美篶堂伊那製本所を訪ねる

以前丸の内にある文具店ANGERS bureauを訪れた際、あるノートが目に留まりました。シンプルなくるみ製本でしたが、小口は見事に砥いであり、端正な美を湛えていました。確か表紙には、柔らかい紺色の紙が使われていたはずです。使い込めば、きっと味のある風合いに変わることでしょう。また開けば紙が素直に広がり、かといって紙が外れそうな様子もなく、製本所の丁寧な仕事が窺えました。残念ながら罫線が入っており、無地を好む私は購入には至りませんでしたが、それでもあのノートが忘れられず、後日調べてみたところ、どうやら信州にある美篶堂という製本所で作られているようです。同社のウェブサイトによれば、昨年までは神保町に店舗を構えていたが、12月に撤退し、現在は長野県伊那市にある工房で販売を続けているとのことでした。そこで私は、この工房にはるばる足を運ぶことにしました。

工房の様子

伊那ICから坂を下り、天竜川を渡り、ちょうど伊那谷を横断するようにして山道を上ると、見晴らしのよい田園地帯が広がっています。

件の工房は、その只中に、民家の陰に隠れ、ひっそりと佇んでいました。

いかにも町工場といった表構えですが、中に入るとちょっとした物販スペースが設けられています。売り場と作業場は続いており、せわしげに働く職人の方々を横目に商品を見て回りました。もしかすると、ちょうど忙しい時期だったのかもしれません。嫌な顔ひとつせず親切丁寧に接客してくださった従業員の方には、この場を借りて感謝を申し上げます。商品に見とれるあまり中の写真を撮り忘れてしまったため、売り場の様子は読者ご自身で確かめていただくとして、今回の購入品をご覧に入れましょう。

みすずノート

クロス装のノートです。表紙には美篶堂の落款が押してあります。

みすずノート

表紙を開くと、裏表紙が丁寧に糊付けされているのが確認できます。機械製本が当たり前となった現代において、美篶堂は未だに手作業を守り、上質な製本を続けています。この裏表紙の糊付けひとつをとっても、無機質な機械製本とは異なる、手仕事の温かみが感じられます。

本文用の紙は商品により様々です。上等なベラム紙が綴じられたものもありましたが、私が惹かれたのはレイドペーパーです。美篶堂は紙の専門商社竹尾と取り引きしており、このノートには、同社が取り扱うスピカレイドボンドが使用されています。控えめのレイドラインは筆記を邪魔せず、心地よい書き心地が味わえます。ウォーターマークが入っているのも嬉しいところです。

ノートのサイズは様々であり、単行本サイズのものから文庫本より小さいものまで揃っています。小さくとも本格的に製本されたノートは、実に愛らしいものです。

カリメラ 二つ折りメッセージカード

木版画家梶野沙羅氏とのコラボレーション商品です。残念ながら版画そのものではなくオフセット印刷による複写ですが、本物と見紛うほどの仕上がりです。

カリメラ 二つ折りメッセージカード

ブロックメモ

製本に用いるのと同様の技術で糊付けされたメモです。はるばる東京から来たためか、35mm四方のミニサイズのものを2つ、おまけとしていただきました。通常販売されているブロックメモは70mm四方です。美篶堂が開催するイベントでは、しばしばこのブロックメモ自体の、あるいはメモを本文とした豆本の製作体験会を行なっているようです。機会があれば挑戦してみたいものです。

ブロックメモ

工房周辺を散策する

買い物を済ませた後、私は工房の周囲を散策しました。

東には赤石山脈、西には木曽山脈が望まれます。山頂には未だ雪が残っていましたが、足元を見ると、早くも春の兆しが表れていました。

おわりに

文化は、それが育まれる土地と密接に結びついているものです。おそらくは、あの素朴な風景が、簡素で温かみのあるあの装丁を生み出す源泉となっているのでしょう。春になれば、周辺の公園で桜が楽しめるはずです。それに合わせてか、美篶堂も桜色のノートを発売したようです。信州に花見に訪れる機会があれば、ぜひとも美篶堂の製本所にもお立ち寄りください。

美篶堂伊那製本所 店舗情報

住所 〒396-0111 長野県伊那市美篶6768-2
ウェブサイト http://www.misuzudo-b.com/
電話番号 0265-76-7772
ショップ営業日時 木・金:13:00-17:00/第一土:11:00-17:00
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