DAL CUORE ダルクオーレとは?
1945年にナポリに生まれたダルクォーレが、自身の名前を冠して創始したサルトリア ダルクォーレ。ナポリには星の数ほどのサルトリアが存在し、腕の良いサルトが数多く存在する中、ダルクォーレは1976年に独立してからずば抜けた人気を誇っています。
とまあ、これが定番の解説です。実際のところどうでしょう。チェザレアットリーニを買おうとセレクトショップにいったら、隣にずいぶんと存在感のあるスーツを着たトルソ君がいる。
スーツ全体を覆う繊細なハンドステッチ、角の立った鋭利なカッティング、ナポリ仕立てらしさを強烈に感じるマニカ・カミーチャ。そしてクラシックなのになぜかモダンな香りのするシルエット。
老舗でありながらも、新進気鋭のサルトリア。まあ矛盾した言葉ですが、そう表現したくなるスーツです。
ダルクォーレのディティール
ダルクォーレのジャケットやスーツのディティールはナポリ仕立ての王道とも言えるものです。段返り3つボタンに高めのゴージライン、マニカカミーチャにパルカポケット、そして重ねボタン。少しずつ見ていきましょう。まずは最大の特徴であるマニカ・カミーチャです。
ダルクォーレはフォーマルウェア以外はすべてマニカ・カミーチャで作っていると言い、その背景には彼がナポリの古典的な時代すなわち最も美しかった時代のスーツを再現しようとしているということがあります。
日本人にとってこのマニカ・カミーチャといえばナポリ仕立てを象徴するディティールであり、「ディティールが先立ってがいけない」ということが分かっていたとしても、嬉しいものがありますね。特にダルクォーレの雨降らしは艶やかで、多くの曲線から成るその立体的な波に、うっとりと見とれてしまいそうです。ラベラサルトリアナポレターナの袖付けのリラックスした雰囲気とはまた少し違う、ダルクォーレならではの美学に基づいたマニカ・カミーチャですね。
わりと大胆に寄せられているのが分かりますね。またアームホール自体も高く、小さめでありながらも丁寧なプレスで形作られているため、非常に立体的で窮屈さがありません。
マニカカミーチャとこのアームホールの良さが相まって、ダルクォーレのスーツは着心地が非常によく、いっぱいまで腕を上げてもストレスがありません。もちろん腕を真上まで上げることはそれほど多くありませんが、デスクワークを始めとして腕を前に上げることというのが意外と多く、そこで少しでも動きに固さがあると疲れにつながります。その点ダルクォーレのスーツは長時間の作業でも疲れが出ない、ストレスフリーな着心地です。
ダルクォーレのスーツのボタンホールは、キートンよりも丸く表情が豊かで、しかしラベラほどにはこんもりとしていない。ここにもダルクォーレならではの美学が息づいているように感じます。端正で整ったかがりでありながらも、手仕事を思わせる丸みを帯びている。しかし目立ちすぎない。このあたりのバランス感です。
パンツはもちろんナポリのサルトリアらしく、パンチェリーナ仕様です。フィッティングはこの上なく、ベルトをするのがもったいないほど。パンチェリーナ仕様は全体的に押さえてくれるので、普通の仕様にくらべてウエストのベルト部分だけに力が集中しにくい。結果としてぴったりのサイジングの場合には逆に圧迫感が少なく思います。
ダルクオーレの刺繍は外からは見えない装飾ですが、そのスーツを所有している人を満足させてくれます。刺繍というのもまた、ナポリ近郊のサンジョルジョを思い起こさせますね。
さて、先ほどからすでにお気づきの方もいるかと思いますが、ダルクォーレにはもう一つ大きな特徴があります。それがハンドステッチですね。非常に細かなピッチでエッジのすれすれを縫うハンドステッチがラペル周りだけではなく、ごく些細なところまで施されている。
手の通った跡をスーツの隅から隅までたどっていくのは、キートンやブリオーニにはない楽しみですね。もちろんハンドステッチが入っている方が優れていて、そうでないものは悪いというわけではありません。しかし手の掛かるハンドステッチが目立たないところにまで施されているというのは、作り手のこだわりと心意気が垣間見えるようで、個人的には非常に嬉しいですね。
ダルクォーレはアーティストである
先ほどから何度も、ダルクォーレには独自の美学のようなものがあるということを書いていますが、このスーツは見れば見るほどそれを感じます。それはなぜかと聞かれると、言葉にするのは難しいですが、強いて言うのであれば「一貫性した美意識があるから」ではないでしょうか。
例えばダルクォーレのスーツは非常にエッジが立っています。これは重ねて縫ってある部分を見てもらうと分かるはずです。上のパンツの写真のポケット上の縫い目、あるいはジャケットの肩の部分など、非常に鋭く、一切のゆがみや甘さがない。ダルクオーレのスーツには「温み」という言葉でしばし説明されるような輪郭の丸さはありません。
これが全体的に非常に洗練された印象になっている大きな理由でしょう。
そしてスーツのシルエットそれ自体も、一切の無駄がなく的確に必要なポイントをついたようなものになっています。ハンドステッチも、しっかりとピッチのそろった物で、これ見よがしなラフさはありません。
ボタンホールは一貫して凛としており、その形状は一つのスタイルとなっている。
現在ダルクォーレのアトリエは海の見える海岸沿いにあり、その工房にはモダンアートが所狭しと飾られています。
ダルクォーレは職人でありながらまるでアーティストのようですね。ダルクオーレには明確な美学がある。もし誰かが彼に「美しいスーツとは何か」と尋ねたとしたら、彼はボタンホール一つから全体のシルエットに至るまで「美しいスーツとはこうだ」と一切迷いなく語ることができるでしょう。
しかし誰も質問したりはしません。
なぜなら彼は語らずとも、彼の作るスーツでそれをすべて表現しているからですね。
どれが、本物のナポリ仕立てなのか?
Kiton キートンは一言で表すのであればラグジュアリーです。ナポリ仕立ての要素をふんだんに取り入れ、世界中のエクスクリューシヴな人々が喉から手が出るほど欲しがる贅沢な生地で至高の一着を作り上げる。国際的な視点のあるブランドだからこそ作ることのできるスーツです。
チェザレアットリーニは最も美しくナポリ仕立てを体現しており、その哲学に共感する人を対象としていると言えるでしょう。もちろんアットリーニもまた、人を惹き付けるだけの素晴らしい生地を使う。
そしてダルクォーレ。
ダルクォーレのスーツを買うということは、感性を買うことでしょう。自分がその目の前に立ったとき、はっと息を飲み込んでしまうような絵画に出会った経験がある人には、このスーツとの出会いが想像できるはずです。
人によってはそれほど良いと思わないかもしれません。生地の良さや縫製のレベルで言ったら、キトンやアントニオパニコの方がレベルが高いという可能性はあるかもしれません。
しかし人によっては出会った瞬間「この美しさを求めていたんだ」と感じるでしょう。独創性豊かな絵画を語るとき「ここの筆のタッチが誰々よりも荒くて、レベルが低い」と語る人がいたら、おそらく笑い者になるでしょう。そういう絵画はむしろ「好きか嫌いか」「共感できるかできないか」で判断すべきです。
そしてダルクォーレのスーツは間違いなく、その類いであると言えるでしょう。
もし一目で心を奪われたのであれば、もうあれこれ評価する必要はない。すっかり買っちゃいましょう。金払い良くいくのが、ナポリ人と仲良くなる秘訣です。
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