こんばんは、プロフェソーレ・ランバルディ静岡の大橋です。
前回はイタリア旅行で是非挑戦したいことの1つ目として、ナポリでシャツを仕立てるなんて話をしました。
そして2つ目は?
それはローマでジャコモ・プッチーニの名作オペラ『トスカ』を見ることです。
オペラ史上最高のバイオレンス
さて、私は最初このトスカというオペラが嫌いでした。
ラ・ボエームのような純粋で儚く、美しく悲しい物語を、まるで冬の夜空に向けて吐く白い息のようなオーケストレーションで描き出したオペラに感激した後、トスカを見て呆然としたわけです。
このトスカは全てのオペラの中でも特に愛され、数多く上映される言わば定番オペラですが、しかしその内容は殆どバイオレンスです。
主人公マリオ・カヴァラドッシは処刑され、ヒロインのトスカは絶対悪を地でいくスカルピアを殺害したあと、投身自殺する。
これをバイオレンスと言わずになんと表現するか。実際トスカは徹底したリアリズム、バイオレンスを特徴とするヴェリズモの一種とされています。
しかしそれでいて……このオペラ『トスカ』は美しい。
そこには友情があり、愛があり、そしてその愛には矛盾する悲劇がある。あまりにも人間らしく、あまりにも悲しい。しかしその主人公一人一人の生き様は一度見ただけで強烈に焼きつき、そのアリアと共に記憶される。
私の個人的な思いでは、ジャコモ・プッチーニはそれまでまだ形式美の中にあったオペラを解放し、19世紀最大の芸術であったオペラを20世紀の芸術である映画に引き渡した人物です。
その音楽は常に主人公や見る者の心情と共にあり、決して離れることがない。そして『トスカ』は、まるで自分がその場所にいるかのような臨場感で、その悲劇を体験させてくれるのです。
ローマでトスカを見ること
そしてその『トスカ』の舞台こそ、ローマです。有名なアリア「妙なる調和」のイントロを聴いただけで、ローマの熱気、砂埃の舞うベージュの街並み、松、テヴェレ川を思い浮かべてしまうのは、私だけでしょうか。
ローマの教会に始まり、ファルネーゼ宮を介してサンタンジェロ城に終わること物語は、一種の観光案内のような意味合いもあります。
富士山の麓、富士宮市に伝わる「曽我物語」を読んで号泣し、その史跡を巡ったり、ドストエフスキーの「罪と罰」の文庫本を手にサンクトペテルブルク・センナヤ広場でぶつぶつと哲学じみたことを呟いたりするのは、非常に馬鹿らしく、そして美しい体験です。
そしてこの悲劇の舞台、ローマで『トスカ』を見るのは、やはり美しい体験なのです。その舞台を間近に感じ、同じローマの空気の中で体感すれば、より深く彼らの感情を探ることができるでしょう。
ローマでは野外上演のオペラも多く、ローマ時代の競技場で『トスカ』を見られることも少なくありません。
また有名どころのオペラでなくて、教会やドミティアヌス競技場のようなところを探せば、いつもどこかしらで『トスカ』が演じられているのです。
(ちなみにこれも私の主観ですが、惑星組曲で有名なグスタフ・ホルストはこのトスカを中心として、プッチーニのオーケストレーションにかなりの影響を受けていそうです)
オペラハウスでイタリアの粋に触れる
しかしなんといってもオペラの醍醐味は、オペラハウスでしょう。
オペラハウスというのはある意味聖域のようなもので、そこを訪れる人々はある種の畏怖の念を抱いています。
例えば旅行中に『トスカ』が上演されていると知って、ローマ歌劇場に行くとしましょう。そのとき、半袖のTシャツなどを着ていたら、きっと自分が非常に場違いに感じられるでしょう。
オペラハウスに行く時に半袖のTシャツや半ズボンを履いているのは、バックパッカーのアメリカ人くらいのものです。
イタリア人は若者から老人まで皆ダークスーツを美しく着こなし、出演者に最大限の敬意を払ってオペラを楽しむのです。
一度私は仕立て服のジャケットに簡単なシャツ、チノという格好でオペラハウスに行ったことがあります。マナー的にはなんら問題ありませんが、自分の装いが場に最適でないことは強く感じました。
そう、歌劇場に最も適しているのはダークスーツです。そしてそれが不可能であれば、やはりジャケットくらいは用意しておきたいところなのです。
もちろん観光客だからどんな格好でも許されるのですが、そこで美しい装いができたら、それこそ粋というものじゃありませんか。
是非みなさんもダークスーツかネイビーのブレザーを持って、ローマで『トスカ』をお楽しみください。