みなさま、ご無沙汰しております。オランダ在住のまだらの牛です。
仕事が忙しくなり、なかなか執筆の時間が取れないでいました。どれくらい忙しかったかというと、夕方五時に仕事が終わり、五時半から上司とカフェでビールを飲みながら会議をして一時間ほど過ごし(会議自体は15分で終了)、七時半から九時までまた別の会議をズームでやるといった日がたまにあるといった調子です。つまり、別に忙しくないのですね。
ビールを飲みながら会議をするというのは一体どんな職種なのか。秘密です。みなさんがオランダに来たらお教えしましょう。
本題に入ります。
「オランダに来て砂丘を見ずに帰るべからず」と私は声を大にして言いたいと思います。
思えば、オランダに来ることが決まって、オランダ語の勉強をし始めた時に、買った教科書で砂丘(duin)という語に出会ったのが、オランダの砂丘というものとの最初の遭遇でした。どうして、初級や中級レベルの教科書で「砂丘」などという単語を覚えなければならないのか。教科書には他にもオランダは低地なので、水をくみ上げて作られた国であることを説明しようとして、「ため池(boezem)」だとか「干拓地(ポルダー: polder)」とか、「水門(sluis)」だとか、少々専門的な語彙が並んでいました。こんな語彙、日本で一年日本語で生活して、下手したら日常会話で一年に一回も出ることがないでしょう。
エスキモーには雪を指す単語が幾種類もあるというふうに、言語によって他の言語には存在しない言葉があったり、頻度が大きく違ったりするということは外国語を学習するのが好きな人なら常識のことです。例えば、日本語学習者ならばどこかの段階で「こたつ」などという単語を覚えなければならないでしょうし、それに出会って、「?」という気持ちが湧くのも想像できます。大量の単語を覚えなければならない言語学習の途中で、母国語では大して重きが置かれていなかったり、存在しない言葉を覚えるのは時にはストレスになります。しかしそうした所にこそ、異なる文化との遭遇という点において、面白みがあるのだともいえます。
「砂丘」という単語を聞いて、読者のみなさんの脳裡に浮かぶのはどのような情景、イメージでしょうか。鳥取砂丘? 安部公房の『砂の女』? デビッド・リンチの『デューン/砂の惑星』? 『スターウォーズ』シリーズの砂漠の惑星タトゥイーン?
「砂丘」「砂漠」「砂」といった単語にはどこか寄る辺のない、見捨てられた、そこでは生きていけない不毛の土地というイメージが付きまといます。だからこそ、なんども文学や映画で取り上げられて、印象的なシーンをみなさんの頭の中に刻み付けるのです。もし、朝目が覚めて自分が見渡す限りの砂丘の中にいたらどうしよう。多くの人はそんな状況を体験することは一生ないでしょうが、絶対そんなことにはなりたくないと思いながらも、少し魅力的に感じることも事実です。太陽が照り付け昼間はおそろしく暑いのに、夜はまた信じられないくらい寒くなる砂漠のイメージ。どうしてこれがそんなに魅力的なのでしょう。
真ん中奥に見えるのはSoefi-tempel。1970年に建てられたスーフィズム(イスラム神秘主義)の寺院です。二度ほど門の前まで行きましたが、普段一般公開していないのか閉まっていました。
こうやって「砂」のイメージを煽っておいてなんですが、オランダの「砂丘」にそうしたものを期待すると肩透かしを食らいます。オランダの砂丘の隅々まで知っているわけではないので、偉そうなことは言えませんが、少なくともライデンからハーグにかけての緯度にある、海岸線に沿って延びている砂丘は、緑が生い茂り、「砂」のイメージを持ってそこに行くと、「え、これが砂丘?」と驚きます。しかし、足元をよく見ると、確かに地面は砂で構成されています。しかしそこに逞しく緑が生い茂っているのです。
このささやかな記事の目的は、日本人がオランダを訪れるとしたら主にアムステルダムなどの都市部に限られると予想されるので、それだけではないかの地の魅力的な風景について知らしめるためにあります。みなさん、ぜひオランダに来たら都市部は放っておいて、田舎の方に行ってみてください。どこまでも緑のポルダーの上に、牛や羊が草を食んでいる風景に出くわします。そしてそれだけです。電車で風景を見ているといやになるほど単調です。牛、羊、煉瓦造りの同じ形の家、サイクリングロード、たまに森、ヤギ、牛、羊、オーク、柳、ポプラ…。もうずっと同じ光景なのです。
そうした光景にしかしすこし変わった彩を添えてくれるのが海岸であるといえます。そこに行けば、見渡す限りの北海の大海原に、遠くの方に大きな船が並び、天気の悪い日には異常に強い風によって飛行が妨げられ、夢の中で走っている人間よりも前に進むことができないでいるカモメ、天気の良い日には、お腹に脂肪を貯め込んだ一家の主が同じ体系の妻や子供を従えてパラソルの下で、先祖伝来の白い肌をタコのように赤くして、心行くまで自分はリラックスしているのだと思い込もうとしている様子を覗くことができます。海岸に平行に走った通りにはアイスクリーム屋が数十メートル間隔で並び、ピスタチオアイスを舐めている子供が黄色い声を上げ、駐車場からはサーフボードを脇に挟んだ二本足の動物が、眉間にしわを寄せて遠くの波に視線を走らせ、仲間と早口で今日の波がどうだとか、言葉を交わします。
これらはすべて夏の出来事です。筆者がこの記事を書いている九月の終わりではもうビーチには人が少なくなり、それこそサーファーくらいしかいないでしょう。世界各国の旗が並んで立った大きなホテルが点在するノールドウェイク(Noordwijk)を歩けば、コロナ禍の夏であったにもかかわらず、ドイツ語の会話(多くのドイツ人がそこを半分自分の国のように思って訪れているのです)が聞こえて来たのもすでに一か月以上前のこと。
カトウェイク(Katwijk)のビーチの中心部
オランダを訪れてぜひ訪れてほしいビーチは今のところ、私の知る限りではノールドウェイク(Noordwijk)、カトウェイク(Katwijk)、スヘフェニンゲン(Scheveningen)の三つです。私の住んでいるライデン(Leiden)から比較的どれも距離が近いからおすすめしているのに過ぎないのですが、北海に面したオランダの海岸線の丁度真ん中あたりにあり、外国から来た人にもアクセスが割といいのではないかと思います。特にスヘフェニンゲンはオランダの行政の中心デン・ハーグの一部であり、オランダの黄金時代から近代にかけての画家が好んで題材にする風景でもあります(例えばハーグにあるMesdag Collectieという美術館の創設者のヘンドリク・ウィレム・メスダハ[Hendrik Willem Mesdag]は好んでスヘフェニンゲンの風景を描きました)。
この三つのビーチは北から南にかけて(ノールドウェイク→カトウェイク→スヘフェニンゲン)ほとんど途切れることなくビーチが続いています。数十キロに及ぶ海岸線はほぼすべて砂浜になっており、訪れた客はそれぞれのビーチの中心部分だけでなく、少し離れた場所でも海水浴を楽しむことができます。そしてそれこそ、私がおすすめしたい点なのです。
砂丘のサイクリングロード
途中にいくつかあるビーチへの入り口。サイクリングロードからアクセスできるこうしたビーチは穴場スポットで、中心部に比べ人が少ないです。
ビーチから砂丘を見た眺め
もし、自転車があれば砂丘をサイクリングしてください。夏から秋にかけては延々と続く野バラに、可憐な黄色や青い花、それからduindoorn(砂丘の棘)と呼ばれるオランダの砂丘の独特な植物のオレンジ色の実が目を楽しませてくれます。
duindoornの実。食べられます。甘酸っぱいです。
砂丘サイクリングロードの入り口
観光で訪れて自転車に乗るのは難しいと思うかもしれません。筆者のおすすめするのは中古の自転車屋に行って100ユーロくらいの自転車を買い、帰国時に売ってしまうことです。オランダでは中古自転車の需要が結構あり、100ユーロで買ったものは同じ店に持って行けば30ユーロくらいで売れると思います。昔自転車屋にそう聞いてうろ覚えですが。オランダで自転車に乗らないというのは非常にもったいないと思うので、ぜひ何かしらの手段で自転車を手に入れて、サイクリングしてみてください。安い自転車(といっても個人売買ならともかく店で買うとどうしても90ユーロくらいはしますが)でも日本の自転車に比べ驚くほど速度が出ますので楽しいです。また、日本では足が地面にしっかり着くくらいの自転車をすすめられますが、こちらでは爪先が着くくらいで載っている人が多いです(なので、信号待ちの時など、段差に足を乗っけたり、一旦降りたりしている人をよく見ます)。その分、速度も出やすいのですね。
いかがでしたでしょうか。今の状況(コロナ)では、オランダに旅行しに来ることは難しいと思いますが、いつか訪れた際は是非砂丘のサイクリングロードを旅程に入れてみてください。