かつて世界を制した、英国。
18世紀半ばの産業革命に始まり、圧倒的な技術と文化をもってヨーロッパをリードしたこの国は、今尚その伝統と文化によって世界を魅了してやみません。
しかしファッションや文学、建築や工業などあらゆる分野を高いレベルで制覇していたイギリスにも、一つだけ覇権を獲得できなかったものがあった。
食文化です。
英国には食文化への無関心という致命的な点があったのです。
結果として英国は(国名は伏せますが、パリを首都とする近隣国に)ハギス帝国と揶揄されたり、あるいはグランドツアーに出たイギリスの青年が美食天国のイタリアから帰ってこないという由々しき事態の対処に追われたりすることとなりました。
〜英国の食は素晴らしい 〜
英国政府が展開するこのキャンペーンをもって、「食文化後進国=英国」は終焉を迎えるでしょう。
さあ伝統と高い文化を持つ英国が、どのようにして新しい食の歴史を切り開いていくのか。じっくりと見ていきましょう。
今までフィッシュ&チップスしか食べたことのないあなたにこそ、この記事を読んでいただきたいのです。
“The Dinner” 英国大使公邸でディナーパーティを
今回私はたいへん光栄なことに、ウォーターフォード・ウェッジウッド・ジャパン株式会社が英国大使館にて開催したTHE DINNERというパーティにお招き頂きました。
このパーティは先ほど紹介した、英国政府の展開するキャンペーンの一環として、かの有名な英国のテーブルウェアブランド「ウェッジウッド」が開催したディナーパーティです。
わかりやすく言うのであれば、ウェッジウッドの新作のお披露目を兼ねて、英国料理の素晴らしさを紹介するという企画なのですね。
7人の英国にゆかりあるシェフが、コース料理をそれぞれ一品ずつ担当するという形式もまた斬新です。
会場は英国大使公邸。この素晴らしい建物にお邪魔できると言うだけで光栄な限りですが、さらに当日はウェッジウッドの貴重なコレクションの数々まで見せていただけるという、素晴らしい企画でした。
おっと、ウェッジウッドの魅力を語ってしまいそうですが、長くなってしまいますのでこちらは後でじっくりと。
今回は料理について紹介していかなければなりません。
ウェルカムドリンク – 心躍る英国産スパークリングワイン
会場に到着するやいなや、華やかなフルートグラスでスパークリング・ワインが手渡されました。
上品で透き通ったゴールドときめ細やかな泡。しかしそれはパーティの定番、シャンパーニュではありません。私たちからすると珍しい、英国のスパークリングワインだったのです。
グラスを傾けた瞬間に舞い上がる白い花の香り。その色合いにぴったりな爽やかな酸味。どこまでもフレッシュなのに、口当たりはまるでヴィンテージのように滑らか。そして極め付けはりんごの蜜のような優雅な甘みです。
これにはすっかりやられてしまいました。シャンパーニュとフランチャコルタが真っ青になる姿を図らずも思い浮かべてしまいましたね。
2011 Berrys’ English Sparkling Wine (Gusbourne Estate)
2017年のインターナショナル・ワイン・チャレンジでゴールドメダルを受賞したこのワインは、イングランドのケント州で栽培された純粋なシャルドネを使って作られています。
BERRY BROS & RUDDはロンドンに300年以上にわたって店を構える英国王室ご用達のワイン&スピリッツ商。私は恥ずかしながら、こんな歴史あるワイン&スピリッツ商が英国にあることを初めて知りました。
カナぺ – 繊細かつ濃厚な世界
さて、立ち飲みのスパークリングワインと一緒に楽しむのはカナぺです。英国の数々のホテルで料理長を勤めたタニア・キャッソンさんが生み出したのは、小さくも広大な味覚の世界と言えるでしょう。
鱒のスモークとワサビをサンドしたケシの実のマカロン。これはマカロンならではの軽やかな口どけと、深みのあるスモークの香りとのコントラストが新しい。某国を代表する焼き菓子であるマカロンの常識をピリッと「さび」の効いたブリティッシュ・ジョークで覆した、シニカルな芸術品ですね。
山羊のチーズケーキとレッドオニオン。山羊のチーズの濃厚さと、奥深く風味豊かなレッドオニオンの風味。ロンドンのパブでペールエールを片手に食べる軽食を、英国大使館でスパークリングワインと共に食べるカナぺに昇華した一品、なんて私は説明するでしょう。
そしてグースと栗のチポラータ。グースはガチョウのことで、日本ではあまり馴染みのない食材かもしれません。グースは少し臭みのある肉といわれていますが、このカナぺではむしろ豊かな香りと感じるほど。
このチポラータ・ソーセージは栗との組み合わせで驚くほど滑らかに仕上げられていますが、この美しい組み合わせのバックグラウンドにあるのはむしろ、これまで軽んじてこられた英国の伝統料理なのではないか、と思います。
それにしても、なんと繊細で濃厚な料理なのでしょう。カナぺにしておくにはもったいないほどの世界を、まだ席に着く前に頂いてしまいました。
一品目 – シノワズリが料理になったら
さて、いよいよ席についてコースの始まりです。私が着席したのは奇遇にも、ウィンザーと名付けられた席。その日私がほんの少しだけ身につけていた香水は、英国王室御用達の香水 D.R. HARRIS がエリザベス女王をイメージして作ったコロン、ウィンザーでした。
一品目は(後になって思うところでは)このパーティで最も挑戦的な一皿でした。
それもそのはず使用されたプレートがウェッジウッドの新作で、デザイナーのジャスパー・コラボレーションして生まれた「シノワズリ・ホワイト」だったのですから。
シノワズリすなわち東洋趣味の名の通り、東洋をイメージする模様が全面に描かれたこのプレート、料理を盛り付けるには大変難しい一品。
担当した与儀周成シェフは、これに「早春のカルボナーラ」と名付けた料理をデコレーションします。
数種類の風味豊かなソースと春野菜、そしてしっかりと味を染み込ませた生卵が織りなすこの一皿は、シノワズリ・ホワイトと相まって非常にオリエンタルな雰囲気、そして味わい。
何よりもソースの和え方によって絶妙に変化していく味わい、これが面白い。それはまるで英国人が思い浮かべる遥か遠くの東洋のように幻想的で、そして儚いのですね。
もしもシノワズリ、東洋趣味をそのまま料理に表現したら? 私はきっと、この一品を思い浮かべるでしょう。
二品目 – 英国と日本のマリアージュ
この料理には感服しました。
実は私も一度泊まったことがあるのですが、千葉県にある鴨川グランドホテルのレストラン THE GUNJO RESTAURANTの料理長・浜村浩一シェフが生み出した一品。
アカムツの生ハム、うまみフォームと鴨川野菜。なんとシンプルなネーミングでしょう。しかしこの中には数々のマリアージュが隠されているのです。
まずはアカムツの生ハム。鴨川の食材の魅力を知り尽くした浜村シェフは、鴨川のアカムツを主たる食材にセレクト。しかしそのアカムツをソテーにするのではなく、生ハムに仕上げにしているのです。ここに英国的なニュアンスが入っていますね。
そしてうまみフォームです。これは驚くことに、日本のかつお節とウェッジウッドの紅茶のフレーバーをミックスしたもの。しかしこれが驚くほどよく合い、アカムツを引き立てています。
そもそもかつお節の香りはうまく使用すれば非常に繊細で上品なものになります。そこに紅茶の青っぽさと華やかさを合わせることで、これまでにないマリアージュを生み出しているのですね。
鴨川野菜はその新鮮な食感で料理に深みを与えています。
戦後に初めてアレクサンドラ王女が来日して以降、国家的にも文化的にも深まり続ける日英の関係ですが、食の分野でこれほどまでに寄り添ったのは、今回が初めてかもしれません。