メンズファッション

既製服の「余白」:International Gallery BEAMS Contemporary 4Bジャケット

とうに蝉の鳴き声も止み、代わりに鈴虫の声が響き渡る今、夏物のジャケットを取り上げるのは奇異に思われるかもしれません。これには訳があります。文士の懐には余裕がなく、セールでセレクトショップの商品が半額になろうとも、なお手を出すことはかないません。いやしくもファッションを楽しもうとするならば、古着屋に赴くか、あるいはセール後に売れ残った投げ売り価格のアウトレット品を漁るほかないのです。今夏もまた、バーゲンの熱気が冷めたころ、各社のオンラインショップを――無論、疫病を避けて買い物をするためです――見て回ったところ、BEAMSのウェブサイトにて、実に興味深いジャケットに出会いました。International Gallery BEAMSのダブルブレザーです。

International Gallery BEAMS Contemporary 4Bジャケット

混淆的デザイン

このレーベルは2016年から”Contemporary”と銘打ったスーツを販売しており、このジャケットもその一種です。コンテンポラリーといっても、かつて60年代アメリカで流行した所謂コンテンポラリースーツとは別物です。菅原幸裕氏の手になる公式記事によれば、クラシックとモード、イギリスとイタリアを「クロスオーバー」した試みであるとのことです1)。実際、本品には異なるスタイルの混淆が見受けられます。

1) 菅原幸裕「多様化する現代に提案する『コンテンポラリー』という名のスーツ」、BEAMS公式サイト、2016年11月。URL: https://www.beams.co.jp/feature/161114/

まず目を引くのが、その特徴的な肩です。近年は副資材を極力省いたナチュラルショルダーのジャケットが主流ですが、本品が採用しているのは、構築的なスクエアショルダーです。しかしわが国の御偉方がお召しになるような一昔前のスーツとは異なり、ウエストが大胆に絞られているため、着用時には砂時計型のシルエットが形づくられます。このような造形は、サヴィルロウのある種のテーラーにみられるものです。

ところが、生地の色は極めて地中海的です。陽光に照らされた煉瓦のようなテラコッタ色は、ロンドンの曇天よりは、南欧の明るい空の下で着るのが適切でしょう。実際、このリネンの生地はナポリのマーチャントであるカチョッポリが提供しているものです。

ラペルもなかなか特徴的です。ゴージ位置が低い点は、イタリア的というより英国的です。しかし非常に広いラペル幅は、ナポリの懐古的なジャケットを思わせます。胸ポケットはパッチポケットとなっていますが、通常より若干大きいのは、おそらく太いラペルとの調和が図られているのでしょう。胸ポケットの上端は、典型的なバルカポケットと比べればはるかに控えめにではありますが、緩やかな曲線を描いており、イタリア的なニュアンスを感じさせます。

以上のように、このジャケットにおいては英国的意匠とイタリア的意匠が混淆が共存しています。しかし、菅原氏が言うところの「モード」的な特徴はどこにも見受けられません。もしそれが見出されるとすれば、それはむしろ意匠の欠如のうちに認められるでしょう。

「余白」を残す

慧眼な読者は既にお気づきかもしれませんが、このジャケットには、ラペル~フロントカットとポケットにしかAMFステッチが施されていません。(8割引で買ったとはいえ、)定価が税抜82,000円であることを考えれば、せめてあとフロントダーツだけでも、あるいは加えてバックシームにもステッチを施すことができたのではないかと思われます。しかも縫製はリングヂャケットです。襟裏を見るだけでも、その丁寧な仕事ぶりが伺えます。これだけ手間を尽くしたうえでAMFステッチを省略するのには、何か意図があるに違いありません。

おそらくBEAMSは、意図的にステッチを部分的にしか施さなかったのです。実際菅原氏によれば、当初ContemporaryスーツにはAMFステッチが全く施されていなかったようです2)。この企画に携わった鶴田啓氏は、本品を「余白だらけのジャケット」と呼んでいます。もし隅々までAMFステッチを施してしまえば、このジャケットは既に完成した、クラシックな代物になってしまったことでしょう。そうなれば、これに合わせるシャツやネクタイ、スラックスも伝統的なものでなければなりません。あえてクラシックな意匠を不完全にとどめおくことで、まさに氏がそうしているように、カジュアルなアイテムを合わせて着崩せる余地を確保しているのです。

2) Ibid.
3) 鶴田啓「都会のハリス」、Amvai、公開日不明。URL: https://amvai.com/review/161/912

とはいえ本品は、読者諸兄や筆者自身のような伝統主義者を拒みはしません。ラペルにステッチが施されているおかげで、皆さんご愛用のカミチェリア・ピッチリーロのような、美しい手縫いステッチを施されたシャツと合わせても違和感はありません。

このような「余白」への配慮は釦にもみられます。英国海軍の軍服に由来するダブルブレザーの金釦には、往々にして何かしらの紋章が刻まれているものですが、本品の釦は、無地に近い、浅く細かいストライプ柄です。柄物のシャツや派手なネクタイ・スカーフ等を合わせてもうるさくならないよう配慮されています。

もしこのジャケットに現代的な要素があるとすれば、それはいかなる細部でもなく、多彩なコーディネートを許容する、計算された不完全さそのものです。多様な着方を許容し、かつ凡庸にも陥らないこのジャケットは、来たるべきプレタポルテの可能性を示唆しているように思われてなりません。

おわりに

「我々は後ずさりしながら未来へ赴く4)」とヴァレリーは言いました。もし現代に新たなものを生み出そうとするのであれば、絶えず過去を見つめつつ、過去の遺産の上にそれを築き上げたいものです。そうすれば、我々が道を誤る恐れはより少なくなり、また古いものが忘れ去られることもないでしょう。革新性を求めて安直な道に走ることなく、種々の伝統をつなぎ合わせたうえで、未来への可能性を引き算により残したこのジャケットには、実に好感が持てます。

4) « Nous entrons dans l’avenir à reculons » Paul Valéry, La politique de l’esprit, dans Œuvres, Michel Jarrety (dir.), 3 t., Paris, LGF, 2016, t. II, p. 436.

もっとも本音をいえば、伝統主義者としては、細かなステッチも極力省略してほしくないものです。しかし不特定多数のために仕立てられる既製服に理想を追い求めるのは無理があるでしょう。自分を心から満足させてくれる服を手に入れるには、やはり大人しく金を稼いで仕立屋に行くほかないのかもしれません。

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フランス贔屓の文芸批評家。古き良きヨーロッパの香りに誘われ、大人本にやってきた。