三品目 – 英国的なアバンギャルド
トラディショナルとアバンギャルドは常に表裏一体である。
英国に息づく様々な文化を見ていると、私は時よりそんなことを感じます。
例えば先日も紹介したターンブル&アッサーのシャツ。素晴らしいクオリティとクラシックな佇まいのシルエットで人々を魅了していながら、その色柄はまるでキュビズム絵画のように鮮やかであったり、サイケデリックだったりします。
またプロダクトデザインも同じです。ロンドンの老舗百貨店ハロッズのリビングコーナーを訪れれば、驚くほどクラシックなアダム様式の家具が揃う。それに対してオーディオメーカーのB&Wが作り出す作品は流線的で、宇宙船のような雰囲気です。
駐日英国大使館エグゼクティブ・シェフ、フレデリック・ウォルターによる三品目の料理が運ばれたとき、私はまたそんなことを考えました。
かの有名な独創的カクテル – ニコラシカを思わせる外見で現れたのは、コンソメのスープ。ブレッドに乗った卵の殻の中には野菜が仕込まれており、それをスープに落としつつ食べるといいます。
さらに器はツーハンドルのスープカップではなく、ティーカップ。日本人にしてみれば特段騒ぎ立てることでもないかもしれませんが、英国の文化とコース料理というシチュエーションからしたらまさに前衛的なスタイルです。
しかしあっさりとした香り高いコンソメのスープを飲み干したとき、残った余韻はまるきりトラディショナルなスープを頂いたときのもの。
世界で一番格式高い伝統をもっていながら、前衛的なものをすっと取り込んでしまう懐の広さ。この料理に感じたのは、その英国的なアバンギャルドです。
四品目 – 英国料理のアンバサダー
そもそも、駐日英国大使館でいただくのにはぴったりの一皿。
スコットランド産サーモン、きんきノブスタイル、エシャロットのサルサ、海老芋とトリフのマッシュ、マルドンシーソルト、モルトヴィネガー。
もはやピンときた方もいらっしゃるかもしれませんが、この一皿はかの有名な創作日本食レストランNobu Tokyoの横山和弘ヘッドシェフが生み出したものなのです。
Nobu Tokyoは米国で修行を積んだ松久信幸オーナーシェフが、世界中に展開して日本食を広めているレストランです。日本食をベースにしながらも、独自のアレンジを加えることによって、海外で絶大な支持を受けています。
そんなNobu Tokyoのヘッドシェフの生み出した創作料理。英国の食材や料理をベースとしながら、そこに和のテイストを取り入れたこの一品は、まさに英国料理のアンバサダーと言えるものです。
とろりとした濃厚な舌触りで、香り高いスコットランド産サーモン。そこに対としてあてがわれるのは、北陸の高級魚きんきです。
きんきはNobu Tokyoが得意とする魚の一つですね。軽やかでありながらもしっかりと身が立つこの魚に、エシャロットのサルサと熟したすだちを。香りと歯ごたえで織りなす繊細な味覚です。
もちろんモルトヴィネガーについても忘れてはいけないでしょう。ほのかに感じるすっきりとした酸味と、酵母の豊かな香り。ミネラル感の強く甘みのあるマルドンのシーソルトと相まって、非常に高次元な英国ニュアンスを生み出しています。
最後に一つ、トリュフと海老芋のマッシュについても。これは純粋に美味しくて魅了された一品でした。
ねっとりとして濃厚な海老芋と角の立ったトリュフの香り、そこにちょうどいい塩気が入って、味覚からマッサージを受けるような心地よさです。マッシュポテトといえば英国のトラディショナルな付け合わせですが、素材と調理法でここまで魅力的な味わいになるとは。
英国大使館でなければ、私は言ったことでしょう。
「すみませんがウェイターさん、このマッシュポテト、ウェッジウッドの壺いっぱいに頂けるかな」
五品目 – イングランドに思いを馳せて
広大な自然と、ジョージアン様式の邸宅。イングランドのノーフォーク州について思いを馳せたとき、自然と浮かぶのはそんな景色です。
この料理を生み出したトレバー・ブライスは、数々のミシュラン・レストランやカントリーマナーハウスで腕を磨いたノーフォーク出身のシェフ。
非常にハイレベルな西欧料理にわずかな日本のテイストを取りいれたスタイルが、トレバー・ブライスを代表するものです。
さて、うさぎのロースト・ブレゼ。
彼がノーフォーク出身だからというわけではありませんが、この料理をいただいたとき私は、東京で日々忙しく活躍する英国人シェフが、故郷ノーフォーク州の美しい景色を懐かしむ様子を、ふと思い浮かべてしまいました。
ハニーマスタードを始めとしたいくつかの種類のソースをからめ、そこにパリッと乾燥させたポロネギをトッピング。そこにあるのはシェフの独創性です。シンプルなプレートを生かした、色彩鮮やかでバランスの良い盛り付けには、強いプロ意識が垣間見られます。
しかしうさぎのロースト・ブレゼ、ここに至るとどうもそれとは別のものを感じる。それは英国への郷土愛、懐かしさのようなものかもしれません。
ちなみに英国では食用として飼育されているうさぎ。日本では馴染みの薄いお肉ですが、その味わいは淡白で、意外にも親しみやすいものですね。