり書いてしまいましたが、その意味を理解していただくために、もう一度、最初から説明します。

そもそも、細菌とウィルスとは何が違うのか?

細菌もウィルスも、人や動物に感染症を引き起こすことがある微生物です。どちらも肉眼では見えないほど小さく、病気の原因になるものなので混同されやすいのですが、大きさだけで言っても、細菌はウィルスの10~100倍大きく、増殖の仕方も全く異なります。また、細菌は悪い影響を与えるものばかりではなく、ヒトの生活に役立つ菌(納豆菌や酵母菌など)や、ヒトの皮膚表面や腸内の環境を保つために働くものもあります。

細菌は外側を囲む丈夫な壁(細胞壁と細胞膜)や遺伝情報のもと(核)、タンパク質を作るところ(リボソーム)などを持つため、自分の力で増殖することができ、栄養や水などの環境が整っていれば他の生物に頼らず生きていくことができます。

一方、ウィルスは外側の膜(カプシドやエンベロープ)と遺伝情報(DNAまたはRNA)しか持たないため、ヒトや動物の細胞に入らなければ増殖できず、自らも生きていくことができません。ウィルスは、感染した細胞内で多量のウィルス(自らのコピー)を複製させると細胞を破裂させて外に出て、複製されたウィルスがそれぞれ別の細胞に入り込んで複製させて・・・と他の生きた細胞という場所を借りて増殖を繰り返します。

抗生剤とは何か?

抗生剤というのは、細菌をやっつけられる能力を持った抗生物質で作られた薬で、抗菌薬、抗菌剤とも言われます。細菌の構造を壊したり、増殖を邪魔したりして細菌の働きを抑えます。ヒトや動物の細胞は細胞壁で覆われていますが、細菌は細胞壁を持たないため、抗生剤はその違いを利用して細胞壁を作りにくくして細菌を壊したり、タンパク質を合成するリボソームに働いたり、遺伝情報のDNAの複製を阻害したりして細菌を増えにくくしたりしたりして効果を発揮します。

ですから、細菌とは構造も生き方も増え方も違うウィルスに対して、抗生剤は全く効果がありません。

ウィルスに効く薬はあるのか?

インフルエンザや水ぼうそう(水痘)のウィルスの増殖を抑える薬はありますが、現在、ウィルスに対して効果がある薬はとても少ないです。

胃腸炎の原因として知られるノロウィルスやロタウィルスなども、それを抑える薬はないため、感染した場合は、下痢や嘔吐などの症状に対する薬を使いながら、自己免疫力(自力でウィルスをやっつける力)により回復させるしかありません。風邪の原因となるライノウィルスやコクサッキーウィルスなどに感染した場合も同じで、直接効果がある薬はないので、いかにして自己免疫力を高めるか。結局、当たり前のことですが、身体にウィルスを取り入れないよう、しっかり手を洗いうがいをすること、また感染した場合は十分な睡眠と適切な量の水分や栄養を摂り身体を休めることが最善かつ最短の回復法であり、どんなウィルスにも対応できて胃腸炎や風邪がスパッと治る万能薬は存在しないのです。

なぜ抗生剤が効かない細菌が増えているのか?

細菌も自分が生きていくためには必死で、抗生剤に接するたびに学習し、それにやられないよう対策を取ってきます。抗生剤が細菌のからだ(細胞)に入りにくいように外の膜を変化させたり、入ってきた抗生剤を外に押し出したり、抗生剤の作用する遺伝情報を変化させたり、抗生剤を分解する酵素を出して細菌内に入ってくる前にやっつけたりと、様々な作戦により抗生剤に負けないからだを作ってきます。そして、その抗生剤にやられないための情報は増殖情報を持つ場所(染色体)とは別の場所(プラスミド)にあり、種類の異なる他の細胞にもピョンピョン飛び移り広がってゆくため、抗生剤に負けない細菌(耐性菌と言う)がどんどん増えることになります。ただ、この耐性菌は、普段は取り立てて悪さをすることもないため、健康な人に感染してもそれほど問題はないのですが、その健康な人が何らかの理由により抗生剤を服用し、その人の中にいた抗生剤に弱い菌が減ってしまうと、平和に暮らしていた細菌たちのバランスが崩れ、がぜん耐性菌の勢いが増し、耐性菌にとって生きやすい環境ができてしまいます。

抗生剤は種類によって細菌のやっつけ方が異なるため、効く菌の種類が違います。Aという菌に効く抗生剤とBには効く抗生剤、AにもBにもCにも効く抗生剤などがあるため、そのときに必要な抗生剤を選ぶ必要があります。例えば、感染した菌(A)だけをやっつける抗生剤でよかったのに、無駄にいろいろな菌に効く抗生剤を飲んでしまうと、殺さなくてもよい他の菌まで殺してしまい、結果、それまでおとなしくしていた耐性菌が悪さをし始めることがあります。また、必要な量と日数しっかり飲めばやっつけられたところが、治ったような気がして途中で飲むのをやめてしまったために、関係ない菌を殺しただけで、本来やっつけるべき菌を一瞬弱らせたのちに、また復活させてしまったという事態も起こります。

どの抗生剤をどれほど飲めば、今、身体の中で悪さをしている細菌だけをやっつけられるのかは、数々の経験を積み、必要ならば検査を行った医師でなければわかりません。医学の専門家である医師でさえも、全てのケースで最適な抗生剤を一発で当てるのは不可能かもしれません。だから、抗生剤の飲み薬は市販されていないのです。塗り薬でもごくごく一部の薬にしか抗生剤は入っていません。それを、私たちが「前にもこんなとき飲んだら効いたから」などと自己判断して適当に飲むなんて危険すぎます。そのときの病気が治らないだけならまだしも、見えないところで自らの手で耐性菌を増やし、将来、本当に抗生剤が必要な重病にかかったときや手術を受けることになったときに、使える薬を減らしている可能性があります。そしてまた、そうして増えた耐性菌は他の細菌にも悪い情報を広め、ヒト以外の生物間にも広がって、将来、自分だけでなく世界的にヒトも動物もみな健康に生きていくことが困難な環境が作られてしまうことを専門家たちが心配し、抗生剤使用や耐性菌対策に関する「アクションプラン」が発表されたのです。

初の公的ガイドライン“抗微生物薬適正使用の手引き”

厚生労働省の第一回NDBオープンデータによると、静岡県では全県民が1年のうち10日間は抗菌薬を内服しているというデータがあるそうです。講演会で荘司医師は「肺炎や腎盂腎炎など抗菌薬が必要な病態もありますが、健康な方は毎年このような感染症にはならないので、おおよそ風邪に処方されているのでしょう。処方された抗菌薬をすべて服用せず、残しておいて発熱時に服用するなど、耐性菌出現を助長し、重大な感染症診断の遅れにもつながるので、決して行ってはいけないことです」とおっしゃいました。

荘司先生の勤務する静岡県立こども病院では、2014年より抗菌薬の適正使用に取り組んでいて、2016年には抗菌薬使用金額を60%に削減し、入院患者さんから検出される耐性菌も減少させているそうです。これは、決して「抗菌薬は使わない」と言っているのではなく、重症患者も多く一刻を争う命の現場で、本当に必要な患者さんに、その子の将来のことも考えた上で、必要な薬を使っても抗生剤の使用量は減らすことができるということです。荘司先生のご指導のもと、病院内の他の全スタッフが子どもたちの将来のために、必死で取り組んでいらっしゃるということがわかります。

“抗微生物薬使用の手引き“について興味のある方は、全文を読んでいただければと思いますが、その中で関係するところでは

「感冒(かぜ)には抗菌薬を投与しないこと」を推奨しています。

感冒:抗菌薬投与を行わない。
急性鼻副鼻腔炎:

軽症の場合(大人・小学生以上の小児)抗菌薬投与を行わない。

中等症以上 (大人)〈基本〉アモキシシリン 内服5~7日間

(小学生以上の小児)〈基本〉アモキシシリン7~10日間

急性咽頭炎:

A群β溶結性連鎖球菌(溶連菌)非検出 抗菌薬投与を行わない

検出 アモキシシリン内服10日間

急性気管支炎:百日咳以外には抗菌薬投与を行わない

抗生剤を使わないことを推奨するだけでなく、多くの菌に効く種類の抗生剤はむやみに使わないよう、使用する抗生剤の種類まで示されています。

厚生労働省から出された手引きに基づいて抗生剤の処方について考えられた医師からは、これまでなら処方されていた抗生剤が処方されないとか、処方される抗生剤の種類が変わったというケースが出てきているのではないかと思われます。

これから私たちはどうすればよいか?

・まずは細菌に感染しないよう、手洗い・うがいを心がける。

・ワクチンにより防げる病気については、予防接種も考えてみる。

・基本的に風邪のときには抗生剤を飲まない。

・家に残っている抗生剤があっても、決して自己判断で飲まない。

・抗生剤を医師から処方された場合は、処方された飲み方を守って飲みきる。途中で止めない。勝手に飲み方を変えない。

・抗生剤を飲めば病気が治ると勘違いして、抗生剤を処方してくれる医師を探して受診しない。もし、「今日は抗生剤は不要」として処方しない医師がいたなら、「自分のためによく考えてくれる信頼できるお医者さんだ」と解釈する。

抗生剤の不適正な使用(正しい飲み方で飲まないこと。必要がないときにも飲むことなど)による耐性菌の増加は、私たちヒトだけでなく生物全体が抱える問題です。自らの勘違いや目先の利益を優先した結果、自分だけでなく後世に生きる子どもや子孫たち、生物全体が耐性菌に侵された生きにくい世界に苦しむことのないよう、これを機会に抗生剤との付き合い方を考え直していただけたらと願います。

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