Saint-Louis Crystal(サンルイ・クリスタル)の「どうぞ大切に扱って下さい」と言わんばかりの繊細なカッティングと、畏怖を訴えかけるような重く荘厳なクリスタルはガラス界隈で王者のような風格を感じさせます。一方、このLOBMEYR (ロブマイヤー)は対照的に「どうぞ毎日使って下さい」というオーラを出しています。
もちろん誰にでも優しい庶民のリーデルとは異なり、「どうぞ毎日使って下さい」の後には続きがあります。そこには「我々の顧客であるならば…」と言う意味が内包されているのです。
写真にある僅か2客で4万円のグラスを手に取ったときから、「我々の顧客になる権利がある」と自宅のダイニングテーブルの上で告げられる訳です。
ロブマイヤーに驚かされる一つに、日本でも本国でも基本的には写真にあるballerina(バレリーナ)のようなカリグラスのパターンが数種類あるだけです。大量のラインナップを用意しているサンルイと異なり、「本当に我々のグラスが欲しければディナーセットのフルピースをご用命下さい(本国に発注)」と暗に示唆しているのです。
百貨店ではバカラの方が綺羅びやかなシャンデリアに包まれた店舗で優れているように錯覚しがちですが、ロブマイヤーのザッハやホフマンと言った受注生産のシャンデリアも数多く存在し、ハプスブルク家からウィーンの王宮、国立歌劇場に至るまで王侯貴族の行く先を華美に飾っています。
つまり百貨店の片隅でバカラやサンルイと比べて、地味に売られているこのグラスこそが本当の貴族の日常使い品であり、「割れてしまったので数脚買って行こう」「友達にワインパーティー誘われたから差し入れに買っていこう」と使うのが真の正しい使い方なのです。
そう断った上で、わたくしのような小市民がロブマイヤーを両手に持ち見聞した感想としては、無駄を極限まで削った”曲線美”です。曲線をつなげて造形し、動きに無駄のないバレリーナのシェイプを再現しています。まるでピニンファリーナのデザインしたフェラーリ 250GTベルリネッタと同じように全く無駄がありません。
グラスを手に取るとクリスタルグラスと比べて驚くほどに軽く、紙で出来ていると錯覚してしまうほどです。この形状も鉛が多く含まれたクリスタルでなくカリグラスだから実現できたようです。薔薇にかざした写真でおわかりの通り、信じられないほど高い透明感です。
筆者は鉛含有率が24%以上のフルレッドクリスタルガラスが好きで、サンルイの透明感が気に入っているのですが、このロブマイヤーのグラスはそれよりも高い透明感です。クリスタルの反射にある虹のような光が出ずにモノトーンの階調性を維持するので、中に入ったワインの色を正確に表現できます。
薄く香りが立ちやすく、ワインそのものを楽しむのであれば最も良い選択と言えます。
グレードが同等と言えるサンルイのエクセレンスはカッティングこそ立派ですが、300g以上の重量があり、飲むときに使用人に持ってもらわなければならないほどです。
ですので上流階級でありながら、まだロブマイヤーを持っていない人であれば、まずバレリーナを数脚買って使ってみることをお勧めします。きっとその軽さと美しさに気に入り揃えてしまうはずです。さらには自宅の照明の輝きに疑問をもち、数ヶ月後にはバカラのシャンデリアからロブマイヤーのザッハに切り替わっていることでしょう。