現代でもルイ・ヴィトンは、トランクケースはもちろん、トラベルバッグやボストンバッグなどを生産していますが、いずれもPVCで強度があり、何十年使っても壊れにくい逸品です。ヌメ革が真っ黒になるまで使われた旅行かばんを見ると、思わず感心してしまいます。
私にはいまだに旅行カバンの印象が強く、パーティー用のデザイン性の高いレディースバッグよりも、傷や汚れが付きながら相棒として使っているカバンの方が魅力的に思えます。
さて、ルイ・ヴィトンのトランクケースは種類が多く、『アルゼール』『ビステン』『コトヴィル』といったサイズ、仕切りなどによって多彩なラインナップがあります。シリーズ名の横の数字は寸法を指していて、アルゼール55であれば横幅が55センチ、ビステン60といえば60cmの横幅を指します。
製造時期や顧客のオーダーメイドによって仕様は様々で、同じ数字が付いたモデルでも厚みが異なったり、トランク横に付いたゴールドの鋳物の有無など多岐に渡ります。特注品の中には、トランクケースの中にワイングラスが”バー”のように並べれるように改造されているものなど、信じられない専用設計モデルも存在するのが面白いところです。
そんなルイ・ヴィトンのトランクケースですが、何十回と海外旅行に出かけているのに、まずお目にかかりません。この理由について書いてみます。
一部の例外か、本物の上流階級しか持てない
まずは単純にトランクケースが高価だという理由です。
現在はコンパクトなコトヴィル40でさえ、販売価格が748,000円です。機内持ち込みサイズでこの価格なので、持ち込みと預け入れの2つのトランクで200万円近く掛かってしまいます。この時点で持ち歩ける人は限られます。
次の理由は、持ち歩くのは非常に危険だということです。上下200万円のトランクケースを持ち歩いて旅行していては、目立って仕方ないですし、鴨が葱を背負っている状況になります。空港に着いた瞬間から次から次へと強盗に狙われてしまいます。
一度だけ、体格の良い男性が古いルイ・ヴィトンのトランクケースを持って空港内を歩いていましたが、退役軍人のようなムキムキの筋肉質な体格で、トランクも30年以上使っているような雰囲気でした。ここまで極端な人であればトランクケースを持っていても、誰も襲ってこないでしょうし盗難のリスクも少ないことでしょう。普通の人であれば、護衛や使用人が付いていないと危険すぎます。
グランドツアーを想定したトラベル・トランク
皆さんはグランドツアーをご存知でしょうか?プライムで配信されているジェレミー・クラークソンが司会の車番組じゃないですよ。17〜18世紀のイギリス貴族の子弟が、芸術の勉強や知見を広げるために馬車で海外を回った旅のことです。
一族に仕える家庭教師や使用人が着いて回ることもあったそうで、沢山の荷物を馬車に積んでヨーロッパ大陸を数ヶ月から数年間に渡って旅をしたそうです。特にイタリアの旅行が人気で、古代ローマの建築物や文化、ルネサンス美術、政治や語学なども勉強して回ったそうです。当時まだルイ・ヴィトンは存在しませんでしたが、このトラベル・トランクであれば、グランドツアーに用いられていたとしてもおかしくはないでしょう。
私もルイ・ヴィトンのトランクに憧れて店頭で手に取った事があるのですが衝撃的なことに、中が空っぽにも関わらず非常に重いのです!これを持って歩くなんてとんでもない。中にパンパンに荷物を詰めれば、それこそ軍人のようなマッチョでなければ歩いて持つのは不可能です。
そして何とも魅力的なことに”キャスター”が無いのです。しばしばイタリアなどで、大きなサングラスをした日本人女性が安いトランクケースを引きずる光景を目にしますが、たいてい観光バスに吸い込まれて行きます。
ルイ・ヴィトンのトランクケースを持っている人は少なくとも自分では持たずに、使用人か空港スタッフが迎えの車に乗せてくれるのでキャスターは不要なのです。
ファーストクラスの乗客の荷物は、エコノミーの乗客の何倍も積めることを御存知でしょうか。あまり公にはされていませんが、実は空港職員がファーストクラスの人の荷物を送迎の車まで移動してくれるサービスがあるのです。
私はビジネスクラスまでしか乗った事がないのですが、アラブ人の隣を空港スタッフがトランクを押している姿を見たことがあります。もちろん大きなトランクにはVIPのシールが貼り付けてありました。空港乗り継ぎの場合は、航空機のタラップ(階段)下に黒いSクラス・ロングと共に運転手が外で待機していたりすることもあります。
そのような層でないとキャスターが付いていないルイ・ヴィトンのトランクを何個も持って旅行するのは不可能といえます。
非実用的なトランクケース・シリーズ
では本当にトランクが実用的でないのか、具体的な例を挙げてみます。
ボワット・ビジュー、フランス語で宝石箱を意味するシリーズです。公式サイトには「旅先にお持ちいただける携帯用宝石ケース」と紹介されています。化粧品や、香水、マニキュアなどを避けて下さいと書いてありますが、旅行を伴にする奥様や娘さんが、観劇の際に着用する宝石などを収納する時に使うのかもしれません。箱だけで120万円なので、中に全て収納したときの価格といえば天文学的です。
ボワット・ヴァン・アン・ブテイユ モノグラム。
ワイングラスを収納できます。下の引き出しにはソムリエナイフなどを入れるのでしょうか。これに見合うワイングラスが想像できないのですが、アンティークのロブマイヤーやバカラ…?考えれば考えるほどに謎です。左はハーフボトルを入れるのか分かりませんが、ピクニックや室内で少し飲むのに向いているようです。宝石箱と同等の価格です…。
先ほどのシリーズよりも遥かに実用的(?)なマル・スニーカーというトランクです。きっとスーパースターが、世界的なライブツアーなど回るときに靴を収納するのでしょう。男性一人であればこれ+洋服ハンガーのトランク+普通のトランクで十分な旅行ができそうです。価格は高いですが、実用的な気がしてしまうのが怖いところです。価格は2000万円とロールスロイスのわずか3分の1です。
ルイ・ヴィトンの究極の象徴であるトランク――「マル・メゾン ヴィヴィエンヌ」は、中でもコレクター向けの特別なコレクションの1つとなるべくデザインされた逸品です。アイコニックなルイ・ヴィトンのトランク「マル・クリエ」と「ワードローブ・トランク」をミニチュアでそのままに再現したデザインは、メゾンの卓越したクラフツマンシップを際立たせます。トランクには、旅行中にこのドール・ハウスのすべてのパーツを保護するための専用ストレージとしてデザインされたモノグラム・キャンバスのボックスが含まれています。「ヴィヴィエンヌ」の人形の1つは箱の上部にストラップで固定することができ、もう一方の人形は箱の中にしっかりと収納することが可能です。
んん?シルバニアファミリー?
子供が自宅で遊ぶのであれば英国製のドールハウスなど、もっと可愛らしく本格的な商品があるので、これは旅行するときに子供が飽きてしまわないようにする商品なのでしょうか……。
ルイ・ヴィトンのトランクケースは種類が多いですが、本当にこれらを旅行で使う人が居るとすれば、4人家族で15~30個以上ものトランクケースを(数台の?)車に積んで旅行すると思われます。旅行で使わないのであれば家に飾っているのでしょうか。謎は深まるばかりです。
価格は727万円ですが、驚くことはありません。世の中、庶民の千倍以上、一万倍以上のお金持ちが溢れているのです、そんな人たちからすれば子供に7,270円(もしくは727円)のドールハウスを買い与えるのに等しいのでしょう。
3億円の宝くじに当たっても難しい
もし、これらのシリーズを揃えて家族で旅行するとなると”箱”だけで数億円になってしまいます。
仮に旅行している人が存在したとしても、プライベートジェット+車移動ということで見ることはできません。そんな理由でルイ・ヴィトンのトランクケースを持って旅行する人を見かけないのです。
ちなみに有楽町のザ・ペニンシュラ東京で、グローブ・トロッターを6個以上も積み上げたバゲージカート(鳥かご)を見かけた事があります。グローブ・トロッターは紙で出来ていて軽量でキャスターも付属して実用的です。小型のものであれば子供も引くことも可能です。そしてベントレー・ベンテイガ1台あれば収納できるので、現実的な家族旅行であればグローブ・トロッターが良さそうですね。