現代人は持ち物が多い。
あるいは19世紀の小説の主人公たちのように、頭の中にある思想と、焦燥感と、哲学だけが持ち物であったならば、私たちはどれだけ身軽だったことだろう。
残念ながら私たちは、財布とスマートフォン、充電器とB&Wのヘッドフォン、暇つぶしの《アンナ・カレーニナ下巻》と時代遅れの紙封筒や書類を持って歩き回らなければならない。
つまり私たちにはバッグが必要なのである。
バッグ選びほど難しいものはない
しかしバッグ選びほど難しいものはない。なぜなら、男は手ぶらが一番お洒落だからである。
イタリア人の洒落た中年男たちは、いつも手ぶらで歩いている。誂えのジャケットを着て、タバコと携帯電話だけ手に持って軽快な足取りでバルに向かう彼らは、なんともカッコいい。
それに比べて大きく野暮ったいトートバッグにどっさりと仕事道具を詰め込んだ日本人は、どうも垢抜けない。休日には逆にまな板のように大きなクラッチバッグが何となく浮ついて見える。
なんて言ってはみるが、これは仕方ないことなのである。そもそもイタリア人は自営業が圧倒的に多く、家と職場が徒歩数分圏内であることが非常に多い。つまり、色々持って歩く必要がないのである。
それに5ユーロ札をマネークリップで挟んでポケットに突っ込む彼らは、たいそうな財布を持たなくて良い。
職場も休日のショッピングや食事も家から1時間離れた日本人の荷物が多いのと、多少バッグが野暮ったいのは仕方のないことなのである。
しかしそうは言ってもできるだけエレガントなバッグを持って過ごしたい。そう願う人のために、今日はバッグ選びのノウハウを紹介しよう。
まずは持つバッグのイメージを固めよう
エルメスのサックアデペッシュ(左)とガーデンパーティ(右) 様々なバッグの原型となっているデザインだ。
さて、バッグを選ぶうえで最も大切なのは、どのようなシーンで使うバッグを探しているのかをはっきりさせることである。
例えばかっちりとした職場で使用したいのか、あるいはスマートカジュアルのジャケット着こなしに合わせる洒脱なバッグが欲しいのか。近所にちょっと出かけるときのバッグが欲しいのか。
残念ながらカッチリとした職場でも、近所のスーパーでもお洒落に見えるバッグというのは存在しない。
それどころか、バッグ選びというのはかなりシビアなもので、使うシチュエーションに大きく影響されるのである。
ではまず、ビジネスで使用するかっちりとしたバッグが欲しいとしよう。イメージを固めていく作業は、大げさに思えるほど厳密に行って欲しい。
- そのバッグどのようなシーンで使うか?
- そのバッグをどんな交通手段・移動方法で持ち運ぶか?
- バッグに入れる書類のサイズは?
- 他にバッグに入れる物は?
- 自分の身の回り品を全て入れた時の重量は?
- そのバッグを持つときの自分の服装は?
- そのバッグを持つときに身につける時計は?
- 自分は何色の靴を一番多く持っているのか?
このようなことを、書き出してみるとよい。
自分のライフスタイルから考えるバッグ選びの例
ダンヒルの2019年春夏コレクション。剛健で実用性のあるバッグが多い。
例えば大事なビジネスシーンで使うためのバッグを探しているとしよう。だとすれば、ふさわしいのはカジュアル感のあるトートではなく正当なブリーフケースである。
普段タクシーや車で移動する人で荷物が少ない人であれば、ややデリケートなバッグでも構わない。例えばベルルッティやエルメス、ボッテガ・ヴェネタといったラグジュアリーブランドのバッグはこういう人に向いている。
しかしいつも電車移動で、重いものを入れたり、たくさん物を入れたりするのであれば、上のようなブランドは向いていないかもしれない。ハンドルが細く、レザーがデリケートでデザイン重視のハンドル構造ゆえに重さには強くないのだ。
そういう人には耐久性のある型押しレザーでハンドルに金具を用いたものが良い。ダンヒルやフェラガモ等に多い、がっちりとしたブリーフケースだ。
ではそのときに持つ時計はどんなものだろう。クラシックなパテックフィリップのカラトラバ、ゴールドを身につけているのであれば、ゴールド金具で少しクラシックな雰囲気のバッグを選ぶと似合うだろう。
ステンレスのオーデマピゲを身につけているなら、シルバー金具で少しモダンなブリーフケースが良い。
最後に、何色の靴を一番頻繁に履くかによってブリーフケースの色が決まる。黒が一番多いなら黒、ブラウンならブラウンというように。
もし黒い靴と茶色の靴が半々なのであれば、関係のないネイビーやグレージュ、深いグリーンといった色のブリーフケースを選ぶのも良いだろう。
このように、バッグを選ぶときには感覚的なものよりも冷静な分析が大事なのだ。
色とサイズは体型も考慮しよう
テストーニのボストンバッグ。キャメル系の色合いは、普段明るい色を着る人によく似合う。
さて、そのような分析ができればバッグは簡単に選べるのだろうか。実はそれだけではない。
バッグを選ぶうえで使うシチュエーションと同じくらい大切なのが、使い手に似合うかどうかという点である。
服と違って「バッグの似合う、似合わない」について意識している人は案外少ない。
しかしバッグのサイズや色、素材感やブランドイメージ次第で、バッグは非常によく似合ったり、逆にあまり似合わなくなったりもする。
まずはサイズだ。バッグのサイズを選ぶときには、自分が使うにあたってどのくらいの大きさが必要か、という点と合わせて自分のサイズを検討しなければならない。
つまり痩せ型で身長165cmの人が横幅45cmのバッグを持つと、バッグが大きく見えすぎてしまう。逆に身長185cmで体格のいい男が小さな可愛いバーキンを持っていたら、彼女のバッグを持たされているようにしか見えない。書類を持つような仕事をしていない人が43cmのブリーフケースを持ったら「銀行に転職したの?」と言われるはずだ。
自分に似合うサイズを知っているのは、自分よりも自分のことを常に客観的な視点で見ている他人である。バッグを選ぶときには彼女や奥さん、友人を連れて行って意見を聞こう。
また、色は自分のイメージに合うものをじっくりと検討しよう。
例えば普段暗い色をメインに着ている人は、どれだけ惚れ込んでもきっとオレンジ色のバッグは似合わないはずだ。逆に普段ベージュやライトブラウンのジャケットを着ている人ならむしろ、黒のバッグが重すぎに見える。
素材の光沢感、そしてブランドイメージなども合わせて「自分自身のイメージ」の方向性もしっかりと定めよう。
では、もっと具体的な選び方についても書いていこう。
ブリーフケースのおすすめブランドと選び方
ハンドル一つでフラップのついたサックアデペッシュ (左)と、ハンドル二つで真ん中にファスナーがついたヴァレクストラのブリーフケース(右)。
先ほどの例にも書いたように、大事なビジネスシーンに適しているのは間違いなくブリーフケースである。
もともと書類を入れるために生まれたブリーフケースと、買い物袋の親戚であるトートバッグでは意味合いが違うからだ。
しかしブリーフケースといえども、全てが同じわけではない。ディテールの差で、ずいぶん雰囲気が変わるものだ。
しかし多かれ少なかれ、ブリーフケースはエルメスでいうところのサックアデペッシュ型とプリュムドッグ型に二分される。
すなわち蓋がついておりそれを前面の金具で止めるサックアデペッシュ型。そしてボストンバッグを薄くしたようなデザインで、ジッパーを用いたプリュムドッグ型。この二つだ。
例えば昔ながらのブランドであるダンヒルやゼニア等を筆頭に、40代〜をターゲットにしたクラシックなブランドは、このサックアデペッシュ型を用いることが多い。このモデルの場合ハンドルが一つになるので、ある意味アタッシュケースと同じ分類と言える。
それに対して最近人気があるのが、プリュムドッグ型である。ヴァレクストラ、セラピアンなどの実力派ブランドをはじめとして、ロエベ、フェラガモ、ベルルッティ、グッチ等多くのラグジュアリーブランドがこのデザインを採用している。デザイン的にハドルが二つになる。
このタイプの魅力は少し若々しく見えること、蓋の開け閉めがなく使いやすいこと、そしてかっちりしすぎないので、カジュアルにも使えることである。
ということはブリーフケースの選び方は簡単である。
よりかっちりとフォーマルにしたければ蓋と金具のついたサックアデペッシュ型、ビジネスバッグでも少しカジュアルな雰囲気が欲しければプリュムドッグ型である。
クラッチバッグはお洒落なのか?
クラッチバッグで特に人気なナポリのトラモンターノ。より横長で丸みを帯びたモデルなど様々。
クラッチバッグは難しい。イタリアの人気ブランドの柄ジャケットを着て、短丈のパンツで素足を覗かせてクラッチバッグを持った人は、お洒落というよりむしろお洒落に陶酔した人に見えがちだ。
ジャケットを着てクラッチバッグを持つのであれば、全体のバランスをしっかりと考えよう。アイテム一つ一つがお洒落であることよりも、全体を見てエレガントであることが重要だ。やりすぎず、気張りすぎず、クラッチバッグを持つことがまるで歯を磨くのと同じくらい定番だと言わんばかりに自然に持つこと。これが一番大切である。
そのように見せるためには、ありとあらゆる着こなしが隙なく洒落者風になっているよりも、多少普通なくらいが良い。
シンプルな紺無地のジャケットにシャツ、ノークッションのトラウザーやデニムに、ソックスと紐靴。ここにネイビーやブラウンのクラッチバッグを持てば、とてもナチュラルに見えるはずだ。
身長が高い人を除けば、大きくて作り込まれたクラッチバッグよりも、ポーチのような小さく質素なクラッチバッグの方が日本人には似合う。
鍵と携帯電話と財布、それにせいぜいトルストイの短編集が入る程度の大きさが最も洒落ている。この来るべきお出かけの日のためにクラッチバッグを買いました、という雰囲気ではなく、近所の銀行に記帳でもしに行くような雰囲気が出せればよりエレガントなのだから。
トートバッグは自立するものが良い
フェラガモの2019年秋冬コレクション。シンプルかつ綺麗な造形で洗練された雰囲気。
もしカジュアルでしか使わないバッグを探しているのであれば、トートバッグも良いだろう。
メンズのトートバッグで一般的なのは横40cm×縦30cmもしくは横30cm×縦40cmくらいのものが多い。これはもちろん実用性の面で便利だからというのもあるが、単純にこれより小さいとレディースっぽいからという理由もある。
そもそもショッピングバッグであるトートバッグを腕にかけて持つのは女性の特権である。しかし軟派メンズの台頭により、メンズにもトートバッグが許された。
しかし残念なことにトートバッグを使う休日には、男は女よりも荷物が少ないことが多い。ファンデーションやリップ、櫛や手鏡を持たなくて良いからである。
にも関わらずトートバッグは大きくないと、男らしくない。そこで、大きいバッグに財布と携帯電話と鍵だけを入れて持ち運ぶことになる。
このときトートバッグが柔らかいものだと、あまりにも決まらないものである。
そこでおすすめなのが、自立するようなしっかりとしたトートバッグだ。マチ部分が広すぎず、しかし芯がしっかりと入って全体的に形のパキッとしたものが良い。
そうすれば荷物が少なくても型崩れしないし、ジャケットや買ったものなどを詰め込んで歩くことができる。都会で1日出ずっぱりの休日を過ごすときには、やはり便利である。
トートバッグをビジネスに使うのは、賛否両論である。
現在多くのビジネスマンがナイロン&合皮コンビのトートバッグを持っているが、やはり仕事ではブリーフケースの方が丁寧な印象を与える。なぜならトートバッグを選ぶ理由は「便利だから」でしかないが、しっかりとしたブリーフケースを選ぶ理由は「品格があるから」でしかないからである。
特に営業であれば、多少不便でもきっちりと手入れされたブリーフケースを持とう。
これで、バッグ選びの基本は終わりである。バッグ選びは難しい。今度はもっと細かい部分に渡って、バッグ選びを紹介していこう。