三年で中国語がどれだけ上達するか

一人暮らしの教科書

 

南京の大报恩寺、博物館だが仏教テーマパークといった感じの場所である。以下、画像は本文に直接関係はない。

 

中国に行ってみたことがある方はご存じだと思いますが、あの国では英語ができてもほぼ役に立ちません。外資系のホテルなど格の高いホテルに止まればもちろん英語ができるスタッフはいますし、中国に英語の堪能な人は腐るほどいるでしょう。しかし観光地でも英語での対応ができない人がほとんどですし、レストランなどで英文のメニューが併記されていても店員と英語でスムーズに交流ができるとは思わないほうがいいです。私も中国で行ったことのある都市は北京と、寧波、杭州、上海、蘇州、南京、厦門ぐらいと非常に限られているのですが、どこでも中国語が出来なければここで暮らし続けるのは難しいと感じました。短期の観光でも屋台をひやかしたり、レストランでスムーズに中国語で注文ができると旅の楽しみが広がります。信じられないほど混み合ったレストランで自分の番号を呼ばれた時に、電光石火で反応し、人混みをかけ分けて、ウェイターにアピールするくらいの中国語の聞き取り能力と積極性があれば、短期の旅行であればもうきっと困ることはないでしょう。

そう、「積極性」と言いましたが、中国語が出来るようになるというのは同時に今までの自分の性格から一歩外に踏み出ることでもあるのです。言葉というのは単に単語と文法が頭に入って、それを基に作文ができればおしまいというわけではありません。どの言語にもその言語に相応しい話し方や所作があるものです。はじめて中国を長期滞在する目的で訪れたころ、中国語はもちろんその文化についてもよく知らないまま来てしまったのですが、街の人々の声の大きいことや、店員が乱暴であること、聞き返すときに「あ?」と喧嘩でも売っているような態度であることなどに、怖気づいた記憶があります。なんて国に来てしまったのか。街はあちこち工事中で砂ぼこりが立っているし、電動バイクがひっきりなしにクラクションを遠慮なしに鳴らしながら歩行者を轢く勢いですれすれで横を通っていきます。しかしこれが二年後、帰国するときに空港の近くのホテルで、ドアのたてつけが悪くブザーが鳴り、何度目かに清掃のおばちゃんがやって来た時に、力を入れてただ引けばいいのだと怒られ、ドアの後ろにはそっと閉めるように注意書き(「轻手关门」)があるのを発見した時、なんとも言えない快感を覚えるようにまでなりました。日本だったら決して起こらないだろう(ですよね?)、こうしたサービスの悪さと理不尽さを楽しめるようになったのです。

寧波の夜景

 

ですので、まず精神的な面がその国で快適に過ごすために影響します。しかし思えばどうして自分はそうした余裕を得るようになったのか。それは中国語の勉強を通じてなのです。その国の言語を勉強していると、どうしてもその国に愛着がわいてきます。何を言っているのか分かるようになりたい、それだけでもう外国語学習の第一歩が踏み出されていると言ってよいでしょう。逆にいえばここで何もそうした好奇心が働かないようであれば時間の無駄かもしれません。外国語を勉強している人にとっては、相手の言うことが聞き取れて自分もちょっと長い文が言えた、といった些細なことだけで嬉しく、気分がよくなるため、相手にちょっと怒鳴られようが、「ああ、あのおばちゃんの言うことがちゃんと分かったなあ」とむしろ嬉しく思うようになるのです。

進歩というのは上記のように、精神的な面もありますが、それは二年間の中国の滞在で身に着けたものでした。そこから帰国後一年間、乗りかかった船なので中国語の勉強を続け、HSKという中国語の検定で一番有名なものの一番上の級である六級を受け、87%の得点率を得ました。 HSK6級はTOEICと同じように得点だけ出て合否は出ていないのですが、60%取れていると一般に合格と見なされるようですので、余裕をもって合格したことになります。この六級87%がどの程度の実力かと言いますと、ニュースに出て来る単語はほぼ分かる、常套句に引っ張られ、自分の言うことをうまく表現できないもどかしさなどはあるが、中国人と長い会話を楽しめる(ネイティブ同士の会話で分からないことは当然ある)、といったものでしょうか。これだけ出来てから中国に行っていればもっと楽しめたのに、と思うくらいの語学力です。多分、今中国に行けば困ることはたくさん出て来るでしょうが、対応するための基礎体力はついていると思います。

上海

 

さて、それではこれくらいのレベルに三年間で到達するにはどうすればいいでしょうか。この間の勉強で自分で有効だったと思う方法をいくつか挙げてみたいと思います。

  • シャドーイング

一にも二にもシャドーイングです。中国語ほど音声が大事な言語はありません。実際に現地に行くと普通話(標準語)でない発音の人も大勢いますが、普通話の発音で勉強して行けば、相手の訛った発音も類推できるようになります。ですので実際そんなにきれいな発音で話している人はいないから、などと言わずに自分もアナウンサーのように綺麗な発音でひとすらシャドーイングしましょう。個人的には中国語に関してはシャドーイングのほうがディクテーションよりおすすめです。ディクテーションは時間がかかり過ぎますし、何より自分で発音するということが大事だからです。

教材ですが、自分のレベルにあっていればなんでもよいです。ボリュームということで言えば中国の教科書を使ったほうがたっぷりあってよいと思います。私は会話表現をまず優先していたので北京語言大学の『汉语口语速成』という教科書をまず「基础篇」「提高篇」「中级篇」とどれも分からない単語がなくなり、教科書を見ずにスムーズにシャドーイングが出来るまで繰り返しました。このシリーズには「入门篇上下」と「高级篇」もありますが、前者のレベルはすでに日本の教科書なので到達済みで、後者は音声が確かカセット別売りのような不便なものだったので、やりませんでした。

これが終わったあとは、同じ北京語言大学の「发展汉语」シリーズの「综合」をやりました。「听力」「口语」もあるのですが、そこまで手が回らず、「综合」だけに集中しました、「初级」は飛ばし、「中级」「高级」を同じくシャドーイング中心に勉強しました。問題も色々あるのですが、そこは完全に無視してテキストのシャドーイングだけをしていました。

確か『汉语口语速成』を一年目の後半から、『发展汉语』を二年目から三年目の前半にかけてやっていました。そこまでの私の勉強はシャドーイングだけをやっていて、他に『3パターンで決める 日常中国語会話ネイティブ表現』(于美香・于花、語研)をイヤフォンで聞きながら、散歩中にシャドーイングをしていました。

厦門

 

  • 作文

『標準中国語作文』(長谷川寛・張世国、東方出版)がおすすめ

HSKを受けようと決めてから、作文を始めました。HSKは聴解、文法・読解、作文の三部構成です。文法・読解は過去問を解くだけでよい。聴解はこれまでのシャドーイングを続け、過去問を解き、過去問もシャドーイングする。するとあと対策すべきは作文だけです。

作文にはまず、『標準中国語作文』(長谷川寛・張世国、東方出版)をやりました。古い本なのですが、作文とともに文法を体系的に勉強することができます。文法といっても中国語の文法は活用も時制もないし、日本語と語彙もかなり被るので日本語から出発して中国語作文をするのはヨーロッパ言語と比べて簡単だと思います。

作文というのは、今までシャドーイングで受け身の形で蓄積してきた表現を今度は自分でアウトプットする練習です。全88課あって一日一課やれば三か月かかるのですが、二課ずつぐらいやって半分の時間で終わらせ、さらにもう一周ぐらいはしたはず。この本のいいところは一問にたいして、解答が三種類あるので、理解が深まりやすいことです。三種類別々の人の解答なので、それが全部一致しているなら、この言い方しかありえないんだということが分かりますし、ずれているならより自分の覚えやすい表現を覚えることができます。

日→中作文をすればよい

これが終わると、次は過去問を解きました。添削してくれるような人は身近にいなかったのですが、結果的にネイティブの添削というものはまったくなしで乗り切りました。HSK6級の作文は10分間で1000文字程度の文章を読み(メモは取れない)、それを35分間で400文字程度に要約するという試験です。私の場合、いきなり過去問を試験のようには解かず、模範解答の日本語文を中国語に訳すというステップから始めました。ありがたいことにHSKの公式過去問集には模範解答の日本語訳がついているのです。訳したあとにもちろん中国語バージョンと比べ、写して行きました。一度自分でアウトプットするという過程が大切で、うまく訳せなかった部分を意識しながら中国語で写して行くと進歩します。元の1000文字程度の中国語の日本語訳もついていますので、それの日本語訳を中国語に翻訳するという練習もしました。このように、添削してくれる人がいなくても、やりようはあるものです。HSK6級の作文のスコアはこれで82%でした。決して高いとは言えませんが、誰にも添削してもらわずともこのくらい自分の工夫次第で取れるというのは、一つの実例として、中国語学習者の方にとって参考になるのではないでしょうか。

最後にはもちろん過去問を、試験に合わせ、十分間で読み、三十五分ほどで要約するという練習もしました。しかしこれは、その前の日→中作文積み重なった基礎の上の、最後のダメ押しに過ぎません(試験慣れ、という意味では欠かせませんが)。

このほかにもyoutubeで中国中央电视台(CCTV)を見たりなどしていました。CCTVは中国政府の御用メディアですので、「一帯一路」政策を広告する番組などを流していますが、素直に見ると案外面白いものです。字幕が大抵ついていますので、話が分からなくなる心配も少ないです。抗日ドラマなどもこれで見ることが出来るのですが、最近の抗日ドラマには、ファンタジー要素が入っているものもあり、単純に娯楽として楽しめます。そんなの、あり得ないだろ、と突っ込みながら見ることになりますが、歴史の奥深さに思いをはせることにもなります。中国というのは近くて遠い国と言われますが、実際に二年間現地で暮らしてみたことのある身としては、手放しで褒めることはできないですが、妙に気になる国、底知れない力を感じる国という印象です。しかし私も中国語を全く学習しないでいたのであれば、そういった感想を持つに至らなかったでしょう。発音の難しさはありますが、日本人であれば漢字を通してすぐに上達します。中国本土の簡体字ははじめとっつきにくく違和感がありますが、慣れるとメモを取ったりするときに便利で、日本語でもそっちを使ったりするようになりました。ある程度真剣にやれば三年で以前の自分では思いもつかなかった世界への扉が開けるのですから、語学は止められません。仕事でちょっと中国と関係があるといった方は多いと思いますが、中国語学習、とりあえずHSK6級合格を目安にやってみませんか。中高で英語を6年間やってみても全然できるようにならないというのは、英語教育の問題点などをあげつらう、ありふれた愚痴ですが、私はそれならばいっそのこと中国語をその半分の期間でもやったほうが、漢字の利のある日本人にとって、英語よりはるかに益のある試みのように思います。

 

 

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