スーツを選ぼうとすると、必ずと言っていいほど出てくるワードが、「国別スーツの三大スタイル」「地域別スーツスタイル」と言った言葉。
しかし、本当にその地域でそのスーツと同等のものが着られているのか?それを考えてみると、このスーツのスタイルの区別の仕方には疑問が生まれます。
スーツに『国別、地域別スタイル』は存在しない。とちょっと極端なタイトルにしていますが、今回は特に量販のスーツなどで謳い文句に使われる「〜スタイル」といった言葉の誤解についてを解説していこうと思います。
あまりに有名「地域別」スーツスタイルの区別
スーツを国や地域で区別し、そのスタイルを商品化したスーツが数多く出回っていることもあり、スーツの国別三大スタイルや、地域別スタイル(ナポリ・クラシコなど)は非常に有名です。
例えば構築的なショルダーを特徴とし、絞られたウエストライン、やや長めの着丈を持つ男らしいシルエットのブリティッシュスタイル。ブリティッシュスーツを基準に、自然な着心地と大人の色気を表現した、イタリアのスーツ。
こういった言葉は確かに間違ってはいません。国ごとの分類なので大雑把すぎて、同じ国の中でも様々なスタイルが存在すること、テーラーやサルトリア(仕立て屋)によって個性があることを表現できていないくらいでしょう。
問題なのは、その言葉を使って売ろうとしているスーツが、それらの国や地域で本当に仕立てられ、認められているスーツと全く別ものであることです。
ブリティッシュスタイルのスーツは「売っていない」
先ほど例に出した構築的なスタイルが特徴のブリティッシュスタイルといって売られているスーツの多くは、肩パットをいつもよりも多く詰め、ウエストを少し細くしたミシン縫いの凡庸なスーツです。
しかし本当のブリティッシュスタイルは、そういった類いのものではありません。
サヴィルロウの仕立て屋が、何十年にも渡る修行で身につけた技術と、数百年の伝統を元に、注文者の身体に完璧に合わせて手縫いで丁寧に作り上げるスーツこそが、英国のスーツです。
そしてその仕立て屋達の多くが王室御用達で、軍服や儀礼用の衣装などを仕立てることも多い。そのために男らしさを強調するシルエットを特徴とし、男性の身体をよりスタイル良く見せるウエストの立体的な絞り=イングリッシュドレープを持つのがブリティッシュスタイルです。
ですから、市場に出回っているほとんどのスーツは、ブリティッシュスタイルではありません。あくまでイギリス的なニュアンスを取り入れているのに過ぎないのです。
そもそも肩パットや副資材を多く用いて力強く見せたい部分を補強し、絞るところをぎゅっと絞る、いわば「ボンキュッボン」に近い考え方で男らしさ追求するこのスタイルは、その人の身体の形にぴったりと合わせなければ実現ができません。
肩パットが無いショルダーならばスーツの肩幅が身体に対して1cm大きくても自然に垂れてくれるかもしれませんが、パットが入っていればそれは浮いてしまいます。
つまりこのスタイルは、ビスポーク(オーダーメイド)を基本的な理念とするブリティッシュスタイルだからこそ実現できるものなのです。
最近ではサヴィルロウのテーラーの中でも既製服を展開しようという動きが見られます。GIEVES & HAWKES ギーブス&ホークス、NORTON & SONS ノートン&サンズなどがその例ですね。
しかし実際には、その試みは難航しています。日本には数百ものイタリアブランドのスーツが輸入されており、至る所でイタリア製スーツが手に入りますが、イギリス製のスーツはどれほど手に入るでしょうか?
本物のブリティッシュスタイルのスーツは、殆ど全くと言って良いほど「売っていない」のです。
本当のクラシコイタリアスーツとは?
さてブリティッシュスタイルに並んで、語られることの多いスーツのスタイルが、クラシコ・イタリアスタイル。
前者のクラシコ・イタリアというのは、メンズファッション評論家の故落合正勝氏が日本に紹介した言葉で、日本でも有名なイタリアのブランドが参加する「クラシコイタリア協会」が元となっています。
その後イタリアファッションブームでクラシコイタリアという言葉は一人歩きし、今ではイタリアンスタイルを模したスーツなどが、クラシコイタリアモデルとして売られています。
そもそも、クラシコイタリアというのはどんなスタイルでしょうか。
イタリアには星の数ほどサルトリア(仕立て屋)が存在していますが、それぞれが全く異なるスタイルを持っています。しかし、地域によってある程度の傾向は存在しています。
例えばフィレンツェでは、細腹というパーツを使わない独特の仕立てをします。
肩パットを殆ど用いず、間隔の狭い三つボタンの段返り、前から見てくびれをつくるウエストの絞りと、やや短めの着丈に大きく曲線を描いて開く裾、少し低めの胸ポケットといったバランスになっていることが多いですね。
これはリヴェラーノ&リヴェラーノ、サルトリア・セミナーラ、ルイジカペッリといったフィレンツェの名門仕立て屋の作品を見ると、共通して見られます。
同じように、ナポリ、ローマ、ミラノと各地域にそれぞれ異なった仕立てが存在します。それをまとめて「イタリアスタイル」と呼ぶのは少し大雑把すぎるため、結果としてどの地域のどのようなスタイルを差しているか、まるきり不鮮明になってしまっています。
日本のあるスーツブランドは世界一有名な最高級スーツブランドであるブリオーニを差して、クラシコイタリアを定義します。日本のあるテーラーはミラノの最高級仕立て屋であるジャンニ・カンパーニャ「クラシコイタリアとはこのスタイルだ」と言うでしょう。
いずれにしてもクラシコイタリアモデルと名付けられて売られる量販スーツは、ブリティッシュスタイルと同じくその典型的なディティールを模したものでしかありません。
少し肩パットを薄くし、ウエストの絞りを緩くし、肩幅から全体的に細いシルエットにしたものを、クラシコイタリアと呼んでいる場合が多いようですね。
またひどい量販スーツの場合には「本切羽・パルカポケット仕様」などといってディテールだけを抜き出してそれをクラシコイタリアモデル、果てはサルトリアモデル(サルトリアはイタリア語で仕立て屋を意味します)なんて名付けていたりします。
幼少期からひたすら修行を重ね、重いアイロンと腰を屈めて行う手作業で身体を痛めながら六十年、七十年と一生をかけて技術を習得し、貧しく質素な生活をしながらも丁寧に一針一針手縫いでスーツを仕立てるサルト(職人)のことを思うと、悲しくなってしまいます。
最近ではイタリアファッションのブームが再来していることもあり、イタリアのスーツが日本には輸入されています。職人が手縫いで作っている注文服までとは行かずとも、効率と手作業の良さを出来るだけ高い次元で両立しようとしているブランドは多数存在しています。
大変に高価ですが、それらが本物のクラシコイタリアスーツであることは間違いありません。
謳い文句を信じず、見て着て判断しよう
これまで解説してきた通り、日本で大手スーツメーカー等がブリティッシュスタイル、クラシコイタリアスタイルなどとして売っているものは、イギリスの紳士達や、イタリアの洒落者達が着ているものとは全く異なります。
もちろん皆が皆、現地に行ってテーラーやサルトリアとコミュニケーションを取りながらスーツを仕立てる必要はありませんし、最高級のスーツを数十万円出して買う必要はありません。
大事なのは「〜スタイル」「〜仕様」と言った言葉に騙されず、しっかりと見極めてスーツを購入することです。
そのためにはまず本格的なスーツがどんなシルエットで、どんなバランス感で、どのような生地なのか、安いスーツとどう違うのかを見るのです。
まずは世界で一流とされているスーツの仕立て屋、ブランドの中から、自分の求める雰囲気に近いシルエットを探しましょう。
例えば世界中のエクスクリューシヴ達から支持され、「世界で最もラグジュアリーな既製服」と言われているKiton キートン。
このブランドのスーツやジャケットを写真でも構いませんから、見てみてみましょう。そのための画像検索ですから。
クラシコイタリアモデルと言われて売られている量販店のスーツのように襟は細くありませんし、着丈も短くない。スラックスだっても、そこまで細くはないですよね。
それが、世界中のライフスタイルやファッションを極めた人々が求める、本当に良いスーツのシルエットなのです。
Kiton キートンのシルエットにいまいちピンと来ない?ならば、世界中の人々が求める、「他の」本当に良いスーツそ見れば良いのです。
それは英国王室の関係者が足を運ぶサヴィルロウの仕立て屋でも構いませんし、過去にジェームズボンドが着用していたことで有名なブリオーニでも構いません。
そしてそれらを散々見た後にスーツを扱う店を色々と見て回れば、そういった素晴らしいスーツに近いシルエットや仕立てを持つ予算内スーツが見つかるかもしれません。
そして着てフィットし着心地も良ければ、それこそがあなたにとって最高のスーツであるはずです。
もはや、「ブリティッシュスタイル」「クラシコイタリアスタイル」などという言葉に頼る必要はないですよね。「本場イタリアの本切羽・パルカポケット仕様」「本格的な台場仕立て・AMFステッチ」などという謳い文句が書かれていても、スーツのシルエットや仕立てを見ればそれが大したスーツではないということが見抜けるようになります。
いかがでしたか?
今回は少し辛口ではありましたが、スーツのスタイルについて、また謳い文句に流されずに本当に良いスーツを見つける方法を書いてみました。長く付き合ってゆくことのできるスーツを選ぶために、是非覚えておいてくださいね!