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「あなたはドイツ人だと思いました」

「ええ、まあね。産まれはストラスブールだよ。それで、なんのことを聞きたいんだって??」

法律家であるエミル・ヘッセは非常に男らしい太い声をしていた。彼はアメリカに事務所を構えていて、その筋ではかなり名の通っている人間らしかった。

「アルフレッド・ブレイファスをご存知ですか」

サキオリがその名を出した瞬間には、電話越しでさえその男の緊張が伝わってきた。彼にはエミル・ヘッセが悟られないように注意しながら身構えたように思えた。

「ああ……確かカレッジにいたときに一緒だったかな……確か」

サキオリは何一つ隠すことなく、彼の考えを含めた全てをその男に説明した。それは非常に効果的らしかった。それはアルフレッド・ブレイファスが窮地にいるということを彼の古い友人に知らせることでもあったのだ。すると彼は生きているんだな、とエミル・ヘッセが念を押した。

「ええ」

「あんたは、もうその……あんたの会社に報告したのか??」

「まだです。しかしある程度絞ったところで報告書を出しているので、彼が探し出されないとは言い切れません。彼は、それで、本当に犯罪者なのですか??」

率直に尋ねた。

「ちっ……彼を捕まえようとしている奴らが犯罪者なのさ」

エミル・ヘッセは続けた。

「俺は顔も見たことのないあんたを信頼して話すんだ。いいか、アルフレッド・ブレイファスは非常に優秀で、それから”不都合なほど”正義感の強い男だった。そして3年前ある裁判で企業側の弁護士をつとめたときのことだ。それはある医薬品会社が製造していた新コロナウイルスのワクチンを接種した41歳の女性が死亡した事件で、原告はその夫だった。被告側に立った彼はそれが死亡した女性の体質やそのタイミングなどから生じた偶発的な事故で、企業には責任が無いということをうまく証明してのけたんだ……詭弁でね……いや、確かにそのときの状況を法律的に見ればそれは事故とされるべきものだったんだ。しかしそのあとそのワクチンを接種した14名が米国で、4名がコロンビアで死亡した。それらの件は全て金で解決されて、結局法廷に持ち出されたのは彼が偶発的な事故として原告を敗訴させたその一件だけだった。原告はその敗訴の次の日に自ら命を絶った。彼はそして弁護士を降りた。それから彼は南部に引っ越して猟銃店を始めたんだ」

「それで、最近になってその企業の社長を暗殺しようと??」

「何だって!? 馬鹿なことを言うんじゃない、やつはあれから店を持ちながら一日に2時間しか睡眠をとらずに死にものぐるいで医学を学び、生理学を学んでいたんだ。そしてその事件が企業の責任であり、そのワクチンがある一定の条件を持った人間に対して極めて危険だということを証明したレポートを完成させた。実はあの会社があと少し金をかけさえすれば……低い確率でウイルスと反応して突然変異を起こす可能性のあったその安物の溶剤を他のものに取り替えれば……その”事故”を防ぐことはできたんだ。俺は何度も彼と連絡を取り、そのレポート作成の経過を聞いていたんだよ。だが彼は見張られていた。やつらは彼のオンラインブックストアのアカウントで大量の医学書の購入履歴を見つけた。そして恐れた通り彼がジョーカーになって自分の首を掻き切ろうとしていることを悟った。彼はそれこそナイフよりも切れる頭脳を持ち、今度は深い後悔の念と正義感で武装していた。やつらは勝ち目がないことを知り、それで恐らく……先手を打った。やつらは彼が直接社長にレポートを渡しに来るよう仕向け、暗殺劇を仕組んだんだ、多分な。俺は彼がレポートを出しにニューヨークへ飛んだその日の朝に彼と電話で話をしたが、そのあとは何の連絡も受けていない。しかしあんたはどっからそんな情報を?? こっちではニュースにも流れなかったぞ」

「自分は会社を通して警察から依頼を受けているんです。警察のもたらした情報です」

「でも、そいつはおかしい。彼が指名手配になればニュースに出るはずだ。やつらは失敗したんだ……だって彼は生きているんだろ、一人息子と一緒に?? いいや、おかしいぜ。だって、彼は”スコットランドで”生きているんだ。彼と息子がパスポートを使って海外に飛べたっていうことはつまり、警察には追われていないってことさ」

サキオリは自分の心臓がまるで壊れたメトロノームのように不規則なリズムを踏むのを感じた。それは動悸で、彼はまるで自分が得体の知れない組織かなにかに追われているような気でいたのだった。

「それじゃ、警察からの依頼っていうのは……」

「あんた、名前をなんて言ったかな??」

「サキオリです」

「そうだ、サキオリだった。俺はあんたを信じる。俺は今なら都合良くニューヨークにいるし、警察があんたのいる会社にその捜索を依頼した記録があるか調べさせよう。だからもう少し待て。本当のことを知るんだ……」

 

 

彼は別の道を歩いてアルフレッド・ブレイファスのアパートへと向かっていた。いつものパブの前を通り過ぎて、鉄橋を渡った。それは非常に古いトラス橋で、かまぼこ型の主構は鉄だったが肝心の床部分が木組みで出来ていた。それは色あせたグレーに近い色の木で所々ささくれていて、ある場所では下の水が見えていた。彼はそれから近代的なマンションの合間をくぐり、スコットランド政府の大きな建物の前の、車一台分くらいの広さの道を真っ直ぐと歩いた。それはもともと列車か何かが通っていた場所らしく、不揃いな石畳に埋め込まれた黒い線路がそのまま放置されていた。その道の隣には同じくらいの広さで水が流れていて何カ所かに青い橋が架かり、小さな噴水さえあった。彼はその場所が気に入っていて好んでそこを通ったのだった。そして道は白い近代的な建物突き当たる。その右側の道を真っ直ぐ行けば、目的地だった。意外なことに、アパートの表の通りで彼の息子が遊んでいた。彼はバスケットボールをついていて、それが地面につくたびにその静かな街に大きな音が鳴り響いた。

「あ、さっきのおじさん」

「おにいさんの方がいいかな」

「僕からみたらおじさんだよ」

「構わないや。君の名前は??」

「ナサニエル」

「いい名前だね、ナサニエル。それで、お父さんはいるかな??」

「もうすぐ帰ってくるよ。おじさんはパパのともだち??」

「これから友達になるんだ」

サキオリはそう言って笑った。彼はさっきから腰を落としてその小さな子供と視線の位置を合わせていた。

「へんなの」

「パパに友達はいるのかい??」

「1人、遠くにいるんだって」

「たったの1人かい??」

「多くの愚かな者を友人にするよりも、一人の賢い者を友人とするべきである。知らないの??」

「君はずいぶん昔の……難しい言葉を知っているんだね!」

サキオリはいささか驚いて言った。するとナサニエルはもともときらきらと光っていた目をさらに輝かせて、少しだけ背伸びをした。

「パパは毎日僕に本を読んでくれるんだ。今は学校に行けないから……でも学校なんか行けなくたって僕は学者になるんだよ」

「学者になるのかい??」

「うん……でも弁護士にもなりたいな。だって、たくさんの人を助けられるもの。警察官よりもずっとカッコいいよ! 昔のことを全部勉強したらいつか、何が本当に正しいことなのか分かるってパパはいつも言うんだ。でも、本当はまだ何になりたいかは分からないや。だって、何にでもなれるってパパが言うから。僕は誰かが本当に喜ぶ仕事をする、それだけは分かるよ!誓うよ!」

「ああ……」

サキオリはナサニエルの表情をまともに見ることができなかったし、言葉さえもうまく見つけられなかった。今の自分がナサニエルに対して言えることなど何もないのだと彼は気がついていて、それが非常に苦しかった。

「ああ、あなたでしたか」

不意に声が聞こえて振り向くと、アルフレッド・ブレイファスがいた。彼は声をかけられて初めてその存在に気がついたのだった。

「まだ何か用がありましたか??」

「ええ。もう少しだけ話をさせてもらいたくて」

「まあ、いいですよ。さあ、上に行きましょう。ナサニエルはもう少し遊んでいなさい。あとで続きを読んであげるから」

彼らはアパートの非常ではなく、メインの階段を上って部屋へと入った。彼はアルフレッド・ブレイファスまた紅茶をいれようとしたが、サキオリが断った。彼は椅子に腰掛けることもなく、ただ突き刺すような眼差しでその男を見た。アルフレッド・ブレイファスは彼から160cm離れたところで弱々しく彼を見返した。

「エミル・ヘッセは全てを話してくれました。あなたは逃げた方がいい」

サキオリのその一言で、アルフレッド・ブレイファスは彼が自分の全てを知っているということを理解したらしかった。

「あなたを追っているのは警察じゃない。僕は報告していないが、彼らはもはやあなたの捜索を始めているはずです。そして見つかれば消されます。あなたが言うように」

サキオリはそう付け足した。

「もう疲れたんですよ、もう……」

彼は不意にそう言い捨てると、崩れるようにして椅子に腰掛けて視線を床に落とした。

「私は4年前に妻を病気で失った。あの事件では……ちょうど私の妻が生きていたら同じ歳だったあの女性が亡くなって、私と同じように一人の男が残された。私は理論に乗っ取ってそのときの状況では法律的に責任を問われなかったその企業を弁護し、勝利させた。原告が命を絶った。私はしばらくの間、なんとか自分に言い聞かせた。正しい方を弁護したんだ、とね。しかしその後、その企業は事故を避けることができたと知り合いの医者から聞いた」

彼はいきなり顔を上げると、追い詰まったような目でサキオリを見た。

「私は完全な間違いを犯し、その結果、妻を失った哀れな夫を死に追いやったのだ。私には妻を失った彼がどんな気持ちでいるかが分かった。しかし彼が法律によってさえも否定されたそのとき、彼がどんな気持ちでいたか……私には……私は……犯罪者だ」

サキオリは何も言えずに、ただそこに立ちすくんでいた。しばらくすると小さく金属音がしてドアが開いた。ナサニエルだった。彼は何の気もない表情で入ってきたが、そこに溜まっていた恐ろしく沈んだ空気を吸って、その表情をこわばらせた。

「あなたを……僕はあなたを見つけませんでした。逃げてください」

サキオリはそう言うと、返事も待たずにそこを出て行った。彼はナサニエルの横を通り過ぎるときに笑いかけてやろうとした。しかしその笑みは中途半端に固まり、その純粋な子供をさらに怯えさせるに過ぎなかった。彼は早歩きで階段を下りると、来た道を戻った。彼はまたパブの前を通ったが、それを素通りした。気分が優れず、すぐにでも家に戻ってベッドに横になりたい気分だった。彼はその気分のままに真っ直ぐ家に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。それから報告書を送信したときのままメールの画面になっていたパソコンのディスプレイを横目に見て、これで終わったのだ、と思った。アルフレッド・ブレイファスを探し出すことはできなかった。報告書は出さずに、仕事を放棄して次のタスクを発行してもらおう。明日には一度オフィスに行って手続きをするのだ……全てはこれで解決する。

しかし彼はまだ激しい動悸と極度の不安に襲われていた。自分の中で、制御不能な何か大きな変化が育ってきていた。彼にはその変化が何かは分からなかったが、自分の中で暴れている不安についてはおよそ理解できていた。それはアルフレッド・ブレイファスが逃げる決意をし、すっかり準備をし終わってあのアパートを出る頃には既に追ってが彼を発見しているだろう、という半ば確信ともいえる予感だった。サキオリは不安だった。ところどころはがれた天井の壁紙に視線を投げていたが、彼にはまったく別のものが見えていた。あの純粋な表情、きらきらと輝く目、夢を語っているときの声……。あれは絶対に失われてはいけない、と彼は思った。彼はその途端、何か全く別の思考が飛び込んでくるのを感じた。すなわち自分のもそういうものを持っていたときがあったのだろうか、という考えだった。”あった”とすればいつそれは失われてしまったのか――。そういえば、痛く感動しておきながら自分自身は何もしていない。お前も昔同じように誓ったじゃないか――。いや、今では学び、大学も出て、条件の良い仕事も探している。今の生活が気に入っているし、この街も、屋根裏部屋で仲間達といる時間も心の底から好きだ。……しかしこの感情は??

とにかく、と彼は思った。アルフレッド・ブレイファスがいなくなればナサニエルの将来もない。夜になったらもう一度彼を急かしに行こう、彼はそう決めると、目を閉じた。

 

 

彼はちょうどそのパブを通り過ぎたところだった。まだ太陽は完全には沈んでいなくて、薄明かりが残っていた。彼が横目で二階席を見ると、どうやらジェームズとアリシアの二人がいるようだった。彼は見つかりたくないのにどうしてパブの前を通るルートを選んだのか自分でも理解できなくて、それについて考えながら歩いていた。帰りに少し寄ろうかなどとあやふやに思いながらふと前を見ると、果たしてケイシーがこちらに歩いてくるところだった。

「どうしたの、そんな暗い顔して歩いて! それにパブはもう通りすぎてるわ、サキオリ」

彼女はそう言って笑った。

「いや、用事があってね……仕事だよ……後で寄ると思う」

サキオリもそう言って笑ったが、そのときにはケイシーはすでに笑っていなかった。彼女はひどく真剣な表情でサキオリの目をまっすぐと覗き込んでいた。

「ねえ、聞きたいんだけどさ」

「うん」

「あなた、なんか深刻なことに巻き込まれているんじゃない??」

「いいや」

彼はそこでうっかり目を逸らしてしまって、直ぐさまそれがまずかったと気づきもう一度ケイシーの方へと視線を戻した。彼女は少しだけ怪訝な目、あるいは心配するような目で彼を見ていた。

「ねえ。私ね……ときどきなんとなく、あなたが急にどこかに行ってしまうような、そんな感じがするの。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれないけれどね、女の勘っていうの……」

「どこにも行かないよ」

「嘘じゃないわね?? ジェームズはあなたがいなくなったらきっと寂しくて死んでしまうわよ。それにアリシアは……」

彼女がそこまで言ったとき、銃声が鳴った。それはほとんど聞こえないほどのものだったし、厳密には銃声じゃなかったもしれない。現にケイシーには全く聞こえなかったらしかった。しかしサキオリの耳にはそれが銃声として届き、次の瞬間にはその音の鳴った方向を目で捕らえていた。

「どうしたの??」

「わるいけど、急がなくちゃ」

彼はそう言いながら既に踵を返していた。それはアルフレッド・ブレイファスのアパートよりもずいぶん近く、方角もどちらかと言えばジェームズのアパートの方だった。彼はすでに走っていた。昨日3人で歩いた道を走り、ジェームズが歌を歌った橋を息を切らしながら抜ける。するとすぐそこに、アルフレッド・ブレイファスがいた。彼は腿のあたりに手をやりながら、右足を引きずっていた。

「ああ、あなたでしたか……私も……」

「どうして外に出たんです! それも明るい時間に!」

「本を……本を買いに行ったんです」

彼はとぎれとぎれにそう言った。確かに彼の手にはプリンセス通りにある本屋の緑色のビニール袋が握られている。サキオリは辺りに目を走らせた。今のところ人影はなかったが、この場所は明るく目立ち過ぎているようだと彼は思った。

「追っ手は撒きましたよ、大丈夫です、一人目と組み合ったときに撃たれたんです」

「とにかくあなたのアパートへ戻りましょう。気をつけて、誰にも見られずに」

彼が手を取ってアルフレッド・ブレイファスを担ぐと、彼の腰のベルトには消音器のついた近代的なドイツ製の拳銃が押し込んであった。

「彼らはどうやってこの国に銃を持ち込んだんでしょうね……しかもこれはそこらで市販されているような拳銃じゃない……相当な組織ですよ……」

「むしろあなたはどうやって銃を奪ったんです??」

「なに……ちょっとした知識ですよ、人間の身体の動きには向きがある、相手の力を利用してその真逆の向きに力をかけてやれば……例えば、持っている拳銃を落とさせることはできます」

二人はスコットランド政府の建物の前を通り、アパートへたどり向かった。アルフレッド・ブレイファスは常に自分の血が地面に落ちないように苦心していた。彼らは非常階段を上り部屋と入った。そこではナサニエルが待っていて、彼は痛みに表情を歪ませる父親の顔を見てひどく驚いたようだった。

「どうしたの……??」

「悪いやつらに襲われたんだ」

サキオリが素早く答えた。アルフレッド・ブレイファスは彼の方を見て皮肉な笑みを薄く浮かべてから、ナサニエルの方へ向き直った。

「ナサニエル、君は水と、それから薬の入っているあの箱を用意してくれるね??」

「うん」

「ありがとう」

アルフレッド・ブレイファスはすでに一人で歩いていた。彼は寝室のドアを開けるとカーテンを閉めてから電気を点け、サキオリが入ってくるのを確認してからドアを閉めた。

「すまないね、君を巻き込んでしまって……」

彼はベッドに座り込むと、サキオリの顔をじっと見ながら許しを請うように呟いた。

「しかし、この場所を出なければ」

サキオリは返事を省いてそう言った。

「弾はいくつ残っていますか」

「7つ残っているようですよ」

「恐らく十分だ」

彼はそう呟くと、続けた。

「あなたは警察に追われているわけではないが、しかしエジンバラ空港やウェイブリー駅は見張られているでしょう。僕は大学の友人で、船をいくつか持っている男を知っています。信頼できる男です。彼に頼んで、運転手付きの小さな船を借ります。明日の夜にはきっと用意させます。船はアバディーンまでです。僕がその時点で報告書を出します。この部屋を発見し、アルフレッド・ブレイファス名義でエジンバラ空港初の航空券のeチケットを見つけたという具合にです。あなたは息子と共にアバディーン空港から……」

「駄目です! 駄目です、君はどうしてそこまでして私を助けようとするんです?? あなたが偽物の報告書を出し、それがわかれば彼らは君まで狙うようになる。君はまだ彼らに見られていないはずです、君はもう十分助けてくれました。君はまだ若いし……大学も出たばかりで、友人たちもここにいるんだろう?? 私なんかのために全てを投げ出すのは馬鹿げている! 私は終わった人間なんだ」

アルフレッド・ブレイファスは悲願するように言った。サキオリは彼の向かい側、ナサニエルのものであるらしいベッド上に座ってそれを聞いていた。彼は自分の言葉を語っているときにはもはや何も感じていなかった。しかし彼が友人という言葉を口に出したその瞬間に、正気を取り戻した。彼はいつの間にか、自分の意識も届かないところで彼の全て、友人たちを捨てようとしていたのだった。そのときナサニエルが扉を開けて入ってきた。二人が同時にそっちを見たせいで、彼はまた怯えた表情になった。彼は震えてもいたらしかった。彼は突然走り出して、父親に飛びついた。彼はまだそれほどの子供だった。この状況は、この子には……サキオリは鋭いめまいを覚えた。

「ミスター・サキオリ」

「はい」

「私は自分でなんとかします。ですから、船だけなんとかお願いできませんか」

それが答えだった。サキオリは頷いた。そう、それがサキオリにとって最も妥当な選択肢だった。それはアルフレッド・ブレイファスとナサニエルに大きな助けとなり、そして自分は何一つ失わずに済む。それが答えなのだ。彼は理解した。彼にはここの生活があり、屋根裏部屋があった。

「船は……友人には明日12時5分に、カジノ……場所は分かりますね……の近くの船着き場から出るように頼んでみます。あの場所は倉庫やなんかもあって外から見にくい場所ですから。それで、確認ができたらもう一度来ます。そのときは扉の隙間から時間と場所を記した紙を入れます」

サキオリはそう言って立ち上がった。アルフレッド・ブレイファスは丁寧に感謝の言葉を延べ、彼に別れの握手を差し出した。

「一つだけ」

サキオリは言った。

「あなたは終わった人間じゃない。あなたにはナサニエルがいて、あなたには恐らく、まだやるべきことが残されている。戦ってください」

そして彼は手を握った。彼は別れの挨拶をして、そこを出た。

 

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