みなさまこんにちは、ライター高橋です。さて、いきなりですが楽器を何か一つ挙げてくれと言われた時に何を思い浮かべるでしょうか?多くの方はピアノやギターなどを思い浮かべるかと思います。それらと同じようにメジャーな楽器としてヴァイオリンを挙げる方も多数いらっしゃるでしょう。
ヴァイオリンについて
ヴァイオリンは16世紀半ばに突如として発明されたヴァイオリン属の楽器です。素材としては主に、経年変化による歪みの対策や、音の響き方をよりよくするために長い年月をかけて乾燥されたスプルースやメイプルなどを組み合わせて制作されており、その製法には非常に高い技術が要求されます。主な奏法としてボディにから伸びる指板に張られた弦を馬の尻尾の毛を張った弓で擦る方法と、弦を指で弾くピッツィカート(pizzicato:伊)があり、独特の音色が特徴です。有名な制作者としてストラディバリウスやグァルネリなどがあげられ、彼らが手がけた個体は至高の音色を持っており、全世界の名手やファンに愛されています。
弦を擦る事により音を出す楽器を「撥弦楽器」と呼び、ヴァイオリン以前にも様々な楽器が存在していましたが、それらと比べてヴァイオリンは非常に高い性能を持っています。また、一般的に楽器はさまざまな改良を経て完成系に近づいていくものですが、ヴァイオリンは突如としてほぼ完成系として生み出された事もあり、まさに奇跡の楽器と言えるでしょう。
そんなヴァイオリンはオーケストラ作品にはもちろん室内楽曲やソロ、はたまた無伴奏の作品まで色とりどりです。そんな中でも一際輝く花形といえばやはりヴァイオリン協奏曲になります。
協奏曲について
現在において一般的に協奏曲はソロパートを担当する楽器とオーケストラ伴奏による編成で演奏する楽曲となっています。内容的にも規模の大きい物が多く、主役としてステージの誰よりも曲の世界を強く表現する必要もある為にソリストの音楽性や技量が最大限に引き出されます。ヴァイオリンはピアノと並んで特に協奏曲の多い楽器であり、ヴァイオリン奏者は学習段階から様々な協奏曲を勉強しています。
さて、いよいよ楽曲の紹介に移りたいと思います。ところで、クラシック音楽を齧り出した人にヴァイオリンについて尋ねると高確率でこの様な答えが返ってきます。
ヴァイオリンといえばやっぱり三大ヴァイオリン協奏曲だよね!僕はその中だと特にメンコンが好きかな!
この三大ヴァイオリン協奏曲というのは、所謂世界三大珍味や世界三大美術館などと同じでなんでも三で括りたい人間が勝手に呼称したものになりますので、決して作品の優劣をつけるものではありません。とはいえ三大というだけあって作者は錚々たる面々であり、どの作品も甲乙つけがたい名曲になります。
一般的にはベートーヴェンのニ長調、メンデルスゾーンのホ短調、ブラームスのニ長調の三作品となっており、人によってはチャイコフスキーのニ長調を入れ替えて呼称したり、全部合わせて四大協奏曲とする事もあります。学習者やファンなどからはそれぞれメンコンやチャイコンなどと略称されていて、演奏機会も多く人気の高い作品群になります。
しかし、今回はあえてそれらの解説はせずによりコアな名曲を紹介していきたいと思います。
シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 Op.47
とはいえいきなりマイナーな作品を紹介するのではなく、三大協奏曲に匹敵する人気をもつシベリウスのヴァイオリン協奏曲から紹介させていただきます。シベリウスはフィンランド出身の作曲家で、交響曲や交響詩の大家として知られています。中でも愛国性の強いフィンランディアは名作として知られており、様々な録音が残されています。リストやブゾーニ、チャイコフスキーなどの影響を受けていますが、特にブルックナーの作品による影響が作風や技法などから見られます。また、フィンランドに対する愛国心も強く、カレワラなどの叙情詩や神話をを題材とした作品も数多く手がけている。今回紹介するヴァイオリン協奏曲は比較的初期の作品でありますが、特に第1楽章などでシベリウスのもつ独自の体系を持つ作曲技法がふんだんに見られます。
第1楽章は拡大されたソナタ形式です。基本的な形式が踏襲されていますが、決して窮屈な印象はなく非常に自由に描かれています。広大な草原で朗々と歌うかのようなソリストの旋律と、その力強さを胸に秘めた叙情性を最大限に生かすオーケストラの調和が魅力であり、特に管楽器による色彩の表現が緻密に構成されています。第2楽章はより叙情性の側面が強く現れています。世界観は第1楽章に引き続き、儚くも美しい旋律は聴衆を魅了します。第3楽章はロンド形式で書かれています。比較的変化の多い楽章にはなりますが、第1、第2楽章の持つ美しくもどこか儚いイメージは失わずにそれでいてストーリーは隆盛を見せ、クライマックスへと向かいます。
グラズノフ ヴァイオリン協奏曲 Op.82
グラズノフは1865年生まれのロシア出身の作曲家です。シベリウスと同年に生まれており、同世代にはドビュッシーやニールセン、R.シュトラウスなどが挙げられます。また、教育家としても有名であり、ペテルブルグ音楽院にてショスタコーヴィッチを始め多くの学生を指導していました。グラズノフはドビュッシー以降の作曲家に多く見受けられるモダンな音楽の傾向に批判的であり、ストラヴィンスキーなどの作品に対して些か皮肉を含んだ評価をしていました。そのため、グラズノフの作品は非常にアカデミックな技法を中心に描かれていて、近代の学習者などには前時代の作曲家だと誤認されることも多くあります。
この作品は厳密には3楽章形式になっていますが、単一楽章作品としての性質も持ち合わせています。第1楽章はイ短調のソナタ形式で書かれており、ヴァイオリンソロの哀愁漂う表現と奥行きのあるオーケストラのサウンドが魅力的です。第2楽章は調整の多様な変化が特徴であり、特別に美しいメロディにハープの音色が絡むことによる独特の世界観が魅力です。第3楽章は第1楽章の同主調であるイ長調によって書かれており、トランペットのファンファーレや打楽器による行進風の非常に明るい曲です。また、ソリストの超絶技巧による表現が曲想の魅力を一段と輝かせています。
プロコフィエフ ヴァイオリン協奏曲第2番 ト短調 Op.63
こちらの作品はグラズノフと同じくロシアの作曲家であるプロコフィエフのものになります。 プロコフィエフは近現代の作曲家であり、革新的な和声を多用した所謂モダンな作品を数多く残しています。自伝では「古典的」「革新的」「トッカータ的/モーター的」「叙情的」「スケルツォ的」の5つの要素を取り入れて作曲していると書かれており、その通りに彼の作品はそれぞれの特徴のいくつかを持ち合わせて作曲されています。彼は優れたピアニストでもあることから数多くのピアノ作品を残していますが、とりわけ9曲のピアノソナタはそれぞれ年代毎の彼の傾向が如実に現れていて非常に面白い作品となっています。一方でプロコフィエフの話をする際に必ず論争になる点が、彼の作品が些かグロテスクであるのではないかというものになります。ピアノソナタ第6番をはじめとして、情熱という概念を削ぎ落としたかのようにシンプルで鋭角的なテクスチュアや非機能的な和声によって構成された楽曲は聴衆によっては”些か現代的すぎる”と感じる事もあり、現代アートのようにストーリーへの理解というよりは感性による好みといった側面が強いのではないかと個人的には考えます。この事に対して、彼は自伝で、「グロテスクと言われる事が多いので、あえてそういった要素も自分の作風として捉えよう。ただし、グロテスクという言葉は拡大解釈されすぎているため、当てはめるならばスケルツォ的の方が好ましいだろう」といったような内容の事を書き残しています。しかし、彼が叙情的な作品を残していないということでは決してなく、今回紹介するこのヴァイオリン協奏曲もピアノソナタや交響曲などに見られるようなモダンな鋭角的要素は少なく、比較的伝統的な要素が強く情熱なものとなっています。
第1楽章は一般的なソナタ形式を踏襲しています。ヴァイオリンソロによる哀愁漂う歌い出しによって始まり、全体を通してロシアの民族的情緒が美しく描かれています。第2楽章はホ長調による散歩のように軽やかさと温かみを持った伴奏の上に情熱的なソリストによる歌が響きます。この作品はプロコフィエフ作品の中でも非常に情緒溢れる作品ですが、この楽章は特にその性質が大きく現れており、彼の「叙情性」が惜しみなく表現されています。第3楽章は非常に軽快なリズムを持ち、カスタネットをはじめとする打楽器群による色彩が豊かに表現されています。またヴァイオリンパートも曲の終結にふさわしい華麗なメロディと技巧が盛り込まれています。また、スペイン音楽などに見られるような旋法的な和声も散見されます。
おわりに
3曲のヴァイオリン協奏曲いかがでしたでしょうか。同じ楽器を使用しているにも関わらず、それぞれ作曲家による個性が非常に現れていたかと思います。個人的にオススメのソリストとしましては、20世紀最大のヴァイオリニストとしても名高いハイフェッツをオススメしておきたいと思います。彼の超絶技巧による鮮やかな音楽表現はまさに稀代の天才と言っても過言ではありません。彼の録音は様々な形式で販売されていますので、興味を持っていただければ幸いです。また、ご意見やリクエスト等ありましたらお気軽にコメントいただけると幸いです。