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【現代版】だれでも小説家になる方法③

現代において小説家を目指す人のために、知っておきたい知識などをまとめて紹介している連載記事です。

前回は「主人公の言動」について詳しく解説しましたが、今回は「コンテクスト」についてを詳しく説明していきたいと思います。このページに検索でたどり着いた人は是非第一回から読んでくださいね。

小説は一層ではない

特に長い時代に渡って読まれている小説というのは、一層から成り立っているわけではなく、別々の要素がいくつもその一冊に込められていたり、実はいろいろなストーリーが背後で進行していたりと、複層的に成り立っていることが非常に多いです。

それを今回は「コンテクスト」と呼びます。

少し分かりにくいと思うので、具体的に例を挙げます。

「彼女はすでに息絶えたAの額に美しく白い手を添えて泣いていた。それから彼女は肩を覆うように柔らかく結んであったラピスラズリのように深いブルーのスカーフをほどくと、それでAの傷口を隠してやった」

とこういう文章があったとします。

一層目は文章通りの意味です。Aが怪我か何かで死んでしまい、それを悲しんでいる辛いシーン。Aが長編小説の主人公の一人であったとしたら、泣けるシーンでしょう。

しかしこの文章にはごく分かりやすい二層目があります。

注目すべきはブルーのスカーフです。中世の宗教画や西洋の絵画では、青いマントが聖母マリアを象徴するもの(アットリビュート)として好んで描かれました。

ラファエロの聖母子像もジョットの描く聖母マリアも、青いマントを羽織っていますね。そしてその象徴的な青いマントを描くために芸術家たちが用いた染料がウルトラマリン、鉱石ラピスラズリから作られるものなのです。

つまりこの短い文章の中には、彼女が「聖母マリア」の役割を与えられているのだということがコンテクストとして隠されているのです。

するとさらには、彼女が非常に優しく誠実な性格の人物であるということが分かるだけでなく、Aが恐らく男であり、キリストに近い役割を与えられており、つまるところ何らかの「罪」をかぶって死んだのではないかということさえも予想ができる。

これがコンテクストの効果です。

つまり例えばコンテクストを使うと、本の中にひとつも「キリスト」「聖書」という言葉が出てこなかったとしても、その物語自体を非常に宗教的な意味合いの強いものにすることができてしまうのです。

ではなぜコンテクストが必要で、どのようにコンテクストを作っていくかを具体的に解説します。

なぜコンテクストが必要か

わざわざ色々な要素を一つのストーリーに入れたり、言葉や言動などを通して間接的に表現したりするのはなぜなのでしょうか。

本来ならばそれら全てを別々の物語にしてしまえば良いわけですし、言ってしまえば包み隠してコンテクストにしなくてもダイレクトに「こういうことを言いたいんだよ」と伝えてしまえばいいはずですよね。

しかし多くの文豪達はそうとは見えないかたちでコンテクストを潜ませている。これには4つほど理由があります。

◯消耗し尽くされないため

一つには「消耗し尽くされない作品にすること」。例えばシンプルで一層しかないストーリーというのは、すぐに誰もが理解できてしまい、さらには飽きられてしまいます。

しかし多数のコンテクストが気づかれないように配され、二層や三層にもなっている小説というのは、飽きられない。それだけではなく現在においての夏目漱石やドストエフスキーのように様々な研究家たちがいくつもの仮説を立て、なんとか根拠を見つけようとする。

そのような文学作品というのは、歴史に残ります。

◯シンプルにおもしろいから

さらにはシンプルにそれが面白い、という理由もあります。上の聖母マリアを暗に示した短い例文は、分かる人には分かる。そうして隠された意味を見つけたときの喜びというのは、意外にも大きく、謎解きのようで読む楽しさにつながるのです。

◯普通に読めば「おもしろい」しっかり読むと「深い」小説を作るため

例えば私の大好きなドストエフスキーの『罪と罰』には多分に、共産主義に対する批判が含まれています。

これはドストエフスキー自身が共産主義に関わり、シベリア送りになったことも理由の一つになっているのかもしれませんが、それよりも重要なのは彼があからさまには批判を書かず、それを物語の中で比喩を用いて表現していることです。

これは彼が、

・誰が読んでも面白い一層目

・頭の良い人にのみ伝わる深い哲学と主張

の両方があってこそ名作が生まれるということを知っていたからでしょう。

『罪と罰』の最初の一文が「共産主義は間違っている。それはなぜなら…」と始まっていたとしたら、この本は後世に残る名作になどなっていなかったばかりか、その時代にあまり売れさえもしなかったのではないでしょうか。

実際には『罪と罰』は天才的な頭脳を持つ犯人である主人公と、それを精神的に追いつめ逮捕しようとする予審判事の繰り広げる手に汗握るサスペンスです。それが第一層となっています。だから現代に生きる我々が何の予備知識を持たずに読んでも面白いと思える。

そして『罪と罰』は名作になった。名作は多くの人が読みますが、これこそがドストエフスキーの伝えたいことや哲学を広める最も効果的な方法なのです。

だから彼は『罪と罰』の表向きをスリリングな犯罪小説にし、それでいて多数のコンテクストを込めたという考え方ができますね。

これと同じように、一般的に認められるようにするには「普通に何も知らない人が読んでも面白い」という必要があります。「掴み」が必要だということです。これは必ずしもストーリーが分かりやすいという意味ではありません。

しかし世の中で流行っており、しかも内容の深いものを見てみると、全てしっかりと「掴み」がある。

例えば映画マトリックスのシナリオと言ったら100人に1人も完全には理解できない、複雑で象徴的、かつ多層的なものですが、派手なアクションと革新的なCGなどが理由で誰もが知る映画となりました。

このように掴みがあって、さらに深い意味があるからこそ名作と呼ばれるものが生まれるのです。そのためにコンテクストが必要とされます。

どうやってコンテクストを作るか

コンテクストを作るためには、何が何を象徴しているか、どんなものがどんな意味を持っているかなど実に様々なことを知っている必要があります。つまり背景知識が必要になるということです。

例えば先ほどの例文を書くためには、宗教に関するいくらかの基礎的な知識が必要となるわけです。

ですから自分のオリジナル小説にコンテクストを作るためには、できるだけ多くの知識を持っていることが重要となります。しかし、現実的にそんなに色々なことを調べ、勉強してフルタイムで小説のために生きる時間は無い人が多いでしょう。

そんな場合におすすめなのが、自分が何を伝えたいか、どんなテーマを小説に込めていきたいかというのを決めたら、それに関する知識を「下調べ」すること。

様々なことを知っている超絶博学な人間である必要はありません。例えば現代社会への啓蒙をテーマとしたアクション小説を書くために、アカシアの木が生命力を象徴する神聖な木だ、と知っている必要はないのです。

逆にそういったテーマの小説を書くのであれば、アメリカの社会学者リースマンが書いた『孤独の群集』には目を通すべきかもしれません。

自分の書くテーマに必要なことだけでも、しっかりと調べ、そこに深みを出すことが重要なのです。

 

いかがでしたか??

今回はコンテクストについて解説してみました。

次回もお楽しみに!

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