「あの人はお洒落だね!」
と言われる人の特徴とは何でしょうか。
実はお洒落という概念は非常に曖昧です。そしてその曖昧さゆえ、お洒落というものが理解できず「もう良いよ!」とあきらめてしまう人がいたり、お洒落を少し間違えてしまい、周囲の人に白い目で見られてしまう人もいるわけです。
それでは、結局お洒落な服装とは何なのでしょうか?問題はそこです。
多くの答えがありますが、実際には以下のようなものが挙がるはずです。
- 他人から見て好印象な服装
- 大人らしい上品さと余裕が伝わる服装
- 時と場をわきまえた正しい服装
- お洒落と言われるショップで買った服を着ていること
- 一つ一つを清潔にしていること
どれもしっかりと的を得ています。間違いなくこれらはお洒落であることの条件だと思います。これらを意識して作るファッションは、本当に良い着こなしになることが多いです。
ですがこれくらいのことはおそらく殆どの人が知っています。
ですからここでは、より深くお洒落というものを理解するために、「お洒落なファッションの条件」と題して、ファッションの二大聖地であるイギリスとイタリアの人々の考える「お洒落」を参考に本当のお洒落とは何かを考えてみようと思います。
英国紳士のお洒落
とりあえず、この問題をイギリスの首都であるロンドンに持っていくこととしましょう。
もちろん世界のジェントルマンのファッションの基礎となっている数々の名ブランドが軒を連ねるジャーミンストリートに立って、ステッキならぬフォックスアンブレラスの頑強な傘を“かつかつ”と鳴らして歩く紳士を捕まえるのが目的です。
そして見つけた英国紳士に、尋ねてみます。
「お洒落とはなんですか?」
すると彼は自分の使い古したブリーフケースを丁寧に地面に置いて、あなたの方の後ろに腕を回して、あなたよりも数十センチも上にある顔が同じ高さになるまで屈んでからこう言うでしょう。
「それはね、君。君に教えよう。それはつまり、目立たないことだよ。通りかかった人に、振り返られないことだよ。しかし君、君の着ている服はサヴィルロウ(世界的に有名な高級仕立て屋の集まったスーツの聖地)で仕立てた最上のスーツでなければいけない。そして、君はその着心地と素晴らしいスーツを誰にも気づかれずに着ている自分を楽しむんだよ。決してブランドをひけらかしてはいけない。HUNTSMAN ハンツマン(世界的に有名なサヴィルロウの仕立て屋)のタグは、スーツの裏地でもなく、内ポケットの中に付けてもらうように頼むのだよ」
これは4割ジョークですが、6割はイギリスの紳士流のお洒落をそのまま書き出したものといえます。彼らのお洒落の基本にあるのは、歴史上の洒落者であるボー・ブランメルという人物です。
この人物は男が総じて派手派手しい衣装を着ていた時、なんの装飾もない衣装を着て社交界に現れ、しかもその着こなしはどこにもケチのつけようがない、完璧なものだった。それで人々に衝撃を与え、洒落者として語り継がれるようになるばかりでなく、その後のファッションを180度方向転換させたのですね。
そういうわけで、イギリス紳士の考えるお洒落は「目立たないこと」なわけです。
目立たないことがお洒落の条件と言われると、正直なところつまらないな、と思う人は多いでしょう。実は彼らの言う「目立たないこと」というのは「全身グレーの服を着なさい」という意味ではありません。
そもそも英国紳士は割に、派手なもの好きです。
例えば百貨店のネクタイコーナーに行って、とんでもなく派手な色彩のペイズリーのネクタイを一本手に取ってみましょう。それはおそらく英国のブランドである、ホリデイ&ブラウンのネクタイです。
今度はシャツコーナーに行って、64色ばかりのストライプからなる恐ろしく使いにくそうなドレスシャツを手に取ります。そっちの色あせたちょっとお洒落なストライプの組み合わせのシャツではありません、そっちはフランスのシャルベというブランドです。話をしているのはその横の原色なストライプを組み合わせた恐ろしいシャツです。それは英国の王室御用達シャツである、ターンブル&アッサーです。
しかし派手物が好きだからといって、彼らが手に取るものに例ブランドロゴが大きく入ったTシャツやベルトなどは含まれていません。
むしろGAのマークが大きく入ったTシャツを着ている人に、英国紳士は問うでしょう。
「ジョルジオ・アルマーニは今までになかった、ソフトな着心地のスーツを作り上げたことが評価されているデザイナーだが、君は何を体感したくてそのTシャツを着ているのかね?私ならば、彼を有名にしたスーツを着るが」
またカルヴァンクラインのロゴが入ったベルトをしている人にこう問うでしょう。
「君は、どうしてアメリカの下着メーカーのベルトをしているのかね?私ならばエッティンガー(王室御用達の革製品ブランド)のベルトをするが」
それを踏まえて、彼らのいう「目立たないこと」とはどういう意味なのか。
英国紳士のいう「目立たないこと」とは、
- 一見では分からないが、着ている本人やしかるべき人から見ればその良さが分かるような上質な服を選べ。
- ブランドロゴや突拍子もないデザインの服で「目立つ」ことによって自分を主張するのではなく、着こなしのディティールやその意味、色合わせの妙など自分のセンスを各所に忍ばせたお洒落を心がけなさい。
という意味です。
手縫いで丁寧に作られる上質なスーツを身につけ、それを自分の着こなしのルールに従って一貫したスタイルで着こなす。また休日に郊外に行くのであればツイードやカントリー調の服を着て、平日とは違った雰囲気を演出する。
そのとき、出かける先に由来のある服を着たり、その日のイベントに関係のある色柄を身につけたりするのが英国紳士の遊び心です。これをできる人は本当にお洒落だと言われます。
ちなみにイギリスのブランドのシャツが派手なのは、スーツの着こなしに一枚のユーモアを与えるためですね。そのシャツをいかに「まるで普通のシャツ」かのように着こなすか、英国紳士は苦心しているわけです。我々はブリティッシュジョークを、1人ワードローブの前で必死に考えている彼らの姿を思い浮かべるだけで吹き出してしまいそうです。
“If a man is left alone in a room with a tea cosy, and he does not attempt to wear it, he should not be trusted.”
“もしティーコジーのある部屋に一人になっても、それをかぶってみようとしないような男は信用ならないね。”
ま、それが英国紳士の義務だというわけです。
イタリア伊達男のお洒落
それではファッションの本場とも言われるイタリアの男達にとって、お洒落であるとはどういうことなのでしょうか。
ある洒落者はこう言います。
「イギリスのお洒落を、イタリア人のセンスというフィルターを通したものが、イタリアのお洒落だ」
なるほど。という感じですね。イタリアのメンズファッションといえば、赤やピンクなどを多用し、奇抜な柄物もどんどん用いるような派手なファッションのイメージがあるかもしれませんが、実はそんなことはありません。
むしろ彼らの着ているものは、地味とまでは言いませんが、非常に伝統的な、クラシックな色柄です。例えばスーツであれば彼らは紺、グレー、ベージュ、ブラウン等を好み、シャツは青シャツを用いることが多い。お洒落な人のネクタイは派手な色柄よりも、シックな無地や控えめな小紋柄であることが多いです。
しかしイタリア人のファッションが英国のファッションと同じか、と言われるとそれは違う。彼らの着ているものはシルエットがまったく異なりますし、色合わせの仕方も少しずつ異なる。またネクタイの締め方一つとっても異なるのです。
これを説明するには、やっぱり「イタリア人のセンスというフィルターを通している」というのが一番分かり易いでしょう。
イタリア人のセンスとはなにか?それは以下のようなものです。
- 他の持っていない上品ながらも新鮮さのある色彩の感覚
- 様々な分野で培われた美的感覚
- 着心地の良さを追求しながら、美しいシルエットを忘れない感覚
- アイテム一つ一つを、決め過ぎにならないよう自然にこなす技
- 真似にとどまらず、独自のスタイルを生み出す感性
そもそもイタリアのファッションは、英国で上流階級の着用するスーツやジャケットの生産国であったことから急成長しました。だからイタリアのファッションの源流はイギリスにあり、英国風がそこかしこに感じられるのは当たり前です。
しかしイタリア人はそこにいつまでもとどまらず、イタリアの気候にあったリラックスした着心地や、自然で堅苦しくないシルエットを自ら生み出してしまった。そして今となっては英国を差し置いて、世界を席巻するメンズファッションの聖地になってしまったわけです。
またイタリア人のファッションが高く評価される理由の多くは、その美的感覚が優れていることに由来していますね。
例えばイタリア人のファッションの色彩は鮮やかでありながら上品で、あたかもその色の組み合わせが定番であるかのように自然です。
これはイタリア人の多くが、自然や町並みの色にヒントを得てコーディネートをすることができるからです。
イタリア南部の都市ナポリの人々はベージュのスーツに青いシャツ、ブラウンのネクタイをしばしば着用しますが、それはまったく、ナポリの町並みにナポリ湾と地中海の青空、そしてポジリポの丘の自然の色に他なりません。
フィレンツェの人々はちょうどフィレンツェの町並みのレンガ屋根のような赤茶を着こなし、ウフィツィ美術館のルネサンス絵画のような鮮烈な色彩をアクセントとして用いることが多いですね。
またイタリア建築、イタリア車などの工業製品、リチャードジノリに代表される陶器、そして過去からの数々の遺産と慣れ親しんで生きているイタリア人は、造形美に対する理解が深い。
すると「このジャケットはもう少し裾が長い方が自分に似合う」「このジャケットの襟はもっと広い方が全体のバランスが良い」ということが自然と分かるのです。
このように、イタリア人はその「楽なもの好き」「美しいもの好き」のセンスを用いて、英国の完成された大いなるトラディショナルスタイルに、フィルターを掛けてしまった。そしてそれが、今世界を魅了しているイタリアファッションとなったわけですね。
「イギリスのお洒落を、イタリア人のセンスというフィルターを通したものが、イタリアのお洒落だ」
この言葉は大変興味深いですが、私たちはむしろ上記したそのイタリア人のフィルターの中身を参考にすることで、お洒落に近づくことができるでしょう。
日本人のお洒落とは?
さあ、そういうわけでイギリス人のお洒落とイタリア人のお洒落についてを詳しくみてきました。
どちらも非常に参考になりますが、ではどうやって日々のお洒落に生かしたら良いのでしょうか。言い換えれば、結局日本人のお洒落とはどんなものなのでしょうか?
これは残念ながら「こうだ」と言い切ることはできません。しかしもう一度最初に出したお洒落の条件を見てみましょう。
- 他人から見て好印象な服装
- 大人らしい上品さと余裕が伝わる服装
- 時と場をわきまえた正しい服装
- お洒落と言われるショップで買った服を着ていること
- 一つ一つを清潔にしていること
いかがでしょうか。最初に見た時は皆さん「まあ、確かにそうか」と思われるものが多かったと思います。しかしイギリス紳士とイタリア伊達男のお洒落について考えたあとには、こう思われるのではないでしょうか。
「それだけじゃないし、もっと奥が深くて面白いよ」
これこそお洒落になるために最も重要なこと、好奇心と向上心です。
もちろん他人から見て好印象なのは大前提ですし、時と場をわきまえた正しい服装、大人らしい上品な服装が出来て初めてファッションについて語ることができるでしょう。
しかしそれだけではありません。
「ホテルでの食事に行くときは短パンはマナー違反。できればジャケット着用」だけがファッションの全てでは面白くない。「ホテルでのランチだけど、海沿いの港をモチーフにしたホテルなので、鮮やかなブルーと白を基調にしたジャケパンスタイルにしてみよう」と、ここからが本当のファッションなのです。
いかがでしたか。
今回はお洒落なファッションの条件と題して、本当のお洒落についてを考えてみました。
ぜひ参考にして、今日の着こなしにも一工夫をしてみてくださいね。