「ネクタイはその人よりも先に部屋に入ってくる」とある洒落者が言った。
「ジェームズボンドは音無く部屋に入ってくる」。しかしジェームズボンドのシャツ、ターンブルアッサーときたら、まるきり他のシャツは持ち合わせていない堂々とした存在感と、凛とした造形美と、エキセントリックなユーモアを持ち合わせたシャツです。
イタリアに行かずしてFRAY フライのシャツも、Luigi Borrelli ボレッリのシャツも手に入るこの時代に、それでもターブルアッサーを着続ける英国紳士が多いのはただターンブルアッサーが手頃で品質の良いシャツだからではない。
それは英国紳士に求められる要素が全て揃っているからです。
Turnbull & Asser ターンブルアッサー
ターンブルアッサーは、イギリスを代表するシャツブランドです。
1885年に創業以来他の多くのシャツブランドと同じように高級シャツのビスポーク店として人気を博してきましたが、チャールズ皇太子の「王室御用達」を受け、かの有名な007のジェームズボンドが愛するシャツとなってからは、英国紳士で知らない人はいない上質なシャツブランドとなりました。
そもそもビスポークすなわち注文服が主流の英国は、多数の有名ブランドが存在するわけではありません。
例えば日本では星の数ほどのイタリアブランドの服が手に入りますし、そのグレードは日本製の普通のファッションアイテムよりもよほどクオリティの低い「イタリア製」というだけで売れるようなものから、注文服顔負けの手が掛かった既製服まで様々です。
しうしイギリスのスーツやシャツを日本で手に入れようとしても見つからない。見つかるのはせいぜいネクタイや靴、革製品など。あとはコートなどのアウター、ニットやアウトドアウェアなどですね。
注文服に敬意を払うイギリス人が、中途半端な既製服を多数作ったりしないからか、ほとんど既製服ブランドがありません。
最近になってやっとイギリスの既製服が百貨店やセレクトショップなどの別注で動きを見せ、少しずつ日本に入り始めた。GIEVES & HAWKS ギーブズアンドホークスのスーツ、NORTON & SONS ノートンアンドサンズのシャツなどですね。
しかしその動きが始まるよりもずいぶん前から、お洒落な人たちがこぞって探しており、機会があればすぐにでも手に入れて愛用していたのが、日本におけるターンブルアッサーですね。
クラシコイタリアブームの中でも途絶えることのなかった唯一の、英国の火です。
「お堅さ」に秘めたカラフルなユーモア
イギリスの服といえば、頑固な職人が作っていて、例外は一切なく、常に保守的で昔の伝統を守っている。そしてイギリスの紳士は皆それを望んでいる……。
そんなイメージがあるのも無理はありません。確かに我々が想像する英国紳士といえば、スリーピースのスーツに無地かクラシックな柄の淡色シャツに、トラッドな小紋柄のネクタイ。無地のチーフに、ストレートチップの靴といった感じです。
しかしターンブルアッサーが人気になったのは実に、その色鮮やかさと柄のデザインの大胆さが理由だったんです。
確かに写真のシャツを見てみても、世界中に出回っているターンブルアッサーのシャツを見てみても、シンプルなアイテムよりも圧倒的に複雑で面白みのあるシャツが多い。
実は英国のブランドのネクタイを見ると結構派手なものも多い。イタリア人ならば恐らく褪せたような色を使いたくなるようなところに、恐ろしく鮮やかな色を用いたりするわけです。最近人気のネクタイブランド、PENROSE ペンローズなんかを見てみると、その色彩センスがイタリア人とは違うということが分かりますね。
ポールスミスのマルチストライプは皆さんの知るところでしょう。あれは大胆で個性的なポールスミスならではの色でありながら、イギリスの色使いの中で生まれるべくして生まれた伝統的なストライプでもあるのです。
英国紳士は皆さんが思っているよりもずっと派手なものがお好き。それはトラッドの正統なファッションの中にさりげなく差し込むアクセント、もっというのであればおカタく威厳のある英国紳士の中に秘めた「ユーモア」です。
それでもやっぱり紳士的
しかしやっぱりユーモアだけでは英国紳士は成り立たない。そこにはそのユーモアに説得力を持たせるだけの正当性がなければ、それはただの道化師になってしまうわけです。
誠実さと堅実さ、そして礼儀ただしさと威厳ですね。それらを表現するのが、ターンブルアッサーの品質とシルエットです。
ターンブルアッサーのシャツに使われる生地はどんなに派手な色であっても、逆にシンプルなものであっても常に一流です。目が詰まってさらりとしたコットンは上品な装いに必要な「質量」をしっかりと持っています。
例えばイタリア製の中でもハイブランドのシャツなどを見ていると、素材が薄いシルク100%のものになったり、光沢感を重視したテロテロとしたコットンが使われたりということが少なくありません。
そういったものはセレブがパーティで着るのにはふさわしいかもしれませんが、紳士が着るべきものではない。紳士が着るべきシャツはちょうど、ターンブルアッサーのシャツのように上質でありながらも嫌みのない生地のものです。
またターンブルアッサーのシャツの襟形は絶妙です。イギリス的なセミワイドであるのはもちろん英国紳士の着るシャツの条件ですが、そのセミワイドの具合も普通のシャツとは違います。
第一ボタンを締めて真上から見たときに、ちょっと前が押し出されたような形。この襟形は胸元のネクタイをより立体的に見せ、襟とネクタイのノットに存在感を持たせてくれます。
もともと平坦な作りをしている男性の身体に立体感を作るのはネクタイですが、それを最も美しく決めてくれるシャツは、ターンブルアッサーです。世界からどれほど多くのシャツを集めてきても、ターンブルアッサーほどネクタイを持ち上げてくれるシャツはないってわけです。
もちろん細部の仕上げが丁寧で綺麗なのも、当然のこと。
イタリアシャツの世界観で語るのであれば「マシンメイド」という言葉で住まされてしまう英国のシャツですが、これら二つのシャツはまったく違う世界観を持っています。
ターンブルアッサーのミシン縫いの様子は、例えばイタリアのマシンメイド最高峰と言われているシャツブランド、FRAY フライや世界を代表するサルトリアであるBrioni ブリオーニのシャツなどに比べれば繊細さに欠ける気がするかもしれません。しかしターンブルアッサーはそこを目指しているわけではありません。
ターンブルアッサーのシャツはもっとも無駄が無く美しいシルエットを作っており、そのためにミシン縫いが必須というわけです。しかもそのミシン縫いは頑丈で、着る人が常に安心して愛用できるような信頼感がある。
まさに隙がない美しさを作るための、ミシン縫いなんです。
いかがでしたか?
今回はイギリスを代表するシャツブランドであるターンブルアッサーのシャツを紹介してみした。
英国のシャツは大変です。常にネクタイと襟が素晴らしい比率であって、美しい立体感を作り上げているか意識しなければいけない。襟やカフスにはきっちりとのり付けがされていて、完璧なサイジングのスーツの上着は絶対に脱いではいけない。
英国のシャツは常に意識して装わなければお洒落ではないのです。しかしだからこそ、それを着こなせる男はかっこいい。
そしてそれを当たり前に着こなせるようになったら、もうウェルドレッサーの呼び名は欲しいがままに。いざイタリアのシャツを着たって、フランスのシャツを着たって、当たり前のようにエレガントに振る舞えるでしょう。