「そいつがどんな靴を履いていたかって? そうだな、ウィスキーみたいな靴さ」—あるイタリアの古い小説より
Stefano Branchini – 01
日の暮れ始めた頃に入ったマッジョーレ通りのエノテカで赤ワインをしこたま飲んだ後、少しふらつく足でボローニャの石畳を歩く。
サンペトロニオ聖堂の前を通り越して、赤茶色のアーケードの下をずいぶん歩いたところで思いつき入った『ナポリ風』と看板を挙げたピッツェリア。
もしもそこで、使い古された重たそうなマホガニーのカウンターに両腕をついて、ピッツァが焼き上がるのを待っているとき、ふと窯からもれる炎の光で隣の男の足下が妖しく琥珀色に光ったならば。
その靴はStefano Branchini ステファノ・ブランキーニかもしれません。
男らしい力強さと、アーティスティックで革新的な感性を同時に放つその革靴は、全ての男の鼓動の音を高めるでしょう。
“ステファノ・ブランキーニ” 革新者の作る靴
このブランドを知る者は、口を揃えてこう言います。
「ブランキーニは、デザイナーだ」
ベルルッティやコルテが宮廷画家の描く高尚な色彩を持った油彩画であれば、ステファノ・ブランキーニはデザイナーの生み出す最も斬新なリミックスです。
カリグラフィーと色彩の美しさをスペースの魔力に通し、過去の名作へのオマージュをメタフォリカルに込めた、あるデザイナーの創作。ステファノ・ブランキーニが作りだす靴にはそんな雰囲気があります。
例えばStefano Branchini ステファノ・ブランキーニ同名のブランドラインの靴。基本的にはマッケイ製法やブラックラピト製法を用い、自由なデザインや色彩のコーディネートにより作り上げられるこのブランドラインの靴はまるきり創作と呼ぶべきものです。
写真の靴は編んだ革をあしらったデザインのもの。
パティーヌ調のハンドフィニッシュで仕上げられたホールカットのアッパーは、言うなれば最も典型的な「美しい」ラテン靴です。しかしステファノ・ブランキーニはそこに、編革の装飾を施すこと、またエレガントな蠟引きのシューレースではなく麻のレースを合わせ、ステファノ・ブランキーニらしい革巻きを与えることによって、他のブランドではまるきり見たことのないような、非常に斬新なデザインを作り上げています。
最もクラシックな印象のある靴の一つであるホールカットに、大胆な装飾。ステファノ・ブランキーニの革新とリミックスはもちろんそれだけにはおさまりません。
ツートンカラーのカラーコーディネートによる革靴色彩の革新、スニーカーとドレススタイルの融合、異なるスタイル(形状)を持った靴同士のデザインのハイブリッド。ある意味ドレスシューズではタブーとされてしまいそうなことを、誰もが魅力的だと感じる形で成し遂げる。それが「ステファノ・ブランキーニは、デザイナーだ」と言われる所以でしょう。
そもそもステファノ・ブランキーニは彼の最大の師匠である、父ヴィットーリオに靴作りを学び、子どもの頃から靴作りの修行を続けてきたイタリアでも最高水準の技術を持った職人です。しかしその目標は「スタイリスト兼デザイナー」であり、靴ブランドを運営することにあった。
例えばかの有名な世界屈指の靴職人、ステファノ・ベーメルは常に靴を愛し、純粋に素晴らしい靴を作ることだけを追求していました。
他にもイタリアには素晴らしい靴職人が数多く存在しますが、多くの職人的なブランドは「ビスポーク」の履き心地や手縫いによる極上の仕上がり、そして品質の良さからにじみ出るような美しい佇まいを目指しています。
それに対し、ステファノ・ブランキーニは常に自分を「スタイリスト兼デザイナー」として見ている。ややモーダのエッセンスを感じるシャツを着こなし、シルバーのアクセサリーやデニムと合わせて自身の靴を履くステファノ・ブランキーニのスタイルそのものが、彼のブランドへの姿勢を表しているかのようです。
しかし、デザインだけを追求しただけの靴ならば、それは若い人達に人気のあるカジュアルブランドの靴と変わらないでしょう。
ステファノ・ブランキーニがそこに一流カルツォレリア(靴工房)の職人技と、大人が選ぶ革靴らしい品質を吹き込み、その斬新な創作靴を「洒落者の茶目っ気」に昇華しているからこそ、人気ブランドとなっていることを見落としてはいけません。
ステファノ・ブランキーニもその職人としての神業的な技術力を、ファン達に示すことを忘れていません。それがブランドの最上位ラインである、Calzoleria Branchini カルツォレリア・ブランキーニです。
“カルツォレリア・ブランキーニ” 最高の職人が作る靴
スクエアで無骨な形状のコバで仕上げられたトゥ、ソールとアッパーのつなぎ目に走る、ノルベジェーゼ製法のステッチ。ステファノ・ブランキーニを知っている人で、このスタイルを見たことのない人はむしろ少ないくらいでしょう。
このスタイルを世に知らしめたブランドラインが、カルツォレリア・ブランキーニです。
無骨なスクエアトゥと、もとは登山靴などに用いられていたノルベジェーゼ製法。
これらを世界に先駆けてドレスシューズに用いたステファノ・ブランキーニはここでも革新者としての才能を発揮していますが、驚くべきは新しさだけではありません。革靴を溺愛するクラシコファンであればむしろ、そのクオリティの高さにこそ息を呑むはずです。
こちらの靴は、スクエアトゥを持つステファノ・ブランキーニの得意とするシングルモンクストラップ。
カルツォレリア・ブランキーニの靴に使われる革は、地面の中に設置された桶の水の中で6カ月間革をなめすという、50年ほども昔に行われていた手法によってなめされた柔らかな仔牛のものを使っています。
しかもその着色には石油系の安い塗料を使うのではなく、さながらオーガニックなボディクリームに使われるような天然の蜜蝋を使っています。同時に行われる水によるつや出しなどは、もはや懐古的とも言える昔ながらの手法です。
そのなめし革を手作業で染め上げたものが、写真の靴の革というわけです。
こんな手法で出来上がった極上の革を、最高級の靴に作り上げるのがステファノ・ブランキーニのクラフトマンシップです。総手縫いによって作られるカルツォレリアのラインの靴はそれこそ、全人生を掛けてステファノ・ベーメルが追求していた「ビスポークのようなプレタポルテ」の世界観の中にある一流の既製靴。
最高の素材の大胆で迷いの無いカッティングから、繊細な装飾のステッチワークに至るまでに、共通して見ることができるのが、幼い頃から修行を積んだステファノ・ブランキーニと、そこで厳しい修行を乗り越えた熟練の職人にしか成すことのできない、抜きん出た職人技です。
既製靴としてはかなり高価な靴の多い“カルツォレリア・ブランキーニ”ですが、これは最高の靴職人としてのプライドを、デザイナー的な創造性と同時に間近に見ることのできる、イタリアでも唯一のブランドでしょう。
男らしい力強さを足下に
優雅に飾るステファノ・ベーメルのホールカットよりも、超絶技巧に酔うことのできる深いブランデー色のシルヴァノ・ラッタンジよりも。靴箱を埋め尽くすサントーニやマグナーニよりも、ステファノ・ブランキーニの靴が足下に欲しい日。
私が自分の靴コレクションの中で、ステファノ・ブランキーニに無性に惹かれる日といえば、それは自分に力強さが欲しい日です。
その革新的なデザインも、既製靴とは思えないほどの上質さももちろん魅力的ですが、何よりもそこに漂う男らしさこそ、ステファノ・ブランキーニの他のブランドとは違う魅力なのではないかと思ってしまいます。
ウォッシュの掛かったテーパードデニム、目つきの良いヴィンテージ調ウールのテーラードジャケット、ざっくりとしたコットンのドレスシャツ。スクエアトゥのカルツォレリア・ブランキーニや、遊び心のあるステファノ・ブランキーニ。
誰に何を思われようが、別に構わない。
ただこれまで誰も見たことのないようなトラッドと革新の融合した靴をデザインしたいし、誰もが驚き圧倒されるようなクオリティの靴を作りたい。
そんなステファノ・ブランキーニの思想が吹き込まれた靴は、いつものジャケパンスタイルに、まるきり男らしい堂々とした空気感をまとったダンディズムを、さりげなく付け加えてくれるでしょう。
Stefano Branchini – 02
使い古された重たそうなマホガニーのカウンターに、少しばかり黒い“すす”をかぶったナポリ風ピザが放られ、紙の皿の上でうまそうなアンチョビの香りを漂わせる。
男はそこでピザとともに、(多くのイタリア人の洒落もの達がそうするように)トスカーナ地方の赤ワインでもなく、ヴェネト州から運ばれたモレッティのビールでもなく、ある琥珀色の酒を受け取る。
彼の靴はStefano Branchini ステファノ・ブランキーニかもしれません。
男らしい力強さと、アーティスティックで革新的な感性を同時に放つその革靴は、全ての男の鼓動の音を高めるでしょう。
それはちょうど、一気に飲み干したショットグラスのウィスキーのようです。