「買ってはいけない」などのトンデモ本を読む前に、基礎知識として覚えておきたいのがこの『食品加工貯蔵学』です。
本間 清一 (編集)、村田 容常 (編集)『食品加工貯蔵学(新スタンダード栄養・食物シリーズ7)』、東京化学同人、2016年。
元々は栄養士や管理栄養士を目指す学生、または食品学・栄養学を履習する学生に向けた専門書ですが、内容が読み進めやすく、高校生物・化学基礎程度の知識でもある程度、理解できる内容になっています。
第一部は食品の加工、第二部は食品の貯蔵、第三部は食品の加工貯蔵中における変化、第四部はバイオテクノロジーと食品、第五部は食品の表示と規格という構成になっています。
正しく順を追って学びたい人でなければ、どの部から読み進めても良いです。今日の記事では筆者が興味のある部分を切り取って紹介したいと思います。
第一章 食品加工の目的、意義、原理
この章では基礎的な食品加工について解説していますが、興味深いのが「加工法」として篩別(しべつ)、粉砕、研磨、磨砕、遠心分離、炉過、撹拌(かくはん)、圧搾(あっさく)、高圧処理、加熱、冷却、乾燥と加工方法の主な目的を分類して表にしています。例えばソムリエの試験勉強などで、「圧搾」などブドウの加工を覚えますが、このような食品加工の基礎知識があると、別の分野の勉強でもスムーズに理解できます。
次の項では醸造、発酵、微生物発酵、植物発酵、動物発酵など発酵の種類も紹介しています。これらはワインやウイスキーの基礎的な部分、また味噌やチーズの乳酸発酵、紅茶の茶葉が持つ酵素による分解など、様々な発酵を体系的に勉強することができます。
第二章 植物性食品の加工
この章では小麦の加工や、大豆、果実の加工について触れていますがb.果実飲料には、ジュースについての記述があります。知っていそうで知らなかったのが果汁の分類で、天然果汁(果汁100%)、果汁飲料(果汁50%以上100%未満)、果汁飲料(ネクター、果汁を破砕し不溶性固形物を含む状態)、果汁入り清涼飲料水(果汁10%以上50%、未満)、果粒入り果汁飲料(ミカン、果肉片など固形物30%行かで果汁を混合)など、一口に「ジュース」と表現される果汁飲料にも法令によって様々な分類がされていることが分かります。濃縮果汁や褐変(酵素的褐変)によるアスコルビン酸(ビタミンC)の添加、またb.クリマクテリックライズには収穫後の貯蔵期間と呼吸もしくはエチレン生成量の関係図にも触れています。
エチレンガスの放出は野菜の鮮度管理だけでなく、生花の鮮度にも影響します。ここでは書いてありませんが車の排気ガスにもエチレンガスが含まれていて花が劣化するという文献を読んだことがありますが、様々な分野の本を比較して読んでいくことで偏りが少ない知識を得ることができます。
第四章 油脂およびその加工品
この章では油脂の加工について触れています。圧搾や製造方法、しばし植物油脂のパッケージに記載されている「オレイン酸」などの脂肪酸についても書かれています。しかしトンデモ本で大人気な「マーガリン」については簡単に触れている程度で、トランス脂肪酸については触れておらず、製造方法や原料について簡略的に紹介されています。
味の素を始めとするうま味調味料である「グルタミン酸ナトリウム」についても抽出方法と歴史について少し触れている程度で、教科書にも使われることもあってか著者や出版社は中立の立場を取っているようです。
第六章の「新しい加工技術」からは食品学や生物学の範囲から工学的な分野に移ります。食品製造システムのエクストルージョンクッキングという機械、高圧加工技術、通電加熱技術など実際に製造加工業で用いられている機械について解説がされています。
第八章 貯蔵法各論
第八章からは食品の貯蔵という興味深い分野となり、読み物としても楽しめます。乾燥と食品成分の品質。水分活性とカビの生育、酵母の生育、細菌の生育のグラフなど相関関係。冷凍貯蔵の項目は、家庭で精肉や鮮魚の冷凍がなぜ上手にいかないか理論的に理解できるようになっています。冷凍焼けの原因、急速冷凍の必要性なども分かります。
食品衛生の範囲では、加熱殺菌や高温短時間殺菌から加熱しない方法である、燻煙、オゾン水など様々な殺菌方法が記載されています。保存料に関しては主に成分の紹介と法令に関することを中心で、生理活性や代謝など生物学的な観点からの説明は省略されているように見えます。食品加工と保存料については切っても切り離せない分野ですので、もう少し踏み込んで解説が欲しい所です。
第十章 成分間反応
ここでは様々な食品の成分間反応や食品の化学的変化について書かれています。特に興味深いのが10・5アミノ-カルボニル反応と香気成分形成。ここでは図のようにアミノ酸の加熱による香気成分の変化について記述があります。
例えばアミノ酸のバリンは100度加熱でライ麦パンのニオイ、180度では刺激性のチョコレートのニオイ。フェニルアラニンはスミレの花のニオイから、180度ではスミレやライラックの花のニオイなど変化は様々で、体感的にしか知り得なかったことが加熱による脱酸素反応や加水分解によって変化するという事が紹介されていて中々面白いです。
第一四章 植物性食品とバイオテクノロジー
酵素、微生物利用とバイオテクノロジーでは酵素のスクリーングなどに触れて、遺伝子組み換え技術に、そこから植物性組織培養に移ります。遺伝学の植物の交配や、交配によった新しい野菜品種の作り方について紹介しています。
アンチセンス法による遺伝子発現の抑制など、DNA、mRNAの転写翻訳など細胞生物学に触れつつ具体的な手法について書かれています。除草剤に耐性でかつ害虫にも抵抗性をもった品種、安全性の評価などから著者は、遺伝子組み換えに対して推進的な立場であると言えそうです。最後の章は食品表示やJAIマークなどについて触れて締められています。
「食品加工貯蔵学」を齧ってみた感想は
本書を読み流しして齧ってみた程度の感想ではありますが、気になっていた痒い部分に手の届くような、新しい知見を得るのにお勧めできる本だと思います。専門的で難しすぎる部分と、比較的に優しく入門でもう少し踏み込んで欲しい箇所が混在しているのは否めませんがバランス良く学べるはずです。但し巷で言われているような食品の安全性については概論的な記述に過ぎず、踏み込んでいるとは言い難い部分があります。
しかし食品に対しての不安や、トンデモ本を見る前に勉強するという面では十分な内容と言えます。先日の「SNSのデマから学ぶ、未知への恐れを克服する方法」でも書きましたが、漠然とした不安は無知から生まれる事が殆どであって、「食品加工貯蔵学」のように包括的な触りを勉強するだけでも、自分が不安な部分はどんなジャンルなのか、何に対して疑問を持っているのかなど具体性を見出すことができます。
そんな訳で紅茶を飲みながらでも、ワインで酔いながらでも、休日の読み物をとしてもお勧めできます。