前にマーストリヒトの旅行記を書きましたが、ホテルのチェックアウト日、住んでいる町であるライデンに戻る前に、どこかに寄ろうと考えていました。前日の夜まで、マーストリヒトから東にバスで三十分ほどの距離にあるオランダのアメリカ霊園(Netherlands american cemetery)という場所に寄ってから、そこから北東にバスで三十分ほどの距離にあるファルケンブルフ(Valkenburg)という村に行こうと思っていました。アメリカ霊園は第二次大戦中、オランダやドイツで命を落としたアメリカ軍兵士が眠っているところで、歴史的に興味深いと思って行ってみたいと思っていました。また、ファルケンブルフというのは洞窟や城跡で有名な場所で、マーストリヒトよりは小規模ですが、距離が近いのもありついでに訪れるにはぴったりの観光地です。
しかし、ここまで来たならドイツも近いのだということを考え始め、調べてみると、アーヘン(Aachen)に電車で一時間ほどで行けて、さらにオランダで使っている公共交通機関のカード(ovchipkaart)がそのまま使えるというではないですか。実はドイツに行ったことがなかったので、折角の機会ととらえて、ファルケンブルフなどは諦めてアーヘンに行くことにしました。
アーヘンはオランダの国境にほど近い、ドイツの縦にみて中央の西に位置しています。電車に乗っていると、出発点のマーストリヒトでは乗客の間からオランダ語が聞こえてくる率が多かったのですが、国境を越えたあたりからドイツ語が支配的になり、両者が近親の言語なので、聞いていると、どっちがどっちだかなんだか混乱してきます。
アーヘン駅に着いた印象は正直鄙びた田舎というものです。駅から繁華街まで歩いていく間はぱっとしない光景が広がります。四階建てくらいのコンクリートの建物が並び、緑も少なく、お世辞にも散歩していて楽しい風景とはいえません。それがアーヘン大聖堂を中心とする繁華街にやって来ると、雰囲気が一変し、個性的な破風の伝統的な家々や細いくねくねとした通りに並ぶ市場の屋台やカフェテラスと、活気がある街並みになります。
さて、中心地に着きました。アーヘンにはどんな見どころがあるでしょうか。
エリーゼの泉(Elisenbrunnen) Friedrich-Wilhelm-Platz, 52062
アーヘンは温泉地として古代ローマ時代から知られており、町を代表するシンボルとしてこのエリーゼの泉という建造物があります。1827年に建てられたこの古典様式の建築は第二次大戦で破壊され、1950年代初頭に再建されました。
ドーリア式の柱廊に挟まれた中央の円形の広間(ロタンダ)に二つ温泉の湧き出る小さな泉があり、温かいその水は手で触れたりは出来ますが、飲用ではありません。昔は飲用でしたが、今は成分の問題で、医師の処方なしではこの水は飲むことが出来なくなりました。
建物には観光案内所が入っていますが、他にはここに行って特に何が出来るという訳でもありません。建築も圧倒されるような美しさであったり巨大さであるわけではなく、期待して行くとがっかりするかもしれません。ドイツ語のウィキペディアを見ると、20世紀初頭の様子の綺麗な絵ハガキや飲用として温泉を提供していた様子の写真などが載っているので、参考までにリンクを貼っておきます。
アーヘン大聖堂(Aachener Dom) Domhof 1, 52062
入場は無料なのでアーヘンを訪れて、このドイツで初めてユネスコ世界遺産に登録された(1978年)大聖堂を訪れないのは大変もったいないことでしょう。小さな市場が目の前にあり、活気にあふれた通りに囲まれたこの大聖堂はまさに町の中心であるといえます。
アーヘン大聖堂の始まりは792年ごろにカール大帝の命で建設の始まった宮殿教会(Pfalzkirche)にあります。この宮殿教会の部分を中心として、周りにチャペルや塔と増築されて行き、今日のアーヘン大聖堂があります。カール大帝はまた、814年にここに埋葬されました。今ではその骨は1215年に完成された聖骨箱に収められ、アーヘン大聖堂の一つの目玉となっています。
アーヘン大聖堂には他にもカール大帝の玉座もあります。しかし、実は私はこの玉座を見ていません。玉座は大聖堂の二階部分にあり、見るためにはガイドツアーに参加しなければいけません。事前にそんなことは知らず、この記事を書く過程で調べて知ったのですが、観光のために事前に調べるということの重要性を知りました。正直、カール大帝、へえ、すごいね、くらいの気持ちでアーヘンに来て、あそこに列が出来てる、自分も並ぼう、と思って大聖堂にも入ってみただけなので、そんなに素晴らしい歴史的価値のあるものがあるとは知りませんでした。
この大聖堂、宝物館(Schatzkammer)も併設されています。チケットは五ユーロでした(2020年7月)。中では黄金のカール大帝の像やその他聖遺物などさまざまなお宝を見ることが出来ます。それほど大きくないので、空き時間にふらりと入るのにもちょうどよいです。
アーヘン市庁舎(Aachener Rathaus) Markt, 52062
外観が立派。内装も綺麗。複雑な彫刻が外壁に施されたこのアーヘン市庁舎は大聖堂のすぐ横にあり、市の中心となる観光客のアトラクションを共に形作っています。市庁舎の前の広場はカフェのテラスなどで賑わい、市庁舎の入り口から見下ろすとよい眺めです。
中に入るためにはチケットが必要で、6ユーロでした(2020年七月)。中は豪華で、綺麗に内装が整えられています。アーヘン市庁舎は14世紀にまず建てられていますが、改築や火災、第二次大戦など紆余曲折を経ています。こうした歴史ある建築は結局、昔のままとは行かないのですが、実際にどの部分がどの時代で、と調べ始めると、混乱してきます。
カール大帝のモノグラム。どこかのブランドのものみたいで、現代でも通用するデザインに見えます。
建物の内部のハイライトは訪問客が行ける最上階の「戴冠の間」ですが、そこで主に見るべきものはアルフレッド・レーテル(Alfred Rethel)によるフレスコ画しょう。19世紀に描かれたこのフレスコ画はカール大帝の英雄的な場面を想像で描写したもので、ロマンチックな想像力をかきたてます。カール大帝が生きていた時代からは10世紀ほど時代が下っているので、歴史的に正確な描写かなどを考えるのも、面白いのではないでしょうか。
食べ物 Aachener Brauhaus Kapuzinergraben 4, 52062
アーヘン名物があるかどうか知らないのですが、歩いていると伝統的なドイツ料理を出していそうな居酒屋を見かけたので入ってみたら、次のような料理にありつきました。
豚肉の脚のグリル、ザワークラウトとジャガイモのピュレ添え(Gegrillte Haxe mit Sauerkraut und Kartoffelpüree)。
恐くなるほどの肉の塊です。美味しいし、ボリュームがあり。しかし料理として洗練されているかというと、ためらわれます。調味料のマスタードも袋入りのものでした。それが必ずしも悪いわけではありませんが、そうしたざっくばらんさを覆すほどの驚きをもたらす味でもなく。
店は表通りに面していたこともあり、かなり繁盛しており、店員も外国人慣れしてる様子でした。
まとめ
なんとなく行ってみたアーヘンですが、その歴史は古く、本当に楽しみ尽くすためには下調べが必要であると実感しました。しかし町は広くなく、せいぜい四、五時間の滞在でしたが、町の見取り図のようなものは頭の中に描けました。一度行ってみた身として、もし今後行かれる方にアドバイスするとしたら、最低限アーヘン大聖堂についてだけはじっくり下調べをした方がいいのでは、と思います。アーヘンの観光はカール大帝をキーワードとしており、その足跡が色濃く感じ取れるのはとりもなおさずアーヘン大聖堂だからです。
今回滞在が数時間と短かったこともあり、アーヘンの潜在能力を十分には引き出せなかった気がします。上でご紹介した場所だけがアーヘンの見どころではないので、もし訪れる際は下調べをすることをおすすめします。ただ街歩きをして楽しい町というのもあるのですが(たとえばマーストリヒトがそうでした)、アーヘンからはそうした印象は受けませんでした。ただ何も知らずに歩いているだけでは鄙びた田舎町で中心部だけ妙に賑わっているなという印象です。歴史を知らずして、この町を楽しむことは難しいでしょう。