数年前の話ですが、ある漁業で財を成した家に招かれて驚いた経験があります。
その家は伝統的な日本家屋だったのですが、玄関から廊下、階段、居間まで全て削り出しの無垢材で作られていて圧巻でした。私達が木目調プリントやMDF(中密度繊維板)にいかに依存しているかを実感したのですが、それと同時に、その家庭の生き方を羨ましくも思いました。玄関脇の小さな部屋から匂いがするので近づいてみると、香炉からほのかに煙が立っているのです。隣には昭和以前に組まれたと思われる桐箪笥が鎮座しています。意図的に創作されたアートではないのに、その美しさには心を動かされました。
自然の恵みの象徴である漁業は苦労は多いと思いますが、富を築き、家屋を全て自然の木で作り、陶磁器で香りを聴くというのは、お金があってもなかなかできないことだと思います。
この話は西洋文化が浸透した現代人には難しいことですが、自宅で天然の木を簡単に体験できる方法もあります。例えば最近入手したおもしろグッズの突板帳です。天然の木を一枚ずつスライスしてあり、専用のボンドで様々な場所に貼り付けることができます。
種類が多すぎるので箇条書きで紹介してみますが、以下の銘木ツキ板約100枚が収録されています。
バーズアイメープル、サテンシカモア、ホワイトシカモア(柾目・杢目)、カーリーメープル、イタヤカエデ鳥眼杢、ハードメープル(板目・柾目・杢目)、ナラ(板目・柾目)、タモ(板目・柾目)、ホワイトオーク(板目・柾目)、レッドオーク(板目・柾目)、ブナ[ビーチ]、マロニエ[セイヨウトチ]、セン(板目・柾目)、ニレ[エレム](板目・柾目)、ケヤキ(板目・柾目・杢目)、神代ニレ、ホワイトアッシュ(板目・柾目)、マカバ(板目・柾目)、アメリカンブラックチェリー(板目・柾目)、ホワイトバーチ(板目・柾目・杢目)、ブラジリアンローズウッド(ハカランダ)、ローズウッド(板目・柾目・杢目)、ソノケリン、チンチャン[手違紫檀]、黒檀(柾目・板目)、パープルウッド[パーフェロー]、ウエンジ、クスノキ(杢目・バール杢)、カリン(板目・柾目・杢目)、ブビンガ、アイリスローズ(板目・柾目)、フィリッピンナーラ(杢目)、キハダ板目、ブラックウォルナット(板目・柾目・杢目)、チーク(板目・柾目)、シルバーハート(板目・柾目)、アフロモシア、ゼブラウッド、ダオ[レオ・ニューギニアウォルナット]柾目、サペリ(板目・柾目)、ホンジュラスマホガニー(板目・柾目・杢目)、アフリカンマホガニー、マコレ、モアビ柾目、ニヤトー、シルキーオーク、メラピー、白タガヤサン、シナ(柾目・杢目)、キリ(板目・柾目)、ヒノキ(板目・柾目)、栂[トガ]、スギ(板目・柾目)、屋久杉、マツ(柾目)、イエローパイン(板目・柾目)、米松(板目・柾目)、ラーチ、スプルース、青森ヒバ、竹、桑[くわ]、ローズ人工ツキ板、チンチャン[手違紫檀]市松貼、バーズアイメープル市松貼、ニャトー矢貼、ラバーウッドブロック、タモブロック
これは本来、家具職人や建築関係者が用いる見本帳なのですが、木に興味があれば持っていて損はありません。今までローズウッドやケヤキ、桐、ヒノキなど何となく知っていましたが、スライスされた実物を手に取ると特徴がよく掴めます。リナシメントの香りマニアである、りんりん氏であればきっと一枚ずつ嗅いでチェックするはずです。私は巷のワインマニアやウイスキーマニアより、りんりん氏を信用していますが彼はジャンルの垣根を超越して貪欲に探求する姿勢があるからです。話が逸れましたが、見てよし、触ってよし、加工してよし、嗅いでよしの何でもありの突板帳です。
パラパラとめくるだけでも楽しいのですが、プロ用の未加工なので木が割れやすく取り扱いには注意が必要です。暇でしかたない人であれば、100枚の突板の下半分をオイルフィニッシュ用オイルで仕上げれば光沢が出て、ひと目で仕上げ状態を確認できます。色が薄い突板はオイルステインを用いると好きな色を入れることができます。例えば青い木が存在しないのに、青い木箱など存在する理由は後から水性の塗料で色を入れているためです。
そして本来の使い方である、見本帳をもとに大きな突板を注文をすれば、桐集成材などの木材を安価なコストで無垢風に変身させることができます。生涯使い家具であれば無垢材で作るべきですが、遊びで数年使うのであれば突板仕上げの家具でも充分に楽しめます。
実際にイギリス製のアンティーク家具はオーク材やマホガニー材の無垢材で作られていることが多いです。見本帳にも収録されているローズウッドは、近年ワシントン条約で規制されたため新品の家具で使われることはめっきり少なくなりました。もともと材木も希少で高価なので、手作り家具にローズウッドを貼り付けて、なんちゃってローズウッドというのも面白そうです。
天然ウォルナット冷蔵庫でも作ろうかな!?
天然木冷蔵庫をヒットさせて一財成そう(?)と画策している図。
木のつながりでもうひとつのネタを紹介しますが、私の最近のマイブームはこちら。
清里高原のクラフトビール「タッチダウン」の作る白樺ビート”生”です。
例年5~6月に販売開始する限定商品で、春先の一時期にだけ採取できる貴重な天然白樺の「樹液水」を仕込み水の一部に利用した珍しいビールです。
カバノキ科の落葉樹である白樺は3月から4月にかけて、春の芽吹きに備えて地中から吸いあげた大量の水分を幹のなかに保持します。この「白樺樹液水」は、ミネラルを豊富に含み、古来から人々の生活を潤してきたことから“森の看護士”とも呼ばれています。ほのかな甘味を持つことから、飲用に加えて人工甘味料「キシリトール」の原料にもなるほか、保湿力の高さから化粧品等にも利用されています。公式サイトより引用
清里高原の萌木の村では、森の中にメリーゴーランドがあり、格別のインスタ映えスポットといえます。私は十年以上前から訪れているのですが、涼し気な白樺の木に囲まれた素晴らしい村です。ビールのタッチダウン醸造所はこの萌木の村にあるのですが、かつてキリンビールで醸造開発責任者を担っていた山田一巳氏が、萌木の村創業者である舩木上次氏に誘われて設立したビール醸造所なのです。大手ビールメーカーと異なり、採算や量産よりも味わいや理想的なビール作りを中心としているので、一度タッチダウンのビールを飲むと美味しすぎて市販の缶ビールを飲めなくなってしまうのが難点です。
ただでさえ美味しいタッチダウンビールの限定品である白樺ビート”生”は、ビールとはにわかに信じられないほど爽やかで落葉樹(deciduous)の森林に手招きされているような香りがします。それも早朝の朝露でしっとりと、涼しく濡れた木々、朝6時にたっぷり呼吸をする草花のような新鮮な香りです。過去に様々なビールや醸造酒、高級な香水を試したことがありますが、この香りに似たものはありませんでした。
飲んでみると、国産の水梨を皮ごとたべる齧ったときの零れ落ちる果汁に似ているフレッシュさ。コクは少なく優しさだけで苦味は少ないです。ドイツのアルザス白ワインに似たニュアンスもあります。
少し時間が経つとリンゴの果皮、後から、ゆっくりと木の香りが出てきます(木の勉強が足りなくてすみません)。そんなわけで、もっと早く知っておきたかったNo.1の贅沢な飲み物である白樺ビート”生”、ぜひお試しください。